合コンの話

「お前ら来たら行くって言う子がいるんだよ」
 面倒くせえ。そう呟いた宇髄に泣きついているゼミの男子を眺めながら溜息を吐いた。
 大学生ともなれば女子との出会いをやたらと欲しがる輩が増えるのも知っているが、宇髄たちを誘ってくるのがまず間違っている。
 宇髄の彼女は皆宇髄がモテるのを喜ぶが、だからといって自ら出会いを求めるようなことはない。彼女がいようとお構いなしに向こうから寄ってくるので、わざわざそんな場に足を向けるほど女に困ることがない。
 そして同じテーブルを囲んでいる高校からの連れである二人もそうだ。
 不死川は彼女はいないはずだが、今まで彼女が欲しいなどと口にしたことはない。こいつくらいなら行っても問題ないわけではあるが、案外奥手である上に出会い探しに精を出すような性格でもなかった。今も興味なさそうにラーメンを啜っている。
 そして冨岡は宇髄と同様に彼女がいる。こいつが一番行く可能性は低い。姉を人質にでも取られていたら話は別だが、幼稚園児なりに彼女のことが大好きなのは良く伝わってきているので、むしろ行かせてはならないとすら思ってしまうくらいだった。
「俺ら彼女いるし。興味ねえよ」
「あ、やっぱり? だよな、彼女くらいいるよな」
 薄々気づいてはいたのだと男子が呟いた。だが宇髄たちと知り合えるならと他学部の女子側が譲らないのだそうだ。たとえ合コンに参加したとしても、その女子たちとこの男子がお近づきになることはないだろう。何せ目当ては宇髄たちであることを最初に明言しているのだから。それをはっきり伝えると、項垂れた男子はわかっていると口にした。
「やっぱ可愛い子と飯食いたいじゃん。ワンチャンあるかもしんないし」
「あるか? んな外面だけ見てるような女と飯食ったって楽しくねえだろ」
 冨岡なんか顕著だった。見た目で寄ってきた女はひと月足らずで殆ど振るい落とされ、生き残ったガチ勢共は遠目に見守るという、徹底して本人には近寄らないスタンスを取られていた。近付いたのは胡蝶だけ。大学でもそのスタンスが続くのかはわからないが、どうせ合コンでも黙り続けて、なんか思ったのと違うと思われるだけだ。そんな面倒な時間を過ごすくらいなら、胡蝶の受験勉強に付き合ってやる時間のほうがよほど有意義に過ごせるだろう。比べるのも烏滸がましい。
「えー、宇髄くらいなら乗ってくれると思ったのに……」
「いちいち出会いの場に行くほど困窮したことねえし。つうか彼女いて合コンは行ったことねえわ」
 女子も混じった仲間内の集まりならばいくらでもあるけれど。何を言われていても構わないが、宇髄は宇髄なりに三人の彼女とのことをきちんと考えている。普通に生活しているだけで女が寄ってくるのだから、自分から近寄るような真似はしない。
「ほら、行った行った。今後も俺らはパス」
「ああ……くっそお、わかったよ」
 しつこい男子を手で追い払い、昼食を再開した。全てを宇髄に任せていた二人はすでに食べ終えており、宇髄の目の前のカツ丼は少し冷めていた。少しばかり恨めしげに顔を見やる。
「不死川は行っても良かったか」
「いらね。どうせ怖いとか言われんのがオチだァ」
「気にしてんのかよ」
 高校のクラスメートやゼミの生徒は不死川の人となりを知っているが、初対面だとやはり嫌な視線を向けられるらしい。口に出しては言わないが、不死川は最初から怖がることのなかった仲間内の女子には意外と好感を持っている。あまりいないタイプの人間だったのだろう。
「わざわざ怖いって言われに行くのはなァ」
「いるかもしんねえじゃん、怖がらない女子」
「別に今彼女欲しいとかねェし」
 いつ欲しくなるのかは知らないが、その時が来たら世話くらいは焼いてやろうと宇髄はひっそり考えた。冨岡に負けず劣らず初心であることはすでに気づいているので、先人のアドバイスの一つも贈ってやらねばならないだろう。冨岡のせいで興味のなかった人の恋路に、自ら首を突っ込もうと考えるくらいには色々と口を挟んできたので。
「ふうん。でも好みくらいあるだろ? 怖がらないてのは大前提として」
