兄弟子の報告
待ち侘びていた言葉が義勇の口から聞かされ、すでに聞いていたらしい真菰はプレゼントを用意するのだと意気込み、錆兎も感慨深いのかしみじみと思い出に浸るかのように頷いていた。
報告だけかと思っていたら式に出席してほしいと二人から打診があった。まさか炭治郎にも話が来るとは思っておらず、驚いて喜んで二つ返事で了承したわけである。
更に親族席でも問題ないだろうかと聞かれた時、もともと緩い涙腺が仕事を放棄して目から水分が零れ落ちた。
突然泣き出した炭治郎に狼狽えた義勇は、錆兎に嬉し泣きだと教えられて眉を顰めたものの、困惑しつつも嫌悪ではないならと義勇はとりあえず安堵して、そうかと一言呟いた。
「俺たちもだけど、お前たちが結婚するのを炭治郎も待っていたんだろう」
少々照れて不貞腐れたような顔を見せた義勇は、笑みを崩さないしのぶへと目を向けると、つられるように口元を緩ませた。
その後もしばらく浮かれたままであったが、結婚式など初めて出席する炭治郎は一体何を準備すれば良いのかとふと疑問を持った。
礼服や祝儀が必要なことはわかるが、他に必要なものはあるだろうか。ちょうど今日は会う予定の人物がいたので聞いてみようと炭治郎は考えた。
「結婚式に出席する時は何を持っていけば良いんだろう」
そう呟くと目の前の女の子は驚いたような顔を見せた。聞いたの、と一言問いかけてくる。どうやら炭治郎の言葉が何故出てきたのかを察したようだった。
「カナヲも聞いたか!? 義勇さんたちが結婚するから親族席に座ってほしいって、俺感動して涙が出てきてちょっと恥ずかしかったけど、でも二人が嬉しそうだったから」
興奮して言い募る炭治郎にカナヲは落ち着くよう宥めた。店内には何組か人がいるものの静かで、思わず口を押さえて頬を染めた。慌てて椅子に座り直す。
「私もこの間しのぶ姉さんから連絡があったよ」
カナヲがしのぶの従姉妹であることを知ったのは高校の頃だった。教室で善逸や玄弥に道場のことを話していた時、静かに近くの席に座っていた。兄弟子たちの名に混じって聞き覚えのある名前が出たことに気づいたカナヲは道場の名前を聞いた。鱗滝という名に聞き覚えがあったらしく、しのぶの名を口にして親戚であると教えてくれた。
入学式の日に曲がり角でぶつかりそうになった女の子は、同じクラスですでに顔見知りではあったもののあまり会話をすることはなかった。しのぶがきっかけでカナヲと良く話をするようになったのだ。
「その義勇さんて人……会ったことがないからわからないけど、カナエ姉さんは良い人だって言ってた」
「義勇さんは優しくて強くて格好良い人だ。しのぶさんとお似合いだと思う! 二人とも本当に嬉しそうだった」
「お似合い……そうなんだ」
興味深げに頷いたカナヲを眺める。話には聞いているもののしのぶの相手がどんな人物なのか気になっているらしい。
同じ道場の門下生という枠を越えて、炭治郎は義勇にもしのぶにも世話になったことがある。二人とも嫌な顔一つせず炭治郎に良くしてくれた。言葉にした義勇の人となりが全てではあるけれど、それだけでは足りない気もする。
「義勇さんは……優しいんだけどちょっと抜けてて、変わってるとは思う」
変わってる、と呟いたカナヲは困ったような顔を見せた。天然とでもいうのだろうか、義勇は時折弟妹たちのような可愛らしい発想をすることがあった。年上なのに炭治郎よりも年下かと錯覚するような時がごくたまにあったのだ。
世話を焼かれることに慣れているような気配があったし、年の離れた姉がいたせいかとは思っていたが、義勇本人の気質のような気もする。カナヲはあまり想像できなかったようで首を傾げていた。
しっかりしているしのぶがいるのだからきっと大丈夫だろうが、良く考えたらしのぶも妹なのだった。やはり義勇が変わっているのか、それとも環境の差だろうか。
「変わってるけど、優しくて頼りになるのは間違いないよ。心配しなくても、」
「あ、いやその、心配とかじゃなくて、」
炭治郎の言葉に慌てて否定して、照れたように視線を外しながらカナヲは呟いた。
「しのぶ姉さんが好きになる人ってどんな人なのかなって気になっただけ」
そうだった。カナヲは従姉妹であるカナエとしのぶが大好きだと言っていたことがある。胡蝶家に泊まりに行っては帰りたくなくて黙りを決め込み、てこでも動かなくなるような子供だったらしい。その話を聞いた時、あまりに可愛らしくて炭治郎は思わず笑ったものだった。
きっと本当はしのぶに色々教えてもらいたいことがあるのだろう。恋愛話に疎いカナヲはどうやって聞けばいいのか、聞いていいものなのかがわからないのだろうと思う。きっとカナヲ相手ならば、しのぶだって普通に答えるとは思うけれど。
義勇が炭治郎に答えてくれるのかはわからなかった。
「俺は義勇さんとは親戚じゃないけど、親族席で良いかって聞かれたんだ」
下座になると申し訳なさそうにしていたが、友人席は皆義勇と同い年であるし、義勇の親族は少なく、炭治郎とは家族付き合いもあるのだからと蔦子が聞いてみるようにアドバイスをくれたのだそうだ。
ゲストだとか下座だとか関係なく、親族とまで思ってくれているのだと解釈して炭治郎は喜んだ。とにかく嬉しくなって涙腺がしっかり働かなかったのだ。泣いてしまったことは少し気恥ずかしかったが、それほど嬉しかったのは事実でもある。それを伝えるとカナヲも嬉しそうに笑った。
「カメラがいると思う」
先程の持ち物の問いかけに思いついたのかカナヲが答えた。
カメラならば弟妹のために使われていたものがある。父が存命だった頃、撮ってきてほしいと母に頼んでいたものは、炭治郎が譲り受けて自分のもののように撮り続けていたので使い方も熟知している。
「わかった、母さんも皆も見たいだろうから持っていくよ」
頷いたカナヲにもうまく撮れたら見せることを約束し、機械に疎い鱗滝のためにも炭治郎は必ず腕の良いカメラマンになることを決意した。