幕間 乱痴気騒ぎ 蜜璃

 ついに冨岡が潰されてしまったようだった。
 青春の暴露を楽しく聞いていたのだが、しのぶの赤裸々な発言に顔を隠して悶える冨岡はとてつもなく可愛かった。酔いが回ると無表情では隠しきれなくなるようだ。
 嫌がる皆の恥ずかしい話を聞き出しながら、宇髄の標的はぶれることなく全員に向かっていた。その前に不死川が引き止める。
「大体てめェはどうなんだよォ……俺らにばっか恥かかせやがって」
「恥かいたのはお前らの自業自得だけど? まあでも初体験な。えー……中一だな」
「うわあ、見た目どおりのヤリチンだった」
「ぶん殴るぞ!」
 善逸の言葉に気分を害した宇髄が腕を振り上げ殴るふりをする。怯えて頭を抱えた善逸を炭治郎が庇った。
「中一だって。私たち稽古か遊んでるかだったよね」
「お前ら三人組は情緒が育ってなかったからな」
「失礼極まりないな」
 中一なんて蜜璃もただ友達と遊んでいた時だ。経験豊富と豪語するのは伊達ではないらしい。冨岡たち三人を小馬鹿にするけれど、不死川が初彼氏だというカナエだってきっとこちら側である。
「宇髄さんは女の子に凄くモテるのね」
「そりゃもう、どこ行っても一番だからな。俺様に泣かされたいならいくらでも付き合ってやるぜ」
「殺す」
 物騒な言葉に善逸が震え、玄弥も少し驚いた顔をしていた。蜜璃が誰かにちょっかいをかけられるのを非常に嫌がる小芭内が呟いたのだが、同級生たちは慣れているのか聞き流している。
 蜜璃は小芭内が初めての恋人であり夫なので、周りが口にする彼の独占欲が飛び抜けているといわれてもいまいちピンとこない。甘やかされていると蜜璃ですら思えるほど優しいので、それが嬉しいと伝えると、以前宇髄に割れ鍋に綴じ蓋と言われたことを思い出した。
 酒の席ではしのぶだって小芭内に負けていない気がするので、相手は違えど皆独占欲はあるものなのだと思うのだが。
「うふふ、宇髄さんは三人も奥さんがいるもの。これ以上はきっと手が足りないわ」
「もう一人くらいいても良いと思うんですけどねえ」
「やっていけそうな子ならね」
「甘露寺さんなら大歓迎だけど」
 須磨の言葉にまきをが返事をし、雛鶴が蜜璃を勧誘した。熱くなった頬を両手で挟みながら歓声を上げたものの、蜜璃は小芭内が良いので丁重にお断りをする。
「小芭内さん以外と考えられないもの。宇髄さんは恋多き人だし」
 蜜璃だけを見てくれる人が良い。ずっと好きでいてくれる小芭内でなければ嫌なのだ。冗談であることはわかっているけれど、小芭内を悲しませたくはないのでしっかりと否定した。
「でも皆心が広いわ。前に宇髄さんが酔った時もまきをさん、キスしてるの楽しそうに見てたのよ」
「甘露寺もだったがな!」
 蜜璃の言葉にきょとんとしたまきをは、あのスナックで楽しげに皆を眺めていた。蜜璃も確かに楽しく見ていたのだが、多少悪ノリしていたことは秘密だ。
 何せ泣いているしのぶにときめいていたので。
「さすがに相手のいる女の子相手じゃ止めるけど、顔の良い男相手だし、目の保養?」
「わかるわ! 小芭内さんとキスするのがしのぶちゃんや真菰ちゃんだったら悲しいけど、宇髄さんなら大丈夫!」
「全然大丈夫じゃないな……」
 周りの視線が少し冷たくなった気がするけれど、蜜璃としては浮気に該当しない楽しい出来事だった。
「浮気です。よりによって宇髄さん……怪しいと思ってたんです……幼馴染の二人より義勇さんを気にかけて……」
 根に持っているしのぶが冨岡の背中に貼り付いたまま呟いた。今日のしのぶは冨岡を構い倒しており、びっくりするほど可愛さが目立つ。
「私も見たかったなあ、実弥くんが襲われてるとこ……今日はやらないの?」
「え?」
 善逸と玄弥が思わずというふうに声を上げた。炭治郎も驚いてカナエを凝視している。
 どうやらカナエも蜜璃と同じように、楽しそうだと感じているようだ。
