幕間 乱痴気騒ぎ 義勇

 カウンターの少し離れた位置に五人ほど集まっている。義勇は久しぶりの浮遊感に少々疲れを感じつつも、楽しげに騒いでいる周りに笑みを浮かべた。
 酔いを覚ますには外の空気を吸うべきだろうか。店の出口へ向かおうとした義勇を呼び止める声が聞こえた。
「義勇さんにも聞きたいことがあるんです!」
「冨岡なんぞに今更聞くことがあるのか……」
 振り向くと駆け寄ってきた禰豆子が冨岡をカウンターへと誘導した。錆兎と伊黒がぐったりしているように見える。酒のグラスが置いてあるので、酔っているのは確実だった。
「二人に根掘り葉掘り真菰とのことを聞かれたんだ」
 伊黒も音を上げるまで甘露寺との馴れ初めから今までのことを喋らされたらしい。思い出の質量がごっそり減った気がする、とカウンターに突っ伏して呟いた。
「俺のことはすでに知っているだろう」
「まだ知らないことがあるんですよ。義勇さん全然酔ってませんね」
「酔ってる。外で休むつもりだった」
「またまた。しのぶさんとのこと色々聞きたいんですってば」
「女子はそういうの好きだなー。まあ俺も良く揶揄うけど」
「お前は面白ければ何でも良いもんな」
 カウンターの中をうろつきながら、会話が聞こえたらしい宇髄が口を挟んでくる。宇髄のことは雛鶴から色々聞いたのだと禰豆子が言った。
「伊黒も錆兎も聞いた後なら、もう一回言っても良いだろ」
「何故貴様に言わなければならないんだ!」
「全くだ。大体雛鶴の話だって聞いていて気まずかったぞ。こら、呼ぶな!」
 店の奥で集まっている酔っ払いたちをカウンターに集めようと声を上げる。酔っているとはいえ気が大きくなっているわけではない義勇は、元気のない錆兎と伊黒を眺めて嫌な予感がした。
「俺は外に出る」
「まあまあ冨岡くん。白けさせんなよ」
「また宇髄さんと浮気ですか! 戻ってこないで何してるんですか」
 カウンターから離れようとした義勇の腕を掴んでいる宇髄の様子を、目ざとく見つけたしのぶが駆け寄ってくる。宇髄の手を虫を払うかのように手首を動かして外させた。そのまま義勇の腰にしがみつき背中にぴったりと密着してくる。二人揃ったことで宇髄の目が弓なりに笑うのが見えた。
「禰豆子は何が聞きたかったんだ?」
 しのぶが義勇にしがみついたことで何かあると察したのか、店の奥にいた者たちが集まってくる。成人祝いとして店に来た禰豆子はともかく、今日の主役は不死川とカナエもだろうに、何故義勇たちが標的にされているのだろうか。
「えっ。あ、その……好きになったきっかけ、とか」
「伊黒は一目惚れだな?」
「凄い、当たりです」
「教えんで良い!」
 先程までのうちに聞き出していたのだろう、宇髄の言葉に禰豆子が正解を伝えた。そうだったのかと義勇はぼんやり納得した。
「笑顔」
 背中からくぐもった声で一言聞こえてきた。質問に対する答えをしのぶは口にして、禰豆子とカナヲが色めき立って喜んでいる。
「一撃必殺です。暴れまわってる心臓を思いっきり鷲掴んで鋭利な槍で串刺しに……」
「例え怖っ」
「ふふふ、しのぶが串刺しにされた瞬間覚えてるう。道場に連れて行ってもらった日!」
 カナエの補足に背中越しにしのぶが頷くのがわかったが、義勇は首を傾げた。道場に連れて行った日といえば、確か真菰と意気投合して話し込んでいたことしか覚えていない。
「で、お前は?」
「………」
 無理やり手渡されたグラスに諦めて口をつけながら考え込む。
 好きになったきっかけ。自覚した時ということならばバレンタインの日だったが、それより前にはっきり好意を抱いたことがあった。姉の誕生日プレゼントを買いに行った日だ。何を言われたのか良く覚えている。
