次の恋へ

 貼り出された受験番号の一覧から自分の受験票を見比べ、同じ番号を探し出した。あった、と呟いた声に付き添ってくれている炭治郎の顔が輝き、目を見合わせてもう一度あった、と禰豆子ははっきりと口にした。
「やった、禰豆子! 兄ちゃんは信じてたぞ!」
「やったあ! 凄い、嬉しい!」
 抱き合って飛び跳ねて頭を少し乱雑に撫でられた。炭治郎も興奮しているようで、少々力加減に失敗している。くしゃくしゃになった髪を撫でつけながら禰豆子はもう一度受験番号を見上げた。
 これで晴れて春から高校生になれる。兄が楽しそうに過ごしていた高校生活を謳歌できる、と禰豆子は満面の笑顔で喜んだ。
 勉強で世話になった善逸に報告すると、禰豆子よりも感情を爆発させて喜んでいた。高校に禰豆子がいなくて寂しかったと言われ、少々照れてしまった禰豆子は曖昧に笑った。
「善逸さん、ありがとう。勉強凄くわかりやすく教えてくれて」
「いやそんな。禰豆子ちゃんが頑張ったからだし……」
 謙遜しながらも嬉しそうに破顔している善逸に、お世辞ではないのに、と禰豆子は少し眉尻を下げた。
 善逸は禰豆子が質問したことに答えられないこともあったが、回を重ねるごとにそれは減っていた。炭治郎が言うには禰豆子の質問に答えられるようにと善逸も頑張って勉強していたらしいのだ。カナエにも家庭教師をしてもらう機会があったので、そこまでしてくれるとは思っておらず、禰豆子は有難くも恐縮してしまったほどだ。
 本当は良い奴なんだ、と炭治郎は言っていた。
 奇行ばかりが目立つけれど、禰豆子のためにわからない箇所をなくそうと努力できる人間なんだと嬉しそうに炭治郎は言っていた。そうやって誰かのために努力ができるのは素晴らしいことだと思う。善逸の厚意が禰豆子に向けられたのも、有難くて嬉しかった。
 飲み物を持ってくると炭治郎が部屋を出ていき、禰豆子は用意していたお礼のプレゼントを善逸に渡した。
「善逸さん、ありがとう。お金は要らないって言ってくれてたけど、やっぱりお礼がしたいから」
 差し出したラッピングされた箱を凝視して、善逸は恐る恐る両手で箱に触れた。手が震えているようにも見え、顔を覗き込むと目が潤んでいるようだった。
「そんな、気にしなくて良かったのに」
「うん、でもやっぱり気が済まなくて。できれば貰ってほしいんだけど。あ、気に入らないかもしれないけど」
「そんな、禰豆子ちゃんから貰うなら何でも」
 割れ物でも扱うかのように恭しく箱を持ち上げ、潤んだ目を輝かせながら眺めている。そこまで感動されると中身を見た時にがっかりされるかもしれないとはらはらするものの、喜んでくれたようなので禰豆子は安心した。
「ありがとう。好きです」
「えっ」
「あっ。いや、好きなのは事実だけど! じゃなくて、今言うつもりじゃなくて。……いや、その」
 好意を寄せられていることは以前から教えられてはいたけれど、改めて言われると恥ずかしい。禰豆子の頬に熱が集まってくるのがわかってしまった。
「……禰豆子ちゃんに好きな人がいるのは気づいてるから。本当はすぐにでも俺のこと好きになってほしいけど、もっと頑張るから、ちゃんと俺を見てほしいなって」
 好きな人という言葉で禰豆子の脳裏に一人の顔が過ぎった。
 今でも顔を見ると心臓は少し慌ただしくなる。けれど以前とは確実に見方が変わってきているのも事実だった。以前聞いたカナエの言葉で、好きな人は好きな人たちに変わり始め、いつかああなりたいと思える理想になり始めている。
 きっとこのまま、いつか禰豆子の初恋は終わることができると思う。
「……私、義勇さんのことが好きだけど、しのぶさんのことも好きで」
「うん」
「そのうち自然に落ち着くと思うけど、やっぱり特別だったから、まだ他の人と恋したいとかは思えなくて」
「……うん」
 落ち着いた善逸の相槌に禰豆子は本音を口にしていく。
 善逸が禰豆子を好きだと言ってくれたのだから、禰豆子も答えを返さなければならないと感じたのだ。
 善逸のことは好きだ。情けないところも沢山見てきたけれど、禰豆子のために勉強してきてくれたのは嬉しかった。差し入れや息抜きにと何くれとプレゼントや世話を焼いてくれていたことにも嫌な気分は感じなかった。善逸と一緒にいて楽しかったことばかりだった。
「勝手だけど、もう少し待ってほしいの。あ、も、勿論善逸さんに好きな人が別にできたらなかったことにしてくれたら良いから。……気持ちに整理がついて、善逸さんがまだ私を好きでいてくれてるなら、」
「いやもう禰豆子ちゃん以外見ませんから! 絶対! 俺何年でも待つよ! できれば早めが良いけど贅沢言わないから!」
 勢い良く捲し立てる善逸に目を白黒させながらも、禰豆子はおかしくなって吹き出した。どんな時でも騒がしくて、善逸と一緒にいると落ち込む暇がない。
「なんか、本当に勝手な言い分だよね。でもちゃんと向き合うから、ちょっと待ってて」
「良いよ! 禰豆子ちゃんなら全然良い!」
 きっと初恋にケリがついた時、禰豆子は善逸を好きになっている気がするのだ。