ドレス選び

 扉を開けた先の歩道には見知った人物が歩いていた。
 凶悪な顔を強張らせてこちらを凝視する不死川と、しのぶの姉であるカナエだった。姉さん、と声をかけるとカナエは笑みを向けたのだが、ほんの少しだけ困っているような気配がした。
「そういえば今日ドレス見に行くって言ってたものね。ここだったの」
「ええ。二人はどうしたんです? あ、ご弟妹への買い物とか?」
 どうも煮え切らない様子の不死川と、彼を気にするカナエに気づいたのだが、ここでばったり出くわしたのが何かまずかったのだろうか。しのぶは首を傾げたが、斜め後ろから袖を引っ張られた。振り向くと義勇が口元に手を添えてしのぶの耳元で呟き始める。
 しのぶの驚いた顔を二人が目の当たりにして何を思ったかは想像するしかないが、不死川が義勇へ掴みかかって来たので恐らく察したのだろう。
 義勇の友人で今はカナエの同僚だから話題に出ることはあったものの、しのぶ自身は不死川とは学年も違うので、彼が大学を卒業してからは会う機会はなかった。あの新入社員歓迎会の日に会ったのは約一年ぶりだった。
 あの夜ほんの少しだけ不思議に思ったものの、元々知り合いなので深く考えることはなかった。例の口実を使って仲を深めるのは何もあの男性社員だけではなかったらしい。
 正直なところこの二人の仲を全く予想しておらず、頓珍漢なことを口にしてしまいしのぶは少々恥ずかしくなった。別に鈍感を演じたわけではないのに。
「テメェ、余計なこと吹き込んでんじゃねえだろうなァ」
「俺が知っていることを言っただけだ」
「テメェが何を知ってんだよォ……」
「宇髄の言っていた口実の話を以前、」
「うおおォ!」
 顔面に迫る右ストレートを咄嗟に避けた義勇は、顔を真っ赤にした不死川の腕を捕まえた。単純な力試しなら同じくらいか、少し不死川へと軍配が上がるらしいので、冷静さを欠いて暴れようとする不死川を止める義勇の顔が少々険しくなっていた。
「ふざけんな、普段何一つ伝える気のねェ言葉選びするくせに、要らん時だけは無駄に核心をついたこと口にしやがってェ……」
「ちょっと、こんなところで喧嘩はやめてくださいよ」
 慌てて二人を引き離そうと腕を掴むものの、腕力で彼らに敵うはずがない。カナエと二人で腕に掴まっているだけのようになってしまった。
「良いじゃない別に。二人には隠す気もないわよ。冨岡くんにはちょっと相談したこともあるし」
「えっ!?」
 驚いたのはしのぶだけではなく、不死川も目を丸くしていた。腕の力が緩んで掴み合っていた手を離す。
「不死川くんは冨岡くんと仲良いでしょう? ちょっと聞いただけだったんだけどバレちゃったのよ。だからしのぶにも言おうと思ったんだけど、その日は式場選びで疲れてたのか寝ちゃってたし」
「そ、そう……」
「こいつに相談すんのかァ……」
「家にいたからね。ごめんね」
 これ以上何を言うこともできないようで、不死川は手のひらで顔を覆った。
 カナエと不死川は結婚前提のお付き合いを始めたらしいが、会社では付き合っていることは話していないそうだった。カナエはどちらでも良かったが、不死川があまり言い触らすつもりがないようで、仲の良い同僚として過ごしているらしい。
 カナエが言うには義勇にちょっと聞いただけとのことだが、不死川が喜びそうなプレゼントはないか、欲しがっているものを知っていたら教えてほしい、などと聞いたのだと言った。毎日顔を合わせる同僚なのだから本人に聞くのが早いのでは、と義勇の正論が返ってきた時、言葉に詰まって狼狽えていたらしい。案外友人のことを見ている義勇はふと口にしたのだそうだ。不死川のことが好きなのかと。カナエはこう返したのだという。良くわかったわね、と。
 バレたではなくバラしたである。義勇を侮り墓穴を掘っただけだった。昔に侮ったことがあるしのぶにも少しは理解できるものではある。
「まあ、姉さんの墓穴は自業自得ですけど」
 いつまでも歩道ですったもんだするわけにもいかず、四人で喫茶店へと移動した。頼んだケーキセットがテーブルに置かれるのを眺め、店員が去ってから話を進めた。
「もしかして歓迎会の日にはもう?」
「……最近だァ」
 しのぶたちが両家へ挨拶を済ませた頃に付き合い始めたらしい。家で不死川の顔を見ることが増えるのだろうか、と何となく考える。
「……親族席に座るのか」
 不死川は飲み込みかけていた水を勢い良く吹き出した。慌てておしぼりを不死川へ差し出しながら、頬を染めたカナエが気が早いと口にした。
「そういえば婚約者は親族席に座るんでしたっけ」
「婚約すらしてねえわァ……」
 予想外過ぎたのか、不死川は憎まれ口を叩く暇もなくおしぼりで水分を拭き取っている。気が早いとはいうが式の日取りはまだまだ先だ。挙式の前に婚約者になることもあるのではないだろうか。
「私たちのことは気にしなくて良いわよ。不死川くんは友人席で決まってたでしょう」
「そうだけど、もし式までに変わるのなら変更しなくちゃ」
「変わってもそのまま出るっつうの……」
 カナエの頬が色づいた。元々義勇の友人なのだから、婚約者になろうと義勇との関係は友人及び親族予定になるだけだと言う。そうか、と呟いた義勇はそれで納得したようだった。二人が縁続きになったら、顔を合わせる度に今日のような騒動が勃発しそうで少々心配ではある。凶悪な顔をしていても優しいことは知っているのだが。
「それで、ドレスは決まったの?」
 恥ずかしいのか話を変えたカナエが問いかけた。試着してきた写真を見せるためにスマートフォンを操作する。
「まだ。だって何着ても似合うとしか言わないんだもの」
「うわあ、素敵ね。冨岡くんの気持ちわかるわ」
 不死川には後のお楽しみとして、端末の写真を見せないようにカナエは見比べている。不死川自身も特に気にしていないようだった。
「ねえ、冨岡くんのお姉さんはどんなドレス着てらしたの?」
「姉さんは……母さんのものを着ていた」
「わあ、良いわね。うちのお母さんは白無垢だったしね」
 母の結婚当時の話を聞いて神社婚も選択肢に入れていたものの、母にはウエディングドレスが見たいとせがまれ教会での挙式にすることに決めた。義勇のスマートフォンで写真を見せてもらったことを思い出し、しのぶが口にすると義勇は画像を探し始める。
「これか」
「あ、そうですこれ。ええと、プランナーさんがエンパイアラインって言ってましたっけ」
「わあ、お姉さん凄く綺麗! しのぶのこの写真とは違うわね」
「それはAライン。プランナーさんからはプリンセスラインっていうのを物凄く勧められたわ。次の写真よ」
 お似合いですよ、と手放しで褒められたプリンセスラインはスカートの広がりが豪華だった。名前の通りお姫様にでもなれそうな、可愛いに極振りしたようなドレスで、少し気後れしてしまうほどだった。
「本当に色々あるのね。これは迷っても仕方ないわ」
「いっそのことタキシード着ようかしら……義勇さんはお義母さんのドレス着たら如何です」
「入らないからいい」
「そういう問題かァ……」
「まあまあ。まだ時間はあるんだからゆっくり決めれば良いのよ」
 姉さんはプリンセスラインが可愛いと思うわ。さり気なく意見を主張してカナエは笑った。