体育大会にて

「あ? なんでてめェがここにいんだよォ」
「炭治郎と禰豆子の応援だが」
 柄の悪い男の人が義勇へ因縁をつけている。
 中学に上がって最初の体育大会は、どうしても店を休めないと泣く泣く諦めた母の代わりに炭治郎の兄弟子へと白羽の矢が立った。
 父は入退院を繰り返し、母が店を開けられないという理由は充分すぎるほど理解しているので、特に憤るなどということはなかった。去年の運動会は、禰豆子の小学校最後の運動会だからとやたら張り切った一つ上の兄がビデオカメラを片手に応援してくれた。来られない理由も分かっているし、中学になってまで応援は必要ないと思うものの、入院している父のためでもあると言われては頷くしかない。兄も張り切ってしまっているし。
 そんなわけで兄弟子たちに来てもらえないかと打診したところ、一人は用事があると大層申し訳なさそうに謝られたものの、二人目は午後からなら駆けつけると言ってくれ、最後の一人には二つ返事で引き受けてもらえたのだと兄は言った。
「どなたですか?」
 因縁をつけてくる男の人が誰なのか気になったらしく、兄の炭治郎は臆さずに義勇へと問いかけた。
「不死川だ」
「いや、そうだけどよォ……」
「不死川って、ひょっとして玄弥のお兄さんですか?」
「お。おォ、玄弥の知り合いかァ」
 友達なんです、と答えた炭治郎のおかげか、怖かった雰囲気が少しだけ柔らかくなった。そっちは、と義勇に問いかけると、弟弟子だと返答がきた。
「ああ、あの道場のかァ。ふうん」
 聞いたものの興味はなかったようで、投げやりな相槌が返ってくる。義勇は特に気にした様子もなくカメラを抱えている。
「禰豆子は何の種目に出るんだ」
「あ、私は借り物競争です。あとリレーも」
 クラス全員が出場する競技もある。頷いた義勇は炭治郎と禰豆子に向かって頑張れと笑った。兄より年上の男の人が応援してくれる、滅多とない機会である。禰豆子は照れてしまいつつ、気合を入れてグラウンドへと走った。

「……お前ひょっとしてカメラのレクチャーでも受けたのかァ?」
 兄の出場した障害物競争が終わり、炭治郎のクラスメートである玄弥も合流して陣取っているレジャーシートに座った。
 最初は仲が悪いのかと思ったけれど、どうやらそういうわけでもないらしい義勇と不死川は、誰かが競技に出ている間には良く話していた。今は誰も競技に参加していないため、映像を確認するために二人でカメラを覗き込んでいる。
「ああ、撮影係だと言ったら姉さんが、」
「あー、てめェんとこはそうだよなァ。まあ多少ブレてるとこもあるが冨岡のくせに悪くねェ。……いや待て、何で俺がど真ん中で映ってんだァ」
「お前が俺の前を陣取って撮り始めたからだ」
「言えやァ! つうか移動すりゃ良いだろうがァ!」
「炭治郎も禰豆子も出ていないからそこは良い。後で不死川に渡してやろう」
「いるわけねえだろケツしか映ってねえじゃねェかァ! 目当てが出てねェのに何で撮ってんだよ! しかもこんっ、こんな必死な姿誰が見てェんだよォ!」
「宇髄は喜ぶんじゃないか」
「あいつにこれ見せて他意無く喜んだら俺がドン引きだわァ」
 兄はたまに道場に連れて行ってくれるけれど、兄弟子たち三人で和気あいあいとしている様子とはまた違う義勇の雰囲気に、禰豆子は興味深く眺めていた。
 助けられたことのある炭治郎が手放しで褒め称える義勇は、稽古をしている時は炭治郎が騒ぐのも無理はないと思えるほど格好良かった。兄弟子たちと三人でいる時は楽しそうで、手合わせの時とは全く違う顔を見せていた。今はそのどれとも違う顔の気がする。何だかそわそわして落ち着かなかった。
「あー! いたいた、義勇!」
