幕間 乱痴気騒ぎ 宇髄
「うるせェなァ、てめェに関係あるかよォ」
「そりゃ元祖冨岡マスターだからな。二代目のメンタルケアもしといてやんねえと」
「てめェから引き継いだわけじゃねェわァ。で、何だよ冨岡」
「いや……」
納得のいっていない表情が赤みを帯びた顔に乗る。
早々に酔わされた本日の飲み会は、色んなところで色んな奴が醜態を年若い連中に曝け出し、大層見応えがあった。特に不死川のこれは翌日どうなるか見ものである。
酔わせるのに何杯度数の高い酒を提供したか覚えていない冨岡は、今やっとほろ酔い程度まで来ている。ここまで来ると生来の性格が顔を出し、少しばかり言動や仕草が幼くなる。こういう普段とのギャップを女は好むものだが、なかなかお目にかかることがない辺り、冨岡が冨岡たる所以な気がする。
宇髄自身は酔っても酔わなくても場に溶け込んで楽しむのだが、祝いの席ならば全員等しく酔わせたい。勿論初めての連中にはお手柔らかにしてやっているが、彼らが気持ち良く酔っているのはきちんと確認していた。
「俺には義兄と呼べと強いてくるくせに、俺のことは名字で呼んでいる」
「おう、そういやそうだなァ」
気づいていなかったらしい不死川が、本日何度目かの醜態を晒す気配がした。さすが主役というべきか、今日のこいつ以上に面白い奴はいないだろう。胡蝶も大概面白くはあるが。
「義勇くんよォ、」
「何でくん付けっ」
「カナエが呼んでっから……」
つい突っ込んでしまったが、不死川の思考の流れは割と理解できてしまった。カナエが冨岡を呼ぶ時は義勇くんと呼んでいる。だから自分も同じように呼ぶことにしたらしい。まあ、酔っ払いの思考などそんなものである。宇髄だって謎の使命感でキス技を授けたのだし。
「うん。なら俺もお義兄ちゃんと呼ぼう」
「おう、頼むわァ」
「頼んじゃうのかあ……」
カウンターの端で善逸がむせた。今後善逸は不死川を見て何とも言えない気分になるのだろうなと思う。宇髄とて次からどんな顔で不死川と会えばいいのか迷ってしまう。まあ、確実に笑ってしまうと思うが。しようとしても我慢などできない。
「ふうん。じゃあ私もお義兄ちゃんって呼ばないとですね、実弥お義兄ちゃん。ふふ、初めて義兄ができるんですよね」
「俺は二人目だ」
冨岡の姉は冨岡が結婚した時にはすでに人妻だったので、義兄という存在は不死川は二人目だった。だからかただ何も考えていないのか、義兄と呼ぶことに抵抗が全く無い。まあ、確実に何も考えていない。
そもそもこいつは度がつく素直さを持っているので、ああしろこうしろと言われれば、嫌だと思わなければそのとおりに動く。呼んでほしいと頼まれれば、全く後先考えずに頷くのだ。
「蔦子さんの旦那さんですよね、お似合いで素敵なご夫婦です」
「ああ、凄く優しい。好きだ」
「ですねえ。私も好きです」
冨岡夫婦の隣のカウンター席へと腰掛け、不死川は両手指を組んで顎を乗せた。冨岡と胡蝶の視線が不死川へと向かう。
「……俺よりかァ」
でかい疑問符が冨岡と胡蝶の頭の上に浮かんだのが目に見えるようだった。何がここまで不死川を追い立てるのか。焼酎の梅酒割りか。
「……お前そんなにこの二人が好きなの?」
「だってよォ……こいつら、あれ、……可愛くねェか」
俯いている不死川の顔を、横から覗き込むように冨岡がカウンターに腕を枕にして頭を乗せ、冨岡の頭の上に胡蝶が乗っかっている。まあ、どちらも顔は派手目で悪くない。高校から本当に色々と世話を焼いてきた宇髄としては、贔屓目も相まって可愛く見えるわけではあるが。
「そうなのよお、二人とも本当に可愛いの! この間だってしのぶったら義勇くんの実家に行ってアルバム見漁ってて、それを知った義勇くんがうちに見に来たんだから!」
「何ですって!? 何でそんなことしたんですか!」
「だから、お前が勝手に見に行くからだ」
「いいじゃないですか、それくらい。あんなにあるんだからちょっとくらい貰ったって」
「……貰ったとは」
「あっ。いえいえ、貰ってません。見に行っただけです。あっ、痛い痛い、割れちゃう、手加減!」
不貞腐れた表情で冨岡が胡蝶の顔を鷲掴みにしている。どうやら黙って昔のアルバムを見に行ったあげく持ち帰っているのが嫌だったらしい。まだ新婚と呼べるとはいえ長く付き合っているのだから、今更そんなことに腹を立てなくても良いだろうと思うが。
「アホみたいなことしてるこいつらがアホ可愛いって?」
「本当アホでしかねェけどよォ、何か和むんだよなァ……」
仲睦まじさでいえば伊黒夫婦も錆兎と真菰も負けてはいないので、不死川が他の面々も好意的に見ているのは知っている。だが冨岡マスターになってからやたらと世話焼きの本領を発揮し始めていたし、縁続きになって夫婦に対して感情が爆発しているようだ。妹夫婦大好きであるカナエの影響も多大に受けていると思うが。
「いやまあ、お前のやべえとこ見たのは別に良いんだけどよ。明日死ぬなよ」
「死ぬわけねェだろォ……」
「そう? まあそのうち笑い話になるかもな」
自分なら一生揶揄うけれど。
不死川の恥ずかしい醜態にまた一つエピソードが増え、宇髄はそれは楽しそうに笑った。
禰豆子視点
⚠思い出と初恋話