「言うのか? お前が面白いと思うものじゃないが」
「ごまかし効かねえな、お前は! まじのやつならそれはそれで楽しいだろ」
 適当な言葉で濁しても良かったらしい。お前は本当に冨岡だな、などと普段なら馬鹿にした意味を含んでいたはずの言葉を宇髄は口にした。今の言葉には、何だか微笑ましさが滲んでいたように感じた。
「……三人揃っていないと物足りないと言われたからだ」
 瞬きをした錆兎が義勇を見つめ、真菰が嬉しそうな笑みを浮かべた。背中に貼り付いたしのぶが呻き声を漏らした。
 幼馴染の狭い世界にあった事情を察したらしい宇髄はへえ、と感心したような声を上げた。
「ちょろすぎません? そんな一言がきっかけって……」
 何を言っているんだか。何でもないようにしのぶは呟いた。言葉が背中から染み渡っていくような気がして義勇の口元は緩んだ。
「はいはいごちそうさん。カナエは?」
「私い? そうねえ、案外初心だなって気づいた時かしら」
「やめろォ……」
「不死川は俺に感謝しなきゃなんねえよな。で、お前は?」
 カウンターで俯いている不死川の耳が真っ赤になっていた。急かす視線を向けている宇髄に気づいているだろう不死川は、随分長い間黙り込んでいた。
「………。……車に轢かれた猫抱えて泣いてた時だァ」
「……おっ前、そんな不良が犬拾って帰ったの見てときめいたみたいな……」
「不死川が不良側ではないのだな!」
「うるせェいっつも笑ってっからびっくりしたんだよォ!」
 けらけら笑っているカナエは、普段はもう少し淑やかではあるが、確かにいつ見ても笑っている。怒る素振りも見たことがなかった。そんなことがあったのか、と義勇はのんびりと考えていた。
「あーあ、本当お前が一番面白えわ。禰豆子、他には?」
「あ、じゃあ、第一印象とか」
「なんか面接みてえだな。んー、じゃあ炭治郎」
「へっ!? お、俺たちも入ってるんですか!?」
「当たり前だろ、別に暴露するくらい構わねえだろ。なあ不死川」
「手ェ出さねェならなァ……」
「だとよ。ほれ、早く言え。カナヲの第一印象な」
 慌てながら頬を染める炭治郎に、カナヲもまた頬に赤みが差していた。期待するように視線を炭治郎へと向けている。
 感情の起伏が少なかったのに、としのぶは言っていたことがあったが、義勇にとっては初対面からカナヲは普通の女の子にしか見えなかった。その時すでに炭治郎と出会っていたからなのだろう。
「か、可愛い子だなって思いました!」
「元気があって良し! カナヲは!」
「は、はいっ! ええっと……勢いの良い人」
「どんな出会い方したんだお前ら。んー、伊黒はもうわかってるから……禰豆子」
「ふぁっ。へ、私も答えるんですか!?」
 質問する側だと思っていたのだろう。禰豆子は飛び上がるほど驚いて宇髄へ叫んだ。酔った宇髄がこの場の全員を逃がすはずなどないが、それを知らない禰豆子は慌てている。
「当たり前だろ、俺だって答える覚悟はあるんだぜ」
「ええ……えっと、タンポポみたいな人だなって」
 全員の目が善逸へと向かった。
 甘露寺の顔が笑いを堪えているものに変わっていくのが見え、それを見ていた真菰もつられるように堪え始めている。玄弥は我慢できず吹き出していた。
「何で笑うんだよ! 禰豆子ちゃんは俺を花に例えてくれたんだぞ!」
「タンポポになりたいなら緑の服を着るといい!」
「なりたいわけじゃないですけど!?」