「真菰」
 午後から来てくれると言っていた兄弟子――正確には姉弟子である真菰が用事を終わらせて現れた。義勇と同じくらい強くて優しくて、楽しい人だ。
「あれ、何で不死川くんがいるの?」
「弟の応援だァ」
 こいつ、と親指を向けたのは、兄の友達である不死川玄弥だ。緊張したように真菰へ頭を下げた。
「へえ、不死川くん兄弟いたんだ。こんにちは。じゃーん、蔦子姉さんの手作りおやつ! これ食べて午後からも気合い入れてこう!」
 レジャーシートへ腰を下ろした真菰に義勇が首を傾げる。
 真菰が口にした蔦子姉さんとは義勇の姉だが、おやつを持たせるとは聞いていなかったらしい。どうやら蔦子が本日寝坊し義勇の出発時刻に間に合わず、真菰に持たせたらしかった。
「連絡くれれば取りに帰ったのに」
「義勇は炭治郎たちの勇姿撮らなきゃいけないもん。まあ皆お弁当あるだろうからさ、甘いものにしたんだって。友達と食べてって」
「わあ。ありがとうございます」
「不死川くんたちも良かったら食べてよ。私たちだけじゃ食べきれないし、残すと勿体無いし悪いし」
「玄弥ァ、貰っとけェ」
「う、うん。ありがとうございます」
「ほら、義勇も。何してんのそれ」
「カメラのベルトが取れた」
「おい、それねェとブレまくるじゃねェか」
「金具のとこ取れたの? 直りそう? はい」
 手の塞がっている義勇に対し、真菰が紙カップを剝がしたマフィンを口に無理やり押し付けた。
 女子同士でもたまにやるけれど、異性同士の食べさせる行為を初めて見た禰豆子は、あまりに自然な流れに思わず頬を染めて見入ってしまった。兄の友達である玄弥も見つめたまま固まっている。
「……おう、見慣れてねェみたいだから言っとくが、こいつらの距離感はこれが普通だからなァ」
「え?」
 何のことか分かっていない様子で真菰が顔を上げた。義勇はマフィンを咀嚼したまま何も喋らない。食べながら喋れないということは知っているので、今は必死に飲み込もうとしているところだろうか。全く必死そうに見えないけれど。
「あっ、うん。ごめん。子供の時から知ってるから、ついその感じでやっちゃった。クラスじゃ何も言われないから忘れてたよ」
 思い当たったらしく真菰が慌てて弁解する。やはり歳の差は大きいのだろうか。不死川の兄も特に動揺した様子はなかったし、炭治郎も見慣れているのか気にしている気配はなかった。高校に行けば見慣れるのだろうか。ひょっとして付き合っているから普通とか。
「付き合ってるとかじゃないから。幼馴染だからね、兄弟にするみたいな感じ! ほら、禰豆子も炭治郎もあるでしょ、下の子に食べさせるみたいな!」
 考えていたことを見透かされたかのようなタイミングで真菰が言い募る。確かにそれは良くあることだと禰豆子は頷いた。同い年の男の子にしたことなんてなかったけれど。
「炭治郎ー。あっ、禰豆子ちゃーん!」
「善逸」
 年上が複数人いることに驚いたのか、兄の友達である男子は手を振り上げたまま固まった。どうしたんだと炭治郎が問いかけると、ようやく善逸は動き出した。
「いや、弁当持ってこなくてさ……今日給食出ないの忘れてて」
「何だ、だったら一緒に食べよう。母さんの弁当大盛りなんだ」
「うちのもあるし、食えよ」
「炭治郎の友達? おやつもあるから食べなよ!」
 炭治郎に縋り付きながら咽び泣く善逸に玄弥の兄の口元は引き攣っていた。義勇と真菰は興味深く見つめている。
「腹減って死にそうだったんだよお……ありがとうございます……玄弥もありがとねえ……」
「おう……お前今日親来てないのか」
「あー、うん。じいちゃん今腰やっちゃって動けなくてさあ」