「やってもいいけどよお、俺様のキスがゲロと一緒に流されそうで腹立つじゃん」
「どんな嫌がり方だ貴様。好きでもない相手、しかも男によくそんなことができるな」
「更には元クラスメートだぞ」
 小芭内と錆兎が顔を歪めて宇髄を窘めている。二人は宇髄夫婦たちとは相容れないようだった。
「キスなんざ挨拶みてえなもんだろ。しかもあん時はお前らに教えてやろうという善意からやってやったんだぞ」
「はた迷惑過ぎるぞ貴様、泣いて許しを請うまで許さんからな」
「お前に許されなくても別に。甘露寺は喜んでただろ? 嫁が喜ぶことは率先してやるべきだろ」
「蜜璃が喜ぶのは貴様の存在を抹消した時だけだ」
「小芭内さん、私なら全然問題ないわ! だって宇髄さんは良い人だし、奥さんたちも優しいし」
「そうだな……宇髄は優しい」
 すっかり酔っ払った冨岡が満面の笑みで会話に入ってきた。微笑む以外滅多に見ることのない冨岡の笑顔に蜜璃は楽しげにはしゃいだものの、小芭内の顔が真っ青になっていることに気づいてそばに行くべきかと蜜璃は立ち上がろうとした。
「そうですよ冨岡さん! 天元さまは好きな相手には優しいんです! 皆さんのことも大好きですから!」
「おい須磨、何か誤解されそうだからやめろ」
「そうか……俺も宇髄が好きだ」
 満面の笑みが柔らかさを滲ませて、冨岡は宇髄へ好意を口にした。上げた腰をスツールに戻して蜜璃はすぐさまスマートフォンを起動させた。
「お前は本当に可愛い奴だなー! 俺お前ならいけるわたぶん」
「怖気の走るようなことを言うな! 冨岡もいつまでも酔っているんじゃない!」
「何が誤解ですか、やっぱりそういう目で見てたんですね! 許しませんから!」
 冨岡の頭をホールドしながら乱暴にかき混ぜて、宇髄もまた好意を返した。大変だ、二人がとても可愛い。冨岡に引っ付いている宇髄を剥がそうと躍起になっているしのぶも可愛い。だがまた怒らせてしまったようだ。慰めに行きたいけれど、動画を撮りたい欲に勝てなかった。
「筋肉ダルマの脳筋だけど顔だけなら悪くねえもんな! 素直だしッ、」
 宇髄のセリフが途切れると同時に大きな音を立ててカウンターの中に倒れ込んだ。宇髄の顔を鷲掴みにした冨岡が、力任せに宇髄をカウンター越しになぎ倒していた。宇髄を剥がそうとしていたしのぶはそっと冨岡から手を離した。一瞬店内が騒然とした。
「俺は脳筋じゃない。お前にだけは筋肉ダルマと言われたくない」
「ひえ……」
 善逸から蚊の鳴くような悲鳴が漏れた。先程まで満面の笑みを見せていたのに、頬が赤いまま機嫌が悪そうに眉を顰めていた。どうやら冨岡の逆鱗に触れてしまったようだ。
 以前は酔うとすぐ寝ていたけれど、悪酔いしているのかもしれない。
「……お前さあ、こんな腕力頼りのことするくせに、脳筋じゃないは無理あるんじゃねえか?」
 床に落ちた食器はどうやら割れなかったようで、まきをと雛鶴が散乱した皿を拾い始めた。宇髄も怪我をしている様子はなく、冨岡へ文句を言っている。
「宇髄が剥がれなかったから仕方なかった」
「人を粘着シールみてえに言うな。あーやっぱだめ、こいつすぐ暴力振るうもん、DVだぞこれ」
「そうか……宇髄には力が強すぎたか。もう少し加減をしなければならなかったな……」
「は? 何て? お前の腕力なんか鼻くそみてえなもんですけど?」
 先程まで和やかで可愛い二人だったのに、今は目を離せばすぐにでも殴り合いを始めそうなほど殺伐としている。近くで見ている禰豆子とカナヲは口を挟む暇もないらしく、唖然としながらずっと黙って行く末を見守っている。
「俺様に力で押し勝とうなんざ百年早えんだよ」
「さっき押し負けていたくせによく言えたものだな」
「嫌味も素直に口にしなくて良いんだよ!」
 カウンターを挟んで二人が押し相撲を始める。お互い両手で押し合っていると、周りから野次のようなものが飛び交い始めた。
