幕間 乱痴気騒ぎ 禰豆子

 図らずもどたばたとした空間から逃げ出してきたような状態で、禰豆子はカナヲ、錆兎と伊黒とともに奥にいる面々をのんびりと眺めていた。
 錆兎も伊黒も上機嫌な表情が多い者たちとは違い、すでにぐったりとしている。雛鶴が申し訳なさそうに水を渡してくれたのだが、どうやらそれだけでは治らないようだ。
「伊黒は酔うとすぐ死にそうになるんだな……」
「貴様も俺も、あいつらのように周りに迷惑をかけるような酔い方ではない。勝手に死んでいるだけだからな……」
「予想以上に甘露寺が元気だが、ひょっとして」
「ああ、恐らく俺より強い。宇髄らと同じか、もしくはそれ以上……」
 楽しそうに笑っているけれど、普段とさほど変わらないテンションで過ごしていた甘露寺を思い出した。頬の火照りはあったとしても、意識を持って酒を楽しみ飲み続けるのは完全に酒豪なのだそうだ。
「はああ。皆さんお酒強いんですね。飲み続ければ強くなるのかなあ」
「少しは慣れるがな。飲まない期間が長いと弱くなったという人もいたし」
「大部分は体質だろう」
 禰豆子は今日二回目の飲酒になる。一度目は兄が鱗滝から貰ったのだという果実酒を一緒に飲んだ。水や炭酸で割った酒は飲みやすくて美味しかった。まだ禰豆子は酒での失敗を経験していない。カナヲは炭治郎よりも飲めるようだった。
「禰豆子の成人祝いがとんだ騒ぎになってしまったな」
「ええっ、凄い楽しいですよ! 皆普段と全然違ったりして、結構面白いです。ね、カナヲちゃん」
「はい。凄く楽しいです」
「これはただの年上の意地だが、禰豆子たちにはこんな姿を見られたくなかったぞ」
「貴様などましなほうだろう。見ろ不死川を。寝て起きたら切腹でもしないか心配になる醜態だ」
 酔った時の言動が本音だと聞いたことがあるが、不死川の本音は家族が好きで仕方ないということだろう。その家族の枠にはしっかりと義妹夫婦も入っている。禰豆子は微笑ましく感じるが、錆兎たち同級生からすると違うのかもしれない。
「幼馴染だからと何かと言われていたが、不死川と宇髄のほうがよほど保護者らしい振る舞いをしているだろう」
「ふん、何故揃いも揃って冨岡なんぞに絆されるのだ。あんなのはただのボンクラであり唐変木だろう」
「真菰が言っていたが、少しだめな部分のある男に惹かれる女性が一定数いるそうだ。自分が何とかしてあげたいと思うとか」
「……言いたいことはわかったが、知りたくはなかった」
 再び肘をついて頭を押さえた伊黒の肩を叩き、錆兎は苦笑いを漏らした。
 ボンクラであり唐変木という言葉を否定しないあたり、錆兎にも義勇に思い当たる部分があるのかと感じた。幼馴染三人はお互い尊敬し一目置き合っているけれど、だめな部分もしっかりと把握しているあたり、付き合いの長さが窺える。
「そういえば不死川さんとカナエさんは長男長女で、義勇さんたちは下の子なんですよね。何か揃っちゃってるね」
「本当だ」
 カナヲと二人で笑い合う。義勇としのぶが知り合い、しのぶとカナエが義勇たちの輪の中に入っていったのだと誰かから聞いた。ここまで濃い面々の揃ったメンバーはそういないだろうとぼんやり思う。
「不死川は社会人になってから付き合ったんだったか。それまでさほど仲良くなかったよな」
「特に何とも思っていなかったと言っていた。会社で同僚になり意識し出したらしいが、……正直不死川も冨岡レベルの朴念仁だからな、高校の時点で好いていたかもしれん、気づかなかっただけで」
「あ、それ俺には割と刺さるからやめてくれ。それに義勇は朴念仁じゃないぞ、ちゃんと胡蝶を好きだってすぐ気づいていたからな」
