幼馴染・真菰
真菰が一部の女子の視線を気にするようになったのは中学の頃だった。
今思えばそれとなく言葉にされていたのは小学校高学年頃からだったのだが、当時は気づかず素直に答えていたのだと思う。
恋愛話にはっきりと興味を示し出したのがその頃だったのだろう。
「真菰ちゃんは義勇くんや錆兎くんと仲良いけど、どっちが好きなの?」
どっちも好きだけど。そう答えると、複雑な顔をしてクラスメートの女の子は黙ってしまった。
これが恋愛に絡んだ質問だと気づいたのが中学に入ってからだった。
道場に通い、男の子と取っ組み合いの稽古をする武術を習っていたせいか、女の子らしい女の子の友達が真菰にはいなかった。錆兎も義勇も色恋の話をすることもなかったし、真菰には縁のない、まだ早い話なのだろうと特段気にすることはなかった。誰かに恋をするだとかよりも、どれだけ強くなれば錆兎や義勇に勝てるのか、なんてことを考えていたほうが多かった。
「どっちもなんて最低。私だって錆兎くんが好きなのに独り占めして」
頭を殴られたような衝撃だった。真菰にとって三人でいることは物心つく前から当たり前のことで、そのせいで誰かが泣いていたなんて思いもしなかったのだ。
それから真菰は錆兎と義勇にくっつくのをやめた。
会話はいつも通りするけれど、クラスの女子の視線が気になって自分から近づくことができなかった。それでも錆兎と義勇は気づいていなかったのか、普段どおり真菰のそばに寄ってきては他愛もない話をして、チャイムが鳴ると自分の席へと戻って行く。その間女子たちは黙って眺めているものの、物言いたげな視線を真菰の背中へ送り続けるのだ。
義勇の誘拐騒ぎがあった時はさすがに視線など気にしていられず、なりふり構わずそばを離れなかったが、騒動からしばらく経った頃、今度は見知らぬ女子生徒から呼び出しを食らう羽目になった。
「あの二人、どっちと付き合ってるの」
付き合ってなんかない。そう答えても納得しない者もいた。仲が良すぎる、嘘吐かなくていい、だったらもう二人に近づかないで。全部が全部そんな人たちではなかったけれど、真菰の精神を消耗させるには充分だった。
だから義勇の件が落ち着いた時、真菰は少し距離を置くことを提案した。
二人のことは好きだ。強くて優しくて同い年なのに尊敬できる、凄い子たちだと思っている。だから二人を好きな女子がいることだってわかるし、それは喜ばしいことだと思っている。二人の仲が良いのは問題ないだろうことはわかっていた。真菰が女子だから問題があるのだ。
思春期を迎え恋愛に興味が出始めて、周りは誰が格好良いと色めき立つ。錆兎と義勇の間に真菰がいてはいけないのだ。彼氏彼女になった時、友達が彼女よりも仲が良いのは駄目なのだ。
真菰は理解していた。だから距離を置く理由を探して、それとなく二人から離れる機会を探していた。けれど。
結局のところ三者三様に、誰かのしょぼくれた顔には弱いのだった。
義勇が真菰に悩みがあると気づいていたことも意外だった。良く見ているなと感心してしまった。隠せていると思っていたからだ。女子のいざこざに男子を巻き込むわけにもいかないと思っていたのだが、何か悩んでいるのではと義勇が口にした時の、真剣な顔の錆兎を誤魔化せるとは思えなかった。だから大まかに事実を口にして、どうにか理解してもらったのだ。義勇はとてつもなくしゅんとしていたけれど。
結局彼らは自分のことは自分でどうにかしたし、何で周りの文句に合わせなければならないのだと錆兎の喝にようやく開き直ったのだった。
それからは以前のように三人でいる時間も増え、周りの声も気にしないことにしたら、案外どうにかなることがわかった。二人の性格が周知されたおかげか、思春期を越えて大人になり始めたからか、陰口を言われることもなくなった。錆兎の言うとおり、気にしすぎていたのかもしれない、と真菰は考えた。