 縮こまって頬を染めた禰豆子が、見た目もそうだけど、と小さく呟いた。カナヲが禰豆子の顔を覗き込む。声が良く聞き取れず義勇は禰豆子に耳を近づけた。
「中身も結構タンポポみたいで。第一印象じゃないですけど……」
「そうか」
「ちょっとお! 禰豆子ちゃんと近いんですけど!」
 どうやら善逸の怒りを買ってしまったようだったが、禰豆子の話は聞くことができたので良しとして、言われたとおり離れるために背筋を伸ばした。相変わらず背中のしのぶは剥がれなかった。
「じゃあカナエ。何か聞きてえことは?」
「んー……そうねえ……ファーストキスの時期と相手」
「よし来た。冨岡」
「……また俺か」
「任せろ。心置きなく全員答えてもらうぜ」
 がたんとそこかしこで椅子が動く音がしたが、いつの間にかカウンターの外側に控えていた宇髄の奥方三人が見張っている。分かってはいたが逃がす気はさらさらないようだ。
 カナエの質問内容に少しばかり考え込む。あれは確か古武術すら習う前だったはずだ。
「……確か、年少の時のクラスにいた子供だった」
「うお、まじかよ。胡蝶残念だったなあ!」
「名前は覚えていない。引っ越しの日に額も一緒にぶつけられた」
「痛かったことを覚えてんのかよ」
 頷いてグラスを傾ける。相変わらずアルコールがきついが、義勇に手渡す飲み物は度数の高い酒しか出てこないので、仕方なく喉へと流し込んでいた。
「胡蝶は?」
「………」
 背中から顔を出し、機嫌の悪い表情が宇髄と義勇に向けられた。あー、と宇髄が唸り、にやついたまま口を開く。
「さては冨岡だな。まあわかってたけど。気になってたんだよな、いつ?」
「答えなくて良い」
「良いわけねえだろ、ほら胡蝶! いつ冨岡はお前に手出してくれたんだ!」
「………。……高二の夏」
 指折り数えて宇髄は頷いた。左手で顔を覆いながら溜息を吐く。眉間に皺が寄っていくのがわかった。案外早いな、と宇髄が一言呟いた。
「お前のことだからもっと遅えと思ってたわ。ストーカー騒ぎしてた時か?」
「ダブルデート行ったのがその頃だろう?」
「あったなそんなことも。成程、亀の歩みも着実に進んでるな。俺様のおかげでしかねえ」
 頭の中で年表でも開いていそうな宇髄の言葉に義勇は羞恥を感じた。
 当時の義勇の恋愛観が一般の平均男子よりも遅れていたらしいことは宇髄から口酸っぱく聞かされてきた。若気の至りのようなものを蒸し返されても義勇はただ困るだけだった。その様子を楽しんでいるのはわかっている。弟弟子である炭治郎やその妹の禰豆子には、正直なところ知られたくはなかった。
「カナエは?」
「えへへ……卒園式の時、幼稚園の保父さんに」
「おっと、年上好きだったのかよ。不死川で満足できんのかあ?」
「うん……何でもやってくれるの……」
 カウンターに頬をくっつけて腑抜けた笑顔を見せているカナエは、ずっと優しいのよ、と嬉しそうに口にした。人の世話をするのが好きな不死川は、カナエに対しても色々と面倒を見ているらしい。
「不死川は。おーい、聞いてたかあ」
「おォ……小五だァ。新一年生の面倒見てた時」
「お前の世話焼きは筋金入りだな。煉獄は?」
「本当に全員聞く気か! 俺も小五だが! 母の書道教室に来ていた子だった」
「わ、なんかちょっと気まずい気がするね」
「来られなくなるからと告白されたが、それきりだったな」
 段々慣れてきたのか、元々酔っている面々は暴露を楽しみ始めていた。伊黒だけはうんざりした顔をしていたが。正直義勇も早く終わってほしいと願っているのだが、終わる気配が微塵もない。
「おい、相手がここにいる奴はいねえのかよ。胡蝶だけか?」