 炭治郎に手渡されたおにぎりを頬張りながら、善逸は視線を外して小さく答えた。大変だなと口にした炭治郎の表情が翳る。
「でも恵んでくれる人がいて助かったあ。腹鳴りながら組体操やんなきゃならないのかと思ってたからさあ」
「いっぱい食べて良いぞ。禰豆子も食べないと持たないぞ!」
「わかってるよお」
 少しだけ重くなったように感じた空気は善逸本人によってかき消された。禰豆子は急かされるままおにぎりにかぶりつく。
「直してやったぞォ」
「ああ、助かった。ありがとう」
 外れていたカメラのベルトを不死川が直していたらしく、義勇へと放り投げた。受け取って取り付けている手元を真菰が覗き込み、見せてほしいと口にした。
「おお、炭治郎も禰豆子も格好良く映ってる!」
 禰豆子とともに炭治郎も覗き込み、自分の姿を確認する。ところどころブレているのはご愛嬌だが、義勇が撮影してくれた映像にはしっかりと二人の姿が映っていた。
「わー! 転んでるところまで撮らなくて良いですよ!」
「大丈夫だ、ちゃんと可愛いぞ禰豆子」
「ああ、可愛かった。おばさんに見せなければならないだろう」
「………っ、お兄ちゃんも転んでたのに映ってない!」
 禰豆子へ笑みを向けて言い放った義勇の言葉に思わず頬を染め、大きく首を振って異議を唱える。
「炭治郎はこれだ。トラックの向こう側で転けていたから遠い」
「うわっ! 義勇さん、俺まで撮らなくて良いのに!」
「あはは。二人とも可愛いね」

*

「ああ、可愛かった。おばさんに見せなければならないだろう」
 義勇の言葉に禰豆子が照れた瞬間、隣から背筋も凍りそうな冷たい空気が吐き出されたのがわかった。
 見なくてもわかるが、横目で一応確認すると、善逸が恐ろしい形相で義勇を睨んでいる。
 善逸が妹の禰豆子を好きだというのは知っている。本人も隠さず好意を禰豆子に向けているし、炭治郎としても自慢の妹である。好きになるのは良く理解できる。
 とはいえ禰豆子は善逸のことはまだ良く知らないからと、まずは仲良くなろうとしているようだった。それとは別に、一人の存在が禰豆子の中にはあることは勘付いていた。
 炭治郎は鼻が良い。人に言うと変な顔をされてしまうので言いふらすことはないけれど、匂いで大体の感情がわかってしまうのだ。怒っている、悲しんでいる、喜んでいる。喜怒哀楽以上のことはこと細かに分かるわけではないが、それだけでも充分なほど知ってしまう。禰豆子が今誰に興味を持っているのか。
 善逸が悪いわけじゃない。きっと先に出会っていたら、ちゃんと善逸の特別な好意と向き合ってくれたと思う。先に出会うには禰豆子が九歳より前の時じゃないといけないけれど。
 義勇が玄弥の兄と話している様子を眺めてから、炭治郎はちらりと禰豆子へと視線を向けた。
 マフィンをかじりながら禰豆子は前を見ていた。そこには先程まで炭治郎が眺めていた義勇がいる。
「昼一玉入れかァ。何だこりゃ、一般参加ァ?」
「それ観客がやる種目だよ。兄ちゃん出る?」
「面倒くせェ」
「えーっ、何それ出ないの? 義勇は?」
「俺は今日カメラ係だ」
「こいつの投げた玉なんかどこ飛ぶかわかんねェだろ」
 ノーコン野郎、と悪口のような言葉に義勇はむ、と顔を顰めた。何だその顔はァ、と今にも喧嘩を売りそうな不死川を笑顔で真菰が宥めている。
「まあ義勇が球技下手なのは事実なんだけどね。不死川くん得意なの?」
「得意ってほどじゃねェけど、こいつよりはよっぽど上手いわ」
「おー、自信満々! じゃあ不死川くん、私とどっちが勝つか勝負しようよ! あ、ほらアナウンス!」
「はァ!? おい待てェ、ちょ、力強、止めろや冨岡ァ!」
「頑張れ、二人の勇姿は俺が撮っといてやろう」
