初恋は実らない
「じゃあ次! 禰豆子ちゃん」
「私前に二人でいるとこ見たことある! 年上の人で体育大会見に来てた」
修学旅行の初日の夜。相部屋になった女子たちの話題は好きな人が誰かというものに移っていった。この手の話題はなかなかごまかすのが難しく、本当にいないのだと言ってもなかなか信じてもらえない。仕方なく適当な男子の名前を出す女子もいるくらいだ。
禰豆子自身もごまかしてしまいたかったのだが、中一から同じクラスだった女子に突っ込まれ、どうこの場を乗り切るかを必死に考えていた。
「ええと、中一の時のだよね。あの人はお兄ちゃんの知り合いで」
「格好良かったよねー! 年上の彼氏とか凄い良くない? 何歳?」
「いやいや。義勇さんは彼女いるし……四個上」
心臓が針で刺されているようなちくちくした痛みを感じた。
兄が稽古を受ける道場に頻繁に遊びに行くわけでもなく、兄も何も言わなかったので禰豆子が知ったのは半年ほど前だ。その時すでに付き合って半年は経っていたらしく、見かけた時は息が止まるかと思った。
だって、凄くお似合いだったのだ。
手を繋いで辺りの店を覗き込みながら歩いていく姿は、禰豆子が思い描く恋人同士という枠組みの中心に位置するくらい、理想の二人だったのだ。
斜め上へ顔を向けながら笑いかける彼女は凄く綺麗で目が離せなくて、義勇のことを心から好きなのだろうと見ているだけで感じ取れた。義勇だってそうだ。二人ともとても思い合っているのだろうと、禰豆子は気づいてしまった。
気持ちを伝えるつもりなんて全くなかったけれど、迷うこともできないまま禰豆子の初恋は散ってしまったのだ。
「えー、でも禰豆子ちゃんならいけるんじゃない? だってさあ、仲良いんでしょ」
「私好きなんて一言も言ってないのに。それに義勇さんの彼女、凄く美人でお似合いなんだよ」
「そうなの? 好きなんだと思ってた。へえ、お似合いかあ」
何も言っていないはずなのに、どうやら察してしまっていたらしい。少し恥ずかしくなって禰豆子は抱き込んでいた枕に口元を埋めた。
「でも身近にあんな大人の格好良い人いたら、同い年なんか見てらんないよね。禰豆子ちゃん凄い理想高くなってたりしない?」
「へ? 理想?」
そういえばそんなこと、考えたこともなかった。理想、好み、タイプ。ううんと唸りながら禰豆子は口を開いた。
「皆はあるの?」
「そりゃあるよ! まず優しくて面白くて、黙って話を聞いてくれる人! 顔が良ければなお良し」
「私は気が合う人がいいなあ。だって一緒にいてつまんないんじゃやだし」
つられて他の女子も挙げていく。どうやら皆理想のタイプというものをしっかりと見極めているようだった。
「それで禰豆子ちゃんは?」
「私? 私は、えーっと、ひ、飛車みたいな人が好きだな!」
ごまかすのが無理なくらい詰め寄られ、禰豆子は咄嗟に言葉を発し、周りの女子たちから疑問符の含まれた視線が集中した。
昨夜の暴露大会は禰豆子の発言の後、見回りの先生が来たことで曖昧のまま終了し、翌朝もそんな話を蒸し返す暇もなく時間が過ぎていった。グループで観光する昼間はそんなことよりも満喫するのが先決だったし、二日目のホテルは二人一組の部屋なので、昨夜のようなことはもうないはずだ。
自分でも不思議な例えをしたと思う。義勇が飛車のような人かと言われると、そうかもしれないし全く違う気もする。何で飛車と言ったのか自分でもわからない。
「本当は好きだったんだよね」
同室の友達は小学生の頃からずっと同じクラスだったので、昨日の相部屋の子たちよりも禰豆子のことを知っている。禰豆子が本当は義勇をどう思っているのかも。
「……うん。正直まだ好き」
彼女とお似合いだと思っても、そう簡単には忘れられない。何せ炭治郎の兄弟子だから、会おうと思えばいくらでも会えるのだ。
「でも私なんてせいぜい妹くらいにしか思われてないし、最初から無理だってわかってるの」
炭治郎の妹だから優しくしてくれて、炭治郎の妹だから面倒を見てくれたのだ。そこから脱することはできなかった。
所詮初恋なんて、叶うはずがなかった。漫画と違って現実は厳しい。
「ちぇっ。義勇さんより素敵な人いないかなあ!」
「飛車みたいな人と出会えるといいよね」
「ふふっ。どんな人なんだろうね」
自分で口にしておいて、まるで他人事のように禰豆子は笑った。
早く初恋を思い出話にしてしまいたい。胸の小さな痛みを良い思い出だったと、早く振り返ることができるようになりたい。初恋は実らなくても、辛いからと気持ちに蓋をして封印なんてしたくないから。義勇を好きになったことに後悔はしたくなかった。