「馬鹿義勇、何してるんだ! もっと勢いをつけろ!」
「宇髄、きみの力はそんなものか!? 相手は酔っ払いだぞ!」
「宇髄くんも酔っ払いだよ。義勇ー、負けたら先生のビンタだよお」
「共倒れしろ、馬鹿共!」
「そこです、天元さま! イチコロにしちゃってください!」
「!」
 宇髄が腕の力を弱めたのか、拮抗していたはずの冨岡が前のめりにバランスを崩し、宇髄が胸ぐらを掴み冨岡を引き上げて顔を近づけた。悲鳴と歓声が上がる。歓声を上げた一人は蜜璃だった。
 須磨のキス並に長い時間をかけてようやく胸ぐらを離し、よろけた冨岡がカウンターに手をついた。酒のせいか宇髄のせいかはわからないが、肩で息をする冨岡は頬が赤いまま涙目になっていた。
「次にいけそうなのはお前だ」
 宇髄に指された小芭内に騒いでいた男性陣が静まり返る。能面のように表情をなくした小芭内の顔色は蒼白だった。
「……待て。何故俺が」
「性格はともかく、死ぬほど酔ってれば女に見えなくもない」
「俺の性格が冨岡よりだめだというのか貴様!」
 そういう問題? と善逸がひっそりと突っ込んだのが聞こえた。
 今日は須磨がキスをする番だと言っていたのに、宇髄は結局今日も男性にキスをしてしまった。逃げようとした小芭内の肩を掴み、嫌がっている頭を固定するように手を添え顔を近づけた。とりあえず体を乗り出してズームにしながらスマートフォンを向ける。今日もまた動画が大量に保存されてしまっていた。
「そうだな、後は……冨岡がいければお前もいけるだろ。似たようなもんだ」
「俺は幼馴染であって義勇本人じゃない!」
 カウンターから立ち上がった錆兎の胸ぐらを掴んで引き倒し、少し離れた位置からは宇髄の背中しか見えなくなった。だがくぐもった呻き声が聞こえ、身動ぎする錆兎が少しだけ見えるので、確実にやられていることはわかった。
「不死川は……面が凶悪すぎてなあ……笑ってればまあ」
「伊黒がいけて俺がいけねェ道理はねェもんなァ……」
「道理、ないかなあ……」
 少し酔いが覚めたらしい真菰が引き攣った口元のまま突っ込んだ。カウンターに突っ伏して顔だけ不死川へと向けていたカナエが楽しそうに笑う。
「須磨さんのアレ、凄かったわよねえ……実弥くんもイチコロにされちゃうのかあ……」
「カナエ以外にイチコロにされてたまるかァ!」
「きゃあ! 格好良いわ、不死川さん!」
「そうかな……」
 蜜璃が叫ぶと応えるように善逸が一言呟いた。年下の子たちは皆酔ってはいるものの、この場の勢いについていけないようだった。
 空気に慣れればきっと楽しいけれど、初めてだからもう少し時間がかかるのだろう。宇髄が酔っているのは同級生だって今回を含め二回しか見たことがないというが、騒ぐ彼らを見ている蜜璃はとても楽しかった。
 ひっそりとカウンターから離れた煉獄を、不死川から口を離した宇髄が視線で追う。
「何逃げてんだ、煉獄。お前派手だからな、ちょっと弁えってもんを教えてやんなきゃなあ」
「いやもう結構だ! 俺は充分弁えているし、きみのそれも受けたくない!」
「見た目が弁えてねえんだよなあ。不死川みたいに素直になったほうが身の為だぜ」
「身の為になった試しはないのだが!」
「俺がいけて煉獄がいけねェはずねえよなァ」
 煉獄の腕を掴んで虚ろな目をした不死川が呟いた。いけるいけないではなく、と宇髄が不死川の言葉に突っ込みを入れる。
「されたそうだったからやってやったんだ。煉獄もされたいって言っとけ」
「俺は嘘でも言いたくない!」
 不死川に羽交い締めにされたまま宇髄の口撃を受ける煉獄を眺め、ただ茫然としている善逸たちが目に映った。
 兄の酔っ払った姿を見た玄弥には、幻滅しないかと少し心配になる。蜜璃にとってはどんな姿でも、皆愉快で可愛い人たちなのだが。何せ宇髄のキスで皆の息が切れて涙目になってしまっている。とても扇情的だと思う。