「いらねェんだけどォ!」
 叫びながら引きずられていった不死川をはらはらとした面持ちで眺めていた玄弥は、カメラを構え始めた義勇へ控えめに声をかけた。
「あの……俺次行かなきゃなんないんで、良かったらダビングとか……」
「ああ、わかった。炭治郎に渡しておく」
「あ、ありがとうございます」
 ブラコンと仲間内で揶揄われていたことのある玄弥は、兄の勇姿をやはり映像で置いておきたいらしかった。その気持ちは良くわかる。炭治郎だって禰豆子や弟妹たちの勇姿は余すことなく残しておきたい。
「俺たちも行かなきゃ。義勇さん、禰豆子、行ってきます」
「ああ、頑張れ」
「行ってらっしゃい」
 嫌がる善逸を無理やり立たせ、男子全員参加の綱引きのために入場門へと向かった。
「なんで出てきちゃうんだよ! 禰豆子ちゃんがあの人に何かされたらどうすんのォ!」
「えっ。良い人そうだったけど……」
「失礼だぞ善逸! 義勇さんは優しい人だ! 禰豆子のことも面倒見てくれる」
 待機場所に着く前から善逸は飛び出しそうなほど目を剥いて叫び始めた。兄弟子であり恩人である義勇を悪く言われるのは我慢がならないので声を荒げると、短く悲鳴を上げて黙り込んだ。
「善逸、お前も耳が良いなら聞こえただろう。義勇さんは良い人なんだ。ちょっと口下手だけど」
 そして、耳が良いなら聞こえてしまったかもしれない。禰豆子が義勇に向ける好意の音を。表情にすら出ていたくらいだったから。
 それを聞いてしまったのなら、善逸が取り乱すのも仕方のないことかもしれないけれど。善逸にだって良いところはあるのだし、妬むのではなく禰豆子を振り向かせる努力をするのが正しい行動だ。
「お前はいっつも正論だけどさ、禰豆子ちゃんに何とも思われてないのは悲しいんだよ」
「それは禰豆子と善逸がまだそんなに仲良くないからだ。時間を掛ければ禰豆子はきっと善逸のことは分かってくれる」
「それなのにあんな大人の男が、しかも何、何かやたら顔が良かったけど、あんなんと張り合えって無理な話だよ」
「そんなことないぞ。確かに義勇さんは格好良いけど、善逸だって格好良い時あるからな」
「えっ、本当に? どんな時?」
「隣のクラスのいじめられてた女子のこと助けただろう」
 はて、と善逸が首を傾げた。炭治郎が女子の名前を口にすると、その女子のことは知っているけれど、助けたなんて大げさな。なんて笑っている。自分が何をしたかも覚えていないのに、やたらと自分を卑下するのは善逸の悪い癖だ。
 靴を隠されて帰れず静かに泣いていた女子に、善逸は自分の靴を貸した。汚くて嫌かもしれないけど、と呟いて置いて帰っていった。善逸自身は上靴のまま。
「ああ、あれいじめだったんだ……悲しんでることしか分からなかった。だって女の子が泣いてたから、泣きやんでほしかったし」
「それは善逸の良いところだよ。そういうところを禰豆子が見ていれば、きっと見る目は変わるんじゃないかな」
 炭治郎も見かけた時は声をかけようとしたのだが、先に善逸が走り寄ってきたので様子を伺っていたのだった。
 勿論今は禰豆子の好意は義勇に向いているし、義勇が禰豆子を意識してくれるのなら、善逸には悪いがそれはそれで良いとも思っている。禰豆子が選んだ人ならば、どんな人でもきっと良い人であろうと信じているのだから。
 善逸が他の誰かに新しく恋をすることだって有り得るかもしれないのだし。
「だったら良いけど……今度炭治郎ん家遊びに行っていい?」
「構わないぞ。玄弥も来るか? 下の子たちも二人に会いたがってるんだ」
「おう……こ、恋とかって大変なんだな」
 善逸との会話を聞いていた玄弥は、少し頬を染めて一言呟いた。

