異性除け
「じゃあ、また。……あ、マフラー」
「ああ、……縁起物だ、受験が終わったら返してくれれば良い」
ふと思いついて義勇は胡蝶に告げた。
義勇が受験生だった時、試験当日に巻いていった物である。センター試験が終了した後、真菰が奪い取って行った物でもあった。まだ受かったかもわからないのに炭治郎の入試のゲン担ぎにと持って行かれ、見事縁起物に昇華したと喜んでいた。何故それを己のマフラーでするのかはわからなかった。
経緯を伝えると胡蝶は楽しそうに笑い、それならと外そうとしたマフラーから手を下ろした。
「でも冨岡さんの帰りが、あ、ちょっと待ってください。すぐ戻りますから」
そっと家の玄関を開け、音を立てないよう慎重に閉めてしばらく待っていると、胡蝶は何かを持って顔を出した。スリッパを突っ掛けて門の外にいる義勇の首へと巻きつけたのはマフラーだった。
「まだまだ寒くなりますから、使ってください」
「……これを俺がか」
家に予備があると伝えるのは野暮なのだろうが、義勇は少しばかり抵抗を覚えた。何せ胡蝶の私物であるが故、義勇が身に着けるにはだいぶ可愛らしい色合いをしていた。
白とピンクのチェック柄に、申し訳程度にグレーが混じっている。確か真菰がパステル色だとか言っていた。姉は暖色でももう少しくすんだ色を好んでいたし、姉につられて暗い色ばかりを身に着けていた義勇には少々ハードルが高かった。
「嫌ですか」
「嫌というか……」
胡蝶のような女子にしか似合わなそうな色だ。申し訳ないが通学には予備のマフラーを使おうかと考えていると、窺うように義勇を覗き込んだ胡蝶が口を開いた。
「……なりませんか、女の子除けに。私がいない間の」
恥ずかしかったのか段々頬が色づいていくのが目に映った。つられるように義勇の頬にも熱が集まっていく。
まさか、そのためにこの色のマフラーを持ってきたのだろうか。
嫌なら良いです、と呟いて巻きつけたマフラーを外そうとした手を掴んで止めた。防寒ではなく別の意図があって渡してきたものを、義勇は返す気にはなれなかった。
「借りておく」
女の子除けという胡蝶の思惑どおりになるかはわからないが、やたらと可愛いことをするので冬の間は有難く使わせてもらうことにした。義勇の言葉に安堵したのか、胡蝶は照れたようにはにかんだ。
「それは男除けになるのか?」
「えっ。あ、そ、そうですね。まあ女の子でもこの色を使う子はいるでしょうから……なるかどうかはわかりませんけど」
何やら狼狽えた胡蝶はどもりながら答えた。胡蝶のマフラーが女子除けになるならば、義勇のマフラーも男除けになるのかと単純に気になって問いかけたのだが、興奮したように頬を紅潮させている。まるで甘露寺のようで、友達同士だと似てくるのだろうかと義勇はぼんやり考えた。
「そうか」
「……でも、長さでしょうか? 私のと違いますから、気づく人は男物って気づくかもしれないですね。そしたら男の子除けになるかも」
頬を染めたまま嬉しそうに笑う胡蝶が驚くほど可愛く見えて、義勇は瞬きをした。
思わず胡蝶の頬に手を当てたものの、ご褒美などと口にしていた言葉を思い出して義勇は眉を顰めた。
「……してくれないんですか」
「ご褒美なんだろう」
義勇の葛藤に気づいたらしい胡蝶が的確に言葉を投げかけてくる。不満げに唇を尖らせているが、不満があるのは義勇も同じだった。
考えるより先に手が胡蝶に触れていた。早く受かってくれないかと思うものの、受験という枷がなくなったら、ひょっとして根性だけでは耐えきれなくなるかもしれない。今だって名残惜しくてずっと柔らかい頬を撫でてしまっている。
いい加減にしなければと頬を離した義勇の手を追いかけるように胡蝶の両手が捕まえ、嬉しそうに笑みを見せた。
「絶対受かってみせますから、……待っててくださいね」
大した自信で義勇も安心したわけではあるが、受かった後にはまた今とは違う耐久性を問われそうな気がしていた。