「告白して付き合うまでに一週間、貴様の助言がなければ付き合うことすらしていなかったのにか」
「うっ。まあ、義勇の思考は好きだけで止まっていたからな。その後のことなんか何も考えていなかった。言っておくが胡蝶もだ」
「はあ、もう良い。箱入りどもの話などしているだけで頭が痛くなる。思い出させるな」
 何だか面白い話が聞こえてきたが、項垂れた伊黒に錆兎は会話を止めて水を口に含んだ。禰豆子は義勇のことは良く知っているけれど、高校生の時のしのぶ自身や二人でいるところを見ることは少なかった。年齢も離れているので生活圏が噛み合わなかったのだ。
「皆高校で付き合い始めたんですか? あ、錆兎さんは知ってるので大丈夫。あの号外、新聞部に普通に置いてあったし」
「なんだとっ!」
「私も知ってます。私は同窓会で見ました」
 禰豆子とカナヲの言葉に目を剥いた錆兎は、真菰には言うなよ、と釘を差した。あの新聞部の記事で散々恨み言を言われたらしい。真菰の気持ちは正直凄く理解できる。
「まあ、俺も宇髄もそうだったが」
「へえ。学校違うと会えないの寂しくなったりしませんでした?」
「禰豆子、伊黒はとんでもない独占欲モンスターだから共感は得られないぞ。聞くなら義勇たちか宇髄夫婦に聞いておけ」
「冨岡の幼稚園児のような感性が共感を得られるとでもいうのか貴様」
「まあ、胡蝶あたりに聞くのが一番だな」
 高校時点でまだまだ幼い恋愛観だったらしい義勇なら、道場で会えるだけで充分だとか思っていたかもしれない。独占欲の強いらしい伊黒なら、四六時中一緒にいてもまだ足りないと思っていそうだと禰豆子は分析した。
「でも確かにしのぶさんなら近いかも。私善逸さんとは学年違ったし」
「私は炭治郎と同じクラスだったから……錆兎さんと近いのかな」
「錆兎さんは気づかないまま卒業したし、ちょっと違うんじゃないかな?」
「気づかないまま卒業していない。三年の冬くらいに気づいた」
「遅っ。もうほぼ卒業してますよそれ」
 禰豆子の突っ込みに錆兎がじとりと視線を向ける。自分でも思うところがあるらしく、文句を口にすることはなかった。
「でも素敵ですよね、初恋同士でしょう? 伊黒さんも初恋ですか」
「……ああ」
「カナヲちゃんも初恋だもんね」
「炭治郎の初恋は近所の年上の女の子だったって」
「初恋組が多いな。義勇も胡蝶が初恋だし」
「そうなんですか?」
 考えてみれば有り得る話だったが、禰豆子は錆兎も義勇も真菰が初恋なのかとぼんやり予想していたのだ。錆兎は気づいたけれど、義勇は自覚がなかったとか、何だか切ない物語のような感じを想像していた。
「ああ、胡蝶には内緒にしといてくれ」
 楽しそうに笑みを見せた錆兎に頷いて、カナヲと目を見合わせた。
 ひょっとしたら、しのぶも義勇が初恋なのかもしれない。だとしたら禰豆子の理想の二人が理想である理由がまた一つ増えてしまう。
「だとしたら素敵だなあ。良いよね、凄く素敵」
「うん」
「禰豆子も善逸が初恋なのか?」
 話の流れで何気なくされた質問に、禰豆子は瞬きをして笑みを向けた。
「ふふ、私の初恋は義勇さんです」
 内緒にしといてくださいね。そう伝えると錆兎はへえ、と声を漏らした。カナヲは少し驚いている。胡蝶以外に物好きがいたとは、なんて伊黒が呟いていた。
「そうだったのか。気づかなかったな」
「へへ、格好良いじゃないですか。お兄ちゃんがずっと恩人だ、凄いんだって騒いでたし」
「ああ、義勇は格好良いな」