*

 玄弥の兄である不死川が嫌がりながら引きずられていったものの、参加するからには本気を出すとでもいうようにかごにひたすら玉を入れていた。殆ど百発百中、正確すぎて怖い。
 対する真菰は投げる数は多いものの、半分は何とか入っているような状況だった。積み上がっていくかごの中は不死川側が優勢に見えるが、白熱している。
 予想外の義勇と二人きりの状態に少々緊張していたが、玉入れを見ているといつの間にかのめり込んで拳を握って応援してしまっていた。
「不死川さん凄いけど、真菰さんも頑張ってますね」
「ああ、負けず嫌いだからな」
 種目を選べばヒーローになれそうな二人だ。不死川は玉入れでもヒーローになっているけれど。
「義勇さんは球技苦手なんですか?」
「……嫌いじゃないが下手だそうだ」
 不貞腐れたような声音で義勇が呟いた。不死川のように仲間内で散々言われたのだろう。何だか拗ねているようで、年上なのに少し可愛く見えてしまう。
「禰豆子は何が好きなんだ」
「私は……足もそんなに速くないし、どっちかっていうとインドアだし、家庭科の授業が好きです」
「ああ、裁縫が得意だったな」
「えへへ。前先生に褒められたんです。刺繍習ったんですけど、凄く綺麗にできてるって」
「そうか」
 柔らかく微笑んだ義勇を見て禰豆子の心臓が跳ねた。
 炭治郎が突然連れてきた、まだ中学生だった義勇は今よりも良く笑う人だったけれど、知り合って少ししてから外では殆ど笑わなくなった。理由は少しだけ聞いている。面倒に巻き込まれないよう自衛として表情を出さないようにしたのだそうだ。そんなわけで禰豆子にとって義勇の笑顔は見る機会が少ない。
 だから無表情の合間、ふいに笑う義勇を見ると、驚くのと同時にどきりとするのだ。
 今日だってずっと落ち着かない。
 笑顔だけじゃなく色んな表情が見え隠れして、ずっと心臓が跳ねている。
「あ、でも水泳は好きです。泳ぐのは速くないけど水の中にいるの楽しくて」
「俺も水泳は好きだ。一緒だな」
 跳ね続ける心臓をごまかすように口にしたのに、もっとどきどきする羽目になってしまった。話す内容を間違えてしまった。好きとか一緒とか、自分に対しての言葉ではないのに意識してしまう。熱くなる頬を無視して必死に笑顔を向けた。
「もー! 負けた!」
「くそがァ……何で僅差なんだよォ……」
 結局、真菰以外の参加者も地道に点を稼いでいたおかげで、かなり接戦となっていた。しかしそれでも不死川には敵わず、悔しそうに真菰が唸りながら戻ってきた。
「嫌だと言っておきながら、楽しんでいたな」
「うるせェ、罰ゲームとか言いやがるからやらざるを得なかったんだよォ」
「うー、三日間お昼奢り! 容赦ないよね本当。意外と優しいって評判なのに」
「知るかァ。てめェら相手に手抜いたらこっちがやられちまうんだよォ」
「義勇が不死川くんと同じチームならこっちが勝ってたよ」
「いなくて心底良かったなァ」
「不死川の勇姿はしっかり撮っているから安心しろ」
 義勇の胸ぐらを掴んできた不死川の腕を掴んで、義勇はカメラを庇うために外そうとした。同じくらいの強さなのか、力試しでもしているかのように膠着状態となっている。
 幼馴染ではなくクラスメートだと、また少し違う顔を見せる。今日だけでいくつもの義勇の表情が浮かんでいた。生き生きとして楽しそうで、禰豆子は思わず笑ってしまった。
「あ、そろそろ私も行かなきゃ! 行ってきます!」
「ああ、頑張れ禰豆子」
「行ってらっしゃい! ファイト!」
「はーい、頑張ります!」
 背後からの応援に禰豆子は腕を振り上げて応え、笑みを零しながら入場門へと走った。