 宇髄の問いかけに控えめに手が挙げられる。善逸と禰豆子、炭治郎とカナヲは付き合ってからの経験なのだそうだ。ひっそりと錆兎と真菰も手を挙げている。挙手した者たちに時期を確認しながら宇髄は笑った。本当に全員無理やり晒されており、義勇は複雑な心境になった。
「私も! 私と小芭内さんは高二の夏だったわ」
「もうやめてくれ……」
 絞り出すように伊黒が呟いた。胡蝶と時期が被っていることに気づいた宇髄が楽しそうな顔を伊黒へと向ける。
「お前冨岡目の敵にするくせに時期被せてんじゃねえよ」
「わざとなわけがないだろう! 大体こいつは亀の歩みだが俺は早くも遅くもない!」
「そうかも。ダブルデートの日に付き合ったから、大体二ヶ月経ったくらいだわ」
 詳しく話し出した甘露寺にどう反応すれば良いのか分からず、顔色が悪いまま伊黒は押し黙った。外に出て深呼吸をしたい。義勇は逃避したくなっていた。
「お前はどうなんだ、宇髄」
「え、俺? えー、いつだっけ。確かあれは五歳くらいだったか。隣に住んでた社会人の女。凄え良い女だった気がするなあ。大人になったら迎えに来てくれって言われてよお」
「五歳で!?」
「おお、熱烈な女だったな。思えばあの女のおかげで今の俺があるかもしれねえな」
 思い出を噛み締めながら語る宇髄を、呆れた目で眺めるのは同級生だった面々だ。善逸などは羨ましそうにも見えた。
「最後だな。玄弥」
「忘れてくれてると思ったのに……」
「忘れるわけねえだろ、いっちょ頼むぜ」
「え、ええ……こ、高一です。その時の彼女と……」
「良かったあ、玄弥くんが宇髄くん並みの変な経験してたらどうしようかと思ったよ」
「変な経験とは何だ!」
 真菰が安心したように胸を撫で下ろした。一段落したところで各々が安心し始めてグラスを傾ける。
「皆さんの初体験の時期は?」
 突然投げつけられた雛鶴の言葉にひと息ついていた面々がぎくりと固まった。黄色い悲鳴が甘露寺から上がる。
「知りたいか、そんなこと?」
「興味はあります。まあ、お酒の席ですから」
 宇髄の奥方三人は忙しなく店内を動き回ってはいたが、宇髄同様隙を見ては飲酒していたのを知っている。恐らく彼女たちも酔っているのだろう。顔には出ていないけれど。
「どうよ胡蝶。答える気ある?」
「………。……十八」
「……答えてしまうのか、胡蝶……」
 錆兎の顔が複雑な色になっていた。義勇は今すぐ逃げたい気分になったが、しのぶを引きずって逃げるには速さが足りない。表情をなくして耐えることにした。十八ねえ、と宇髄が何やら考え込んでいる。
「一回生の時。大学の……」
「大学っていやあ……おう、ありがとな! 大体予想通りだな。ちなみに感想は?」
「宇髄!」
 焦って名を呼ぶと、背中にくっついているしのぶが唸り声を上げ、続いて耳を塞ぎたくなるような言葉を発した。
「優しかった……あとなんか色気がありました」
「………!? 、そんなものない!」
 赤裸々に語り始めたしのぶに思わず声を荒げ、羞恥の熱が頬に集まる。楽しそうな宇髄を睨みつけるが、全く堪えていなかった。
「まじかあ。そうかそうか、色気ねえ。冨岡じゃ男の色気なんて出せねえと思ってたが、へええ」
「でもあの時は本当に焦りました……指一本触れない旅行が現実になってしまいそうでしたから……さすがに大事にしすぎじゃないですかね。扱いは雑なくせに……」
「………!」
 宇髄の響き渡る笑い声に耐えきれず両手で顔を覆った。耳が燃えるように熱い。義勇は明日から一週間しのぶと口を利かないことを決めた。
