初デート

 複雑ではあるが好意を抱いていることは認めることにしてから、同じ時間を過ごしているとどきりとする場面はあるにはあるけれど、前のように慌てふためくようなことはなく、じんわりと胸に温かみが広がるようになった。
 それを思い返すと照れるのだが、否定していた頃に比べると気持ち的にも落ち着いている。
 だが、さすがに二人きりは想定外だった。
 姉の誕生日がもうすぐだと呟いた冨岡に、しのぶはカナエの誕生日も近いことを思い出した。プレゼントは毎年贈っているけれど、そろそろ何を贈るか困っていると言う。
「だったら私も姉のプレゼントを選びたいので、見に行って決めるのは如何ですか?」
 その提案は錆兎と真菰がいる前提でしたものだった。むしろ二人が冨岡と一緒にいない可能性など考えてもいなかった。二人きりなど、まごうことなくデートではないか。
 しのぶは箱入り娘と言っても過言ではない。誘われることはあっても自分からデートに誘うなど、人生で経験するなどとは露ほども予想していなかった。
「胡蝶は何を贈るんだ」
「ええと、この間ルームウェアが欲しいと言っていたので、それかアロマを見たいですね。後は食べたいと言っていたケーキくらいでしょうか」
 相槌を打って歩き始める。大きなショッピングモールであれば買えなくても参考になるものはあるだろうということで、最寄り駅から数駅離れた大都市へやってきていた。
 喧騒のなか姉たちの好きそうなものを飾っている店へ目を向けつつ、何が良いかと思考を巡らせる。
「冨岡さんはいつもどんな物をプレゼントしてるんですか?」
「いつも……姉が気にしていた物を探す」
「今年はリサーチできなかったんですか?」
「今年は彼氏がいるから下手な物を渡せない気がした」
「冨岡さんもそういう気遣いなさるんですね」
 む、と眉を歪めてしのぶを見た冨岡は、だから参考にしようと思ったのだと口にした。
「だったら使って無くなるものはどうでしょう? お菓子やケーキは用意されそうですので置いておいて、そうですね……ハンドクリームとか、ああいう香りのするものとか」
 丁度見渡した先には有名なバス用品を販売している店があった。店頭に近寄ると香りがぐっと強くなる。眉間に皺を寄せて耐えているような顔をした冨岡は、我慢できなかったのか鼻に手をやっている。
「苦手なんですね。すみません、離れましょう」
 香りは人によって全く違う意見が出る。自分が良い香りだと思っても、他人からは同意を得られないことが多々ある。逆も然りだ。
 香り自体は良いと思うが、店に充満する匂いが強すぎると冨岡が言った。
「もう少し控えめなら大丈夫だった」
「何と張り合ってるんですか。きついならきついで良いんですよ」
 他の店だってあるのだし、提案した香りつきの石鹸やクリームでなくても構わないのだ。
「見てくださいよ、キッチン用品がありますよ。お姉さんは料理されますか? あ、ほらお弁当とかマグボトルも、本とかも良いんじゃないですか? 消耗品じゃありませんけど」
 回復した冨岡がしのぶの示すままに目線を向けている。何だか居もしない弟を相手にするかのような感覚が芽生えてしまう。自分の気持ちを自覚した後だと少々複雑である。
 それもこれも冨岡が変に純粋なのがいけない。錆兎や真菰と過ごしている時は皆少し子供っぽく騒ぐ節はあったが、無表情を貫いているときは何に興味を抱くのかと心配になるほどしんとしている。かと思えば今のように所在なげな顔をするから、声を掛けてやらねばならない気分にもなる。相手が冨岡だからかはわからないが、嫌な気にはならないけれど。
 モール内を見て回り、何度も行ったり来たりを繰り返し、どうにか二人はプレゼントを決めて買うことができた。途中何度もカップルと間違われることにも慣れてしまったくらいだ。見ず知らずの店員ばかりなので、しのぶはもう気にしないことにした。冨岡が全く動じないのだから、張り合うかのようにしのぶも平静を保つことにしたのだ。
 レストランフロアの喫茶店に入り、歩き回って少し疲れた足をようやく休ませることができた。
「良かったですね、ちゃんとプレゼントが買えて」
「ああ、助かった」
「私も買えましたからお互い様です」
 店の前で立ち止まるたび声をかけられセールストークを繰り出されるので、冨岡は困惑してはしのぶへ助けを求めるような視線を送ってきた。化粧品コーナーで呼び止められた時は話についていけずちんぷんかんぷんだったようだ。
 手がかかる人だと思いながらも助けを求めて来る様子は、頼りにされている気がして正直悪くない。
「プレゼントも今まで錆兎さんと真菰さんに頼りきりだったのではないですか?」
「む。……確かに、真菰は良く一緒に探してくれたが」
「やっぱり。感謝しなければなりませんよ。冨岡さん一人だったら勧められるまま買ってしまいそうで、一体何を買っていたやら。今日で良くわかりました」
 ストッパー兼アドバイザーとしての役割をしっかりこなしていただろう真菰を思い浮かべる。姉弟と交流のある幼馴染の女の子ならではの目線はきっと有難かっただろう。唐突にプレゼントを買いに来たのが自分で良かったのだろうかと不安になった。
「真菰さんなら的確に助言をくれそうですし、もう少し早く決められたかも知れませんね」
「そろそろネタ切れだと言っていたから、真菰も今年は苦労したかもしれない」
 そういえば誕生日プレゼントの話題が出た時、真菰はそのようなことを口にしていた。
「胡蝶がいて良かった。ありがとう」
 薄く笑って口にした冨岡の言葉は、はっきり言って舞い上がりそうなほど嬉しいものだった。心中では花吹雪を散らせていたほどだ。似たタイミングで誕生日が来る二人の姉に感謝しなければならない。気合いで顔には出さなかったけれど。
「良いんですよ。私だって助かりましたし、楽しかったですから」
「そうか」
 満足そうに頷いた冨岡に笑みを返した。生まれて初めてのデートが良い気分で過ごせているなど、以前までなら考えもしなかったことである。
 案外しのぶに歩幅を合わせて店を巡る冨岡も、いつもと違って新鮮だった。真菰たちと四人で歩けばいつも背中を見ている気がしたから。
「いつも三人でいらっしゃるから何だか変な感じでしたね、今日は。あなた方はやっぱり三人揃っていないと」
 何だか物足りない。本当は二人でいられたことは恥ずかしいものの感謝してもしきれないほど嬉しいのだが、三人いないと物足りないというのも本心だった。幼馴染三人がお互いを大事にしている様子を見るのは羨ましい反面、凝り固まった心が柔らかくなっていくような気分になれたのだ。二人を大事に思う冨岡の気持ちが良くわかる。
 切れ長の目が驚いたような瞬きを一つしてしのぶを見つめた。え、何か。変なことを口にしただろうか。どぎまぎとして笑顔のまま固まってしまう。
「……いや」
 何でもない。
 一言口にして視線が逸らされた。意味有りげな視線を送るのはやめてほしい。しのぶは必死に平静を保とうとした。