「義勇が女の子連れてきた!」
背後に花が見えるような、とにかく華やかで可愛い女の子。笑うと溜息が出てしまうほど、見惚れてしまうほど綺麗な子が二人、道場の玄関に立っていた。友達を作るのが苦手だった義勇は、ことさら女子とは仲良くしていなかった。武骨で殺風景だった道場に、突然現れた花が二人。真菰はそれはもう驚いたのだ。
話を聞けば義勇が女の子を助け、護身術を習いたくて道場を紹介してもらったのだと言った。
真菰の知る女の子らしい女の子は、運動に興味はあっても武術には全く興味を示さない子ばかりだった。痛そうで怖いから嫌だと言われれば、確かにと頷くしかできない。身に付くまで怪我は増える一方だし、錆兎に重いと言われて凹むこともある。そんな武術を習いたくて道場に来たと言った女子を見て、真菰は期待に胸を踊らせた。
仲良くなりたい。
少しばかり関わるのを躊躇しかけていた、女の子らしい女の子と友達になれるかもしれない。義勇が連れてくるならば、きっと良い子なのだろう。何やら錆兎も一度会ったことがあるらしいではないか。ほんの数分話しただけだが、悪い子じゃないと思うと言った。錆兎のお墨付きならば、絶対良い子に違いない。
道場に通うことが決定し、数時間引き止めて色んな話をした。女子校に通うお嬢様姉妹は、気さくで優しくて可愛くて、真菰にとってとても楽しい時間を共有してくれた。
友達らしく行事を過ごしているうちに、真菰は二人を大好きだと言えるようになっていた。
だからたまに彼女が見せる表情に、少しだけ不安になったことがある。
頬を染めて慌てている姿。恥ずかしそうに顔を隠す姿。どれも義勇と一緒にいる時に見るものだった。
この子は義勇が好きなんだ。そう理解すると、真菰は今まで通りの態度をやめなくてはならないと考えた。
誰も彼もが真菰に言ってきた言葉を、彼女から聞かされたら真菰は落ち込むどころではないだろうと思った。彼女のことは大好きだから応援したいけれど、さすがに稽古中は近づかなければ練習にならない。
せめて稽古中は多目に見てほしい。そんなことを考えていたら、ちょうど二人の姉の誕生日プレゼントの話が舞い込んできた。
これは良いタイミングではなかろうか。まだまだ案はあるけれど、そろそろネタ切れだと真菰は口にした。ついでに二人で見ておいでよ、と付け足して。
「ええっ、一緒に行かないんですか!? なんで?」
そんな発想はなかったとばかりに驚愕の色を見せた彼女に、真菰もまた驚いたのだった。
だって皆、邪魔をするなと釘を刺すのだ。二人きりが良いのではないのだろうか。一緒にいても良いのだろうか。身勝手な解釈でしかないかもしれないが、三人でいることが自然であると言われたような気がして、真菰は何だか酷く泣きそうになってしまった。
勿論我慢したし、行っておいでよと笑って言ったのだが、彼女は困り果てたような顔をして、ほんの少し頬を染めつつ、気を取り直してそうですね、と同意した。
「錆兎さんも、行きませんよね」
「俺は元々プレゼント選びはあまり役に立たないからな。真菰が無理なら俺にも無理だ」
「錆兎が昔選んだやつは姉さんの机に飾ってある」
「捨てて良いと言っといてくれ」
恥ずかしそうに顔を隠した錆兎を眺めながら、そういえば小学生の頃に珍妙な置物をプレゼントしたことがあったなあ、と思い出した。
男子のじゃれ合いを眺めていると、彼女は眩しそうな顔で二人を眺めていた。
「しのぶちゃん、今度二人で遊びに行こうよ。女子会しよう!」
「ええ、勿論」
「やった! 女子会初めてだー、楽しみ!」
恋の話を聞いてみたくなった。話してくれるかはわからないけれど、彼女はきっと何かが違う。義勇にとってもきっと特別な気がするのだ。