 格好良いの単語に伊黒の顔が訝しげに歪んだが、伊黒は誰に対しても辛辣な物言いをする性格のようだ。こうして仲間内で良く過ごしている以上、好意を持って接していることはわかっていた。
「しのぶさんとの出会いもドラマみたいでびっくりしました」
 禰豆子は劇的な出来事があったわけではないけれど、稽古をしているところを見るだけでも格好良かったのだ。痴漢から助けてくれた義勇は、まるでヒーローのように見えたのではないだろうか。
「だからかなあ、義勇さんとしのぶさんって私にとって凄く特別で。善逸さんと、あの二人みたいになりたいなってずっと思ってるんです」
 お淑やかで優しいのに芯が強くて、同性の禰豆子から見ても格好良いと思える大人の女性であるしのぶと義勇はお似合いで、二人は禰豆子の心の額縁にずっと飾られているのだ。
「真の姿を見て失望していないか」
「してません。だって二人とも可愛いじゃないですか。私不死川さんの気持ちわかるんです」
「私も……」
 伊黒の問いかけに禰豆子は首を振り、カナヲも初めて見る従姉妹の姿に驚きはしてもがっかりなんてしていない。こんなふうに笑って騒いで、拗ねて怒って優しくして、全部好きな人のために意識が向かっている。持てる全てで好きだと伝えていた。あの時禰豆子が好きだった義勇にも、そんな姿を垣間見ていた。善逸を好きになったのは、そうやって全てを見せてくれたから、裏表のない好意を一身に受けたからだった。
「カナエ姉さんもしのぶ姉さんも、旦那さんのことが凄く好きなのがわかって嬉しかった」
「皆凄く可愛く見えますよ、好きな人と一緒にいる時。錆兎さんだって真菰さんを見る目が違いますから」
「いや、俺の話は、」
「幼馴染ってどんな感じなんですか? 好きって気づいた時とか、悩んだりしました?」
「冨岡さんとしのぶ姉さんが付き合って、真菰さんへの見る目とか、気づかないまま変わったりとかしたんですか」
「伊黒さんにも聞きたいんです! 甘露寺さんとどこで出会ったんですか? どこが好きなんですか?」
「奥さんと出会って人生が変わったりとか感じたんですか」
 禰豆子とカナヲの質問攻めに、答えに窮した錆兎と伊黒は、顔を見合わせて首を振った。どうやら酔いが覚めてきているらしく、素面で話すには少々照れるようだ。伊黒などいつも甘露寺への思いを隠さないのに、後輩へ語るのは恥ずかしいらしい。
「私も聞いてていい?」
 カウンターの中から雛鶴が声をかけた。錆兎と伊黒へグラスを差し出した。中の液体は色がついている。
「あっ! 私雛鶴さんにも聞きたいことがあるんです!」
 椅子から腰を浮かせかけた禰豆子の口元に人差し指を近づけ、雛鶴は綺麗な笑みを見せた。
「私の話ならいくらでも。でもまずは先輩の話からよね」
 大人の女性の余裕を見せつけられたような気がして、禰豆子は思わず頬を染めた。禰豆子とカナヲの前にもグラスを差し出した。鮮やかな色合いのカクテルだ。
 何かを諦めた錆兎はグラスを煽り、伊黒が驚愕し止めようとしていた。
「おい止せ! 何故貴様らはそう判断が早いんだ!」
「じゃあ、すでに話す気のありそうな錆兎さんから聞きましょうか」
 二人の思い出を語るなど真っ平だ、確実に減ると嫌がる伊黒には悪いが、錆兎が終われば次は伊黒に狙いを定めている。雛鶴はきっとこの二人よりも一枚上手だ。
 どんな話が飛び出してくるのか。禰豆子の胸の額縁の中に、二組の夫婦が割り込んでくるかもしれない。わくわくしながら禰豆子はカナヲと笑い合った。

義勇視点

⚠暴露大会 どちらかというとしのぎゆ 一番悪ノリしてるのでだいぶ注意