図書館にて
「あら、義勇くん」
買い物帰りに図書館に寄りたいと言った禰豆子とともに本を物色していると、棚の奥から見知った顔が現れた。
「こんにちは」
会釈をした義勇は初対面の時よりも表情が固い。炭治郎から聞いているが、保護者の言いつけどおりに外では笑わないようにしているようだった。柔らかい笑顔があまり見られなくなったのは少し寂しい。
「あ、義勇さんだ。こんにちは」
「義勇くんも本を借りに来たの?」
「はい。授業で宿題が出て」
見繕った後なのか、義勇の左手にはハードカバーの本が二冊抱えられている。上段へと顔を向けた禰豆子が見つけたと声を漏らした。
「これ?」
背伸びをしても届く位置ではなく、見ていた義勇が禰豆子へ問いかける。指した背表紙は目当ての本ではなかったらしく、禰豆子は首を振って違うと言った。
「あそこの青い……えっと、いち、に、さん」
「禰豆子が取ってくれるか」
目当ての本の位置を数えて義勇が指定どおり取るよりも、禰豆子自身に取らせたほうが早いと判断したのだろう。義勇は禰豆子を並んだ本が良く見えるように抱き上げた。
静かな図書館に幼い悲鳴が響き渡り、義勇は驚きながらも暴れた禰豆子を慌てて下ろす。騒がしい声に周りへ頭を下げた葵枝の後ろへ隠れた禰豆子を、ショックを受けた顔が茫然と眺めていた。
「こら禰豆子、」
服の裾を掴んで困ったような顔を浮かべている。頬が赤く色づいていた。
成程。年上の男の子に抱えられて恥ずかしくなってしまったのだろう。いつの間にか年頃を迎えていたようだった。
「ごめんなさいね、義勇くん。禰豆子ったら抱っこされて恥ずかしくなっちゃったみたい」
炭治郎と禰豆子は年子のため、兄から抱っこされるという経験もあまりない。下の子に抱っこをせがまれることはあっても、物心ついてから自分がしてもらうことは殆どなかったはずだ。だから照れたのだろうと葵枝は伝えた。
「あ……はい。すみません」
納得したのか、大層傷ついた顔をしていた義勇は落ち着いた表情で禰豆子を覗き込む。おずおずと葵枝の後ろから顔を出した。
「ごめん、配慮が足りなかった。もうやらないから、どれを取ったら良いか教えてくれるか」
「ううん、私こそ急に暴れてごめんなさい」
良い子だ。禰豆子も自分の行動を省みて厚意を無下にしたことを謝った。義勇がほっと笑みを見せたことで、禰豆子も控えめに笑い返した。
「えっと、右から六番目の青いやつです」
指定された本を取り、義勇が禰豆子へ手渡した。落とさないよう本を抱えて禰豆子はありがとうと口にした。
「ありがとうね義勇くん。助かったわ」
買い物帰りだったこともあり、葵枝の手には荷物が提げられていたので、禰豆子も葵枝に頼まなかったのだろう。荷物を置いて取ってあげれば良かったのかもしれないが、丸く収まったので良しとしておこう。
「それだけでいいの?」
「うん」
カウンターで貸し出しの受付を済ませ、三人は図書館を後にした。途中の分かれ道まで並んで歩く。
「前来てくれた時より背が伸びた? おばさんより高くなったのね」
ふと隣を歩く義勇の横顔が目線よりも少し上にあることに気づき葵枝は問いかけた。成長期の子供はあっという間に大きくなる。そのうち炭治郎も自分を追い越していくのだろうとぼんやり考えていた。
「はい、伸びてました。錆兎のほうが伸びてたけど……」
「道場の子ね。中学生ならまだまだ伸びるわよ。義勇くんも大きくなるんでしょうね」
「だと良いけど」
思春期の子供故か人並みに義勇も身長は気にするようだった。家族も将来が楽しみで仕方ないだろうと思う。葵枝だってそうなのだから。
「俺、こっちの道なので」
「あら、もう分かれ道。じゃあ義勇くん、今日はありがとう。また遊びに来てね」
「義勇さんさよなら!」
「さよなら」
手を振って別方向へと歩き始めた後ろ姿を見送って、葵枝は禰豆子とともに帰路を歩き始めた。