「信じられません……二回目ですよ、しかもはっきりその気があることを言いました……浮気です。離婚ものです……絶対に別れませんけど……」
 洗面所でうがいをしてきたらしい冨岡は、隅の壁際で膝を抱え、ひたすら恨み言を呟くしのぶへと近づいていく。小芭内と錆兎もうがいをしたようで、二人とも洗面所から仲良く項垂れながら現れた。
「しのぶ。しのぶちゃん。ごめん」
 しゃがんでいるしのぶのそばで同様に膝を抱え、冨岡は呼び続ける。呼ばれて持ち上げた顔には怒りが滲み出ていた。
 眠そうな目をした冨岡の眉が申し訳なさそうにハの字になる。
「またやられるとは思わなかった」
「そんなの言い訳です。宇髄さんはキス魔なんです、油断してたらやられるに決まってるじゃないですか……」
「……そうだな。お前も油断して須磨にやられていた」
 しのぶの肩が揺れた。蜜璃は自分から受け入れたような状態で須磨からのキスを受けてしまったけれど、しのぶもカナエも完全に油断していたのは見ていて分かった。何せ酔っていたのだから。
「……怒ってるんですか。私もやられたのに自分だけ言われるの」
「怒ってない。しのぶが嫌がっていたのは知ってるから、避けられなかったのは俺の反応が遅かったせいだ」
「完全に戦略負けしてましたしね」
 しのぶの言葉に冨岡がむ、と眉を顰める。
 押し相撲の勝ち負けでいえば、バランスを崩してカウンターに手をついてしまった冨岡の負けである。負けた罰ゲームと思えば良いのではないかと蜜璃は思いついたが、二人の邪魔をしたくないので黙って眺めていることにした。
 禰豆子とカナヲが蜜璃と同じように、興味津々に二人を眺めている。
「……おはようのちゅーしてくださいね。夜も、出かける前も」
「……いつまで?」
「私の気が済むまで。お風呂は良いです、恥ずかしいので」
「わかった」
 冨岡の返事に気を良くしたしのぶが満面の笑みを浮かべ、許すと口にした。忘れるなと念押ししながら二人が手を取り合って立ち上がる。
 何て可愛いのだろう。浮気だと騒ぐしのぶもそれを宥める冨岡も、どちらも蜜璃の目にはとても愛らしく映る。
「お前ら店の隅で乳繰り合うなよ」
「近寄らないでください! 宇髄さんを許したわけじゃありませんから」
「おうおう、嫌われたもんだな。冨岡なんか頼まれたってちょっかいなんか出さねえよ」
 何せ暴力的、と宇髄が文句を言っている。ちょっかいはすでに出した後な気がするが、誰もそのことには触れなかった。須磨が残念そうな顔をしながら口を開いた。
「天元さまが冨岡さんと仲良くしてる間、しのぶさんともっと仲を深めたかったのに」
 びくりと肩を震わせて、そっと冨岡の後ろに隠れる。須磨を見てしのぶの頬が赤らんだ。
「おいおい、うちの嫁と浮気すんなよ。こいつ女もいけるんだから」
「………! いやっ、うわ、浮気じゃないですよ!」
「俺が冨岡いけて浮気ってんなら、須磨とお前も浮気だろ」
「可愛いですよねー、しのぶさん。冨岡さん大好きで。二人揃ってお嫁に来るのとかどうです?」
 後ずさったのはしのぶが先か冨岡が先か、判断はつかなかった。カウンターに近づきかけていた二人は両手を取り合いながら店の壁際へと戻って行く。
「誰が一番いけんの?」
「んー、全員オッケーですけど……皆等しくえっちでしたので!」
「ひゃああ! 恥ずかしいわ須磨さん!」
 二人だけではなく、キスを受けた女性陣にも話題が広がった。確かに蜜璃は場の雰囲気を楽しく感じることは人より多くあるようで、空気に盛り上がっていることは多くあるが、それはそれとして感想を言われるのは恥ずかしい。
「初々しくてとってもそそられちゃいましたあ。禰豆子ちゃんたちが楽しみですね!」
 名指しで呼ばれた禰豆子とカナヲは、冨岡としのぶのように両手を取り合って頬を染めていた。
「また俺の家族に手ェ出そうとしやがってェ……」
「お前の家族には手出した後だけどな。いつの間に禰豆子たちも家族になってんだ」