「お前まじでそんな危険な発想したのかよ。旅行で指一本触れないって……いや想像したことはあるけどな? 冨岡なら何も手出さねえ可能性は考えたことあるけど」
「蜜璃さんの一泊旅行が羨ましかったのに、日帰り提案された私の気持ちがわかります?」
 伊黒が酒を吹き出した。
 学年を言った時点で大方察した宇髄たちは、旅行の時に初体験を済ませたのだろうと気づいていたようだが、甘露寺の名前が出て伊黒が焦ったらしい。いつ標的が変わるかわからないのが酔った宇髄である。甘露寺としのぶが繋がっていて、そこから時期が被っている理由を察し、甘露寺に標的でも移して何もかも喋られたら伊黒は死んでしまいそうだと義勇ですら考えた。正直義勇も今すぐ消えてしまいたいくらいである。
「まあその後色々我慢してるって教えてくれましたけど……鋼鉄みたいな自制心をぶち壊すのにどれだけ悩んだと思ってるんですかあ……」
「もう良いから、口を閉じろ」
 あまりの恥ずかしさに目頭が熱くなってきている。もう炭治郎の顔も禰豆子の顔も見ることができない。両手で顔を隠したまま動けなかった。
「こんな狼狽えてる冨岡初めてだな。良いもん見たぜ。で、お前の感想は?」
「………。……言うわけないだろう……」
「なんかお前のほうが乙女なのが分かったわ。恥じらいを持ちすぎだろ」
「ふふ、恥じらい……おやすみもおはようもちゅーしてくれませんものね。気が散るって断られるから眠そうな時に言わないと……」
「成程ねえ。大学ん時なんか胡蝶の独占欲出まくってたけど、お前は保護欲みたいなのが明後日の方向に行ってたのかねえ。いやまあ、狼狽えた冨岡は最高に面白かったぜ。明日の胡蝶が楽しみだな」
「俺ばかり標的にするな、不死川にも聞け」
「お義兄ちゃんて言えやァ……」
「お義兄ちゃんに聞け」
「まだ言ってんのかそれ。全員聞いてまわるから安心しろって。主役にはがっつり聞かなきゃなあ。だから泣くな」
「泣いてない」
 義勇の震えた声で素直に宇髄の標的が移り、まだ理性が残っている者たちが項垂れた。
 静かにスマートフォンを下ろした甘露寺が見えた気がしたが、義勇はもう何も考えたくなかった。
「じゃあお義兄ちゃん、初体験の時期だけど」
「なんでてめェがそう呼ぶんだよォ……」
「んっふふ、私は二十四の誕生日だったわ。実弥くんが初めての彼氏だったから遅いのかも。優しかったわよお、ずーっと頭撫でてくれて気遣ってくれて、着替えるのも手伝ってくれて」
 カナエもしのぶと同様明け透けに話し始める。とてもじゃないが素面では聞けない内容だ。玄弥などはもう顔色が赤黒くなっている。
「カナエと弟に免じてお前には時期を聞かないでおいてやろうか?」
「……頼むわァ」
「そんな免罪符があるか! がっつり聞くと言っただろう、不死川にもしっかり聞け!」
「野郎の初体験聞いて何が面白いんだよ。胡蝶が答えたから必然的にバレたのと、伊黒が聞かれたのは禰豆子とカナヲだろ」
「そこまで下世話なことは聞かれてない!」
 多少元気になった伊黒が叫ぶが、どうやら何かを知っているらしい宇髄は不死川を気遣うような視線で眺めている。その気遣いをこちらにも向けてほしかったと義勇は思う。
「脱童貞が二十歳越えてても行きずりの女相手でも幻滅するだろ。お前らみたいなのは聞いても問題ねえけどよ」
「女子たちの前ではっきり言い過ぎだ」
「実弥くんはねえ、大学の子と少しだけ付き合ってたんだってえ。どこまでいったかまでは教えてくれなかったけど」
「あれ? そうだっけ、彼女いねえとか言ってた気がしたけど」
「……てめェに言うと揶揄いまくるから言わなかったんだよォ」