「カナヲはカナエの従姉妹、禰豆子は義勇くんの弟弟子の妹だろうがァ」
「関係性遠いな! つうか呼び方はもう固定なのかそれ」
 もはや唸っているだけのようにも聞こえる低い声で不死川が呟いていた。話が逸れた禰豆子とカナヲは安心したように息を吐いている。
「しのぶちゃん」
 カウンターのスツールに座った冨岡がしのぶを呼んだ。しのぶは壁際から動きたくなかったのか、冨岡が座ったせいでしのぶと繋いだ手が目一杯伸ばされている。
「おいで」
 重そうに瞬きをしながら、カウンターに頬杖をついた冨岡は柔らかい笑みを向けてしのぶを呼んだ。
 蜜璃の目はかつてないほど輝いたのだが、禰豆子とカナヲも色めき立って目を向けていた。何ということだ、絶対に小芭内にやってもらわなければ。想像しただけで鼻血が出そうだけれど。
「どこで覚えてきたんですか……」
 不貞腐れた顔が段々にやつき始め、しのぶの表情は面白いことになっていた。似た顔を前に見た気がする。しのぶが初めて飲酒した飲み会だったはずだ。冨岡が照れる姿を見て口元のにやつきが隠せていなかった。
「お前がこれみよがしに置いていた本に描いてあった」
「……あの漫画? 普通に読んでる途中だっただけですっ!」
「そうか……また何か違っていたか」
「違うなんて一言も言ってませんけど。滅多にこんなことしてくれないし……」
 今も眠そうにしている冨岡は、意識がぼんやりしているとこうしていちゃいちゃしてくれるらしいのだ。普段の飲み会でもしのぶが酔っている時は甲斐甲斐しく世話を焼いていたけれど、大抵しのぶがせがむか構い出してから始まる。冨岡自らいちゃいちゃするのは素面では殆どないらしい。以前しのぶは蜜璃にだけそれを教えてくれた。
「……小芭内さん、私もおいでってしてほしいわ」
 我慢ができず蜜璃は小芭内へと近づき要望を口にした。近くでどんな顔をすれば良いのか困り果てながら冨岡たちを見ていた錆兎は、蜜璃が口にした言葉に気を利かせたのか黙って席を立つ。小芭内の顔色は真っ赤になっていた。
「やだー! 実弥くんもやって!」
「おォ……何すりゃ良いんだァ……」
「義勇くんのアレ! おいでってやつ! 少女漫画みたいねえ、しのぶ」
「少女漫画なのよ……読んだらしいから」
 冨岡の膝に座り、抱きしめられてしのぶは満更でもなさそうな表情をしているものの、冨岡は殆ど眠りかけているようだ。しのぶが髪をぐしゃぐしゃにしていても目を開けなかった。
「ちょっとお、ここまで再現しときながら寝るんですか?」
「義勇くんは締まらないわねえ……実弥くんを見習って! 誕生日のサプライズだって完璧にこなしてくれたわ! 夜景の綺麗なレストランで指輪をくれてプロポーズして、予約してたホテルに泊まって、朝はベッドで、」
「それは我々が聞いていいことではないと思うが!」
 慌てたようにも聞こえる煉獄の声がカナエの言葉を遮った。プロポーズのことは気にはなるけれど、二人の大切な思い出は仕舞っておかなければとも思う。不死川も意識が朦朧としているらしく、カナエの詳細な暴露にも口を挟むことはなかった。
「良いんです、義勇さんは締まらないままで……締まらないから耐えていられるので……これ以上格好良くなられたら、犯罪に手を染めてしまわなければならないし……」
「お前伊黒と話が合いそうだよな」
「見る目がないとはずっと思っているが。胡蝶とは素面の時なら話をしても良い」
 飲みの席では御免だと小芭内が吐き捨てるように口にした。彼は基本的に蜜璃を否定することはないが、蜜璃の感性にはしょっちゅう理解できないとは考えているのを知っている。蜜璃の友人であるしのぶのことも理解できない部分があるのだろう。
 それでも蜜璃の思いつきなどに付き合ってくれるあたりはさすが旦那様である。今だっておいでとしてくれたところなのだから。

玄弥視点

⚠死屍累々の朝チュン話