 義勇や錆兎、伊黒を見ていた不死川は、宇髄からのお節介を受けないようにしていたらしい。俺の気遣いを返せ、と宇髄が文句を言っている。
 溜息を吐いて酒を流し込んでいると、喉が乾いたらしいしのぶが義勇の手からグラスを奪った。
「おい、それは須磨の作った、」
 背後で勢い良く飲み干す音が聞こえ、カウンターにグラスを乱暴に置いた。唖然とした義勇の隣で、錆兎と伊黒も顔色を変えて茫然としているのが視界に入った。
「し、しのぶ姉さん、大丈夫?」
「全然大丈夫よ、心配いらないからあ」
 控えめに声をかけるカナヲに呂律の回りきっていない言葉が向けられる。酔っ払いの大丈夫は信用ならないと言っていたのは誰だったか。酔っていた頭がすっと冷えていくのを感じた。
「冨岡は今日酔い始めたと思ったら醒めていくよな。胡蝶がやりたい放題だから不安なのはわかるけどよ」
 気遣いはなくとも気にかけてはくれる宇髄が義勇の状況を正確に把握したらしく、酔いが醒めている義勇に向かって溜息を吐いた。溜息を吐きたいのはこちらだ、と義勇は呟いた。
「さっさと酔っ払っちまったほうが楽だと思うぜ」
「酔いたいならいくらでも!」
 にやつく宇髄と楽しそうな須磨の笑顔。トレーには複数のグラスが乗せられており、中身は確認するまでもなくあの酒だ。改良版です、と手渡された酒の色が、前よりも濃い気がして義勇は困り果てた。
「さあ一気に行きましょう! はい、テンポ良く!」
 アルコールハラスメントだかを全く気にする様子のない須磨のコールに、明日の自分がどうなっているのか予想がつかなかった。しのぶの手がグラスに伸ばされているのが視界に映り、仕方なく義勇は煽られるままに酒を飲み干した。
「わあ、最高です! 元気ですね冨岡さん!」
「こいつまた強くなってるよな? 何杯飲んだよ」
 宇髄自身も浴びるほど酒を煽っておきながら、義勇が潰れていないことに疑問を抱く。酒が通った食道が熱い。今までに飲んだ酒の比ではなかった。そもそも今日飲んでいたものは蓄積されているのだから、酔っている状態で飲むものではない気がする。
 立つことが辛くなってきて、静かにその場でしゃがみこもうとすると、錆兎が義勇を呼んだ。
「大丈夫か。座れ、義勇」
 錆兎に腕を引っ張り上げられ、背中に貼り付いているしのぶも同時に立ち上がる。いつまでくっついているのだろうか。
「しのぶさんも座ってください」
 禰豆子はスツールを移動させ、しのぶが義勇から離れない状態でも座れるようにしてくれた。意識がはっきりしているのかどうかもわからないが、とにかく離れないのでどうしようもない。
「良かった良かった。これで酔えそうだな」
「今の酒、須磨スペシャルより強いのか?」
「何混ぜた?」
「企業秘密ですけど、須磨スペシャル改はスペシャルよりヤバイと思います。さすがに他の人には出せません!」
 自分にも出さないでほしかった。熱さに慣れてはきたものの、心臓が痛いほど暴れている。宇髄のトラウマは置いておいて、あの時自分の体は気持ちよく酔えていたのだと今更気づいた。今は息苦しいほどだ。
「ほら、水」
 ようやく見かねたのか宇髄の声がかけられた。殆ど目を開けていられないのだが、手のひらにグラスが握らされ、頬杖をついたまま口をつけた。息苦しさはましになった。
 涙腺が働き出したのか、薄っすらと瞼を上げると視界が揺らめいていた。
「おお……大丈夫ですか?」
 近くにいるはずの須磨の言葉が遠くで聞こえた。頭が熱に浮かされている。カウンターに肘をついたまま、義勇はゆっくり深呼吸をした。

蜜璃視点

⚠キス魔再び 宇髄×柱描写注意