 今まで彼女持ちの話は聞き役に徹していた不死川は、自分のそういう話をすることはなかった。何となく興味が湧いて宇髄が問いかけると、嫌そうな顔をした不死川は宇髄へと視線を向ける。
「冨岡もあるだろ、好みくらい」
 ひたすら黙っていた冨岡が顔を上げ、好み、と一言呟くと、また黙り込みしばらく考え込んでいた。
「えっ、ねえの? 胡蝶の何かが好みだったんじゃねえのかよ」
「好みは良くわからない。可愛いとは思うが」
 良くわからないまま好意だけを自覚しているらしい。こいつは相変わらず何かがずれている。
「大人しい子が良いとか気が強い子が良いとか、見た目ならほら、小柄とか胸がでけえのが良いとかな。お前は人より基準値高いからな」
 何せ冨岡の身近な周りには姉とか幼馴染とか、とにかく平均よりも色々と飛び抜けている女がいたのだ。おかげで胡蝶を選んだことに対して理想が高すぎたからだと思われても仕方ないくらいである。まあ、見た目や姉以上の女を求めて好きになったわけではないことは察していたが。
「てめェはどうなんだよォ」
「えー、俺? そうだなあ……まあ、三人ともタイプ違うからな。全員我が強くて変わってるとは思うが」
「宇髄は我の強い女性が好きなのか」
「何か恥ずかしいから聞き返すな」
 冨岡に言われると無闇に恥が募ってしまうのは何故だろうか。事実大人しい女よりは自分を曝け出す女のほうが好みであることは確かであるのだが。それも全部あの三人だから好意的に見ている部分も大いにあった。いちいちこいつらに言うつもりはないが。
「もういいや、お前のタイプは胡蝶、存在そのものがタイプってことにしておく。不死川は?」
「無理やり収めやがったなァ」
「埒明かねえもん。冨岡に答えを期待するのが悪かったんだよ」
 相手がいるのでそもそも必要のない質問ではあったので、今も尚好みのタイプを自問しているらしい冨岡のことは置いておく。
「……淑やかなのが良いんじゃねェかァ」
「淑やかねえ。冨岡の姉ちゃんみたいなタイプ? あ、胡蝶の姉も似たタイプだな」
 どちらもこの時代に珍しい大和撫子といえるだろう。興味がなさそうに適当な相槌を打ちながら不死川は茶を啜った。
「あいつどこの学校だっけ?」
「この近くの女子大だと言っていた」
 冨岡から大学名を聞き出し、宇髄は最近どこかで聞いたことを思い出した。はて、どこでだったか。食べ終わったトレーの上に箸を置き、コップを口元に持っていきながら考えるも、いつの間にか昼休憩が終わる時間になっていたようで、不死川が面倒そうに立ち上がった。
「ちょっと待て、もうすぐ思い出せそうなんだって」
「知るかァ。歩きながら考えてろ」

 その集まりを見て宇髄はようやく昼間考えていたことを思い出した。
 宇髄が聞いた女子大の名前は、この前にも誘われた合コンの相手校のものだった。可愛いお嬢様と飯が食えるとゼミの女好きが嬉しそうに騒いでおり、誘われた宇髄は昼間と同様に断ったのを覚えている。どこでやるなどとも聞かずに追い払ったせいか、たまたま入った店に合コンらしき集まりがあり、見覚えのある顔が困った表情をしながら座っていることに気がついた。
 さっさと席に行けと宇髄の立ち止まった足を動かすために不死川がせっつき、三人の姿を目にした男子が声をかけようと近づいてくる様子をげんなりしながら見守った。テーブルに座っていた女子連中の黄色い声が上がるのが聞こえ、その後に人の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ、あら、冨岡くん」
「……胡蝶」
 の姉。小さく呟いた言葉は宇髄にしか聞こえなかったようで、胡蝶の姉は笑みを向けて手を振ってきた。隣の女子が驚愕した顔でこちらを眺め、肩を掴んで誰なのかと問いかけているのが聞こえた。
「妹の彼氏で、友達なの」
 合コンテーブルに戻った男子が、あいつらは彼女持ち、と伝えると露骨にがっかりする女子たちが見える。宇髄は興味がないが、出会いを求める者たちに対して何か思うことがあるわけでもなく、邪魔するつもりは毛頭ない。が、その様子を見ているような趣味もなかった。この店を選んだのは偶然だが、違う店にすれば良かったと少し後悔した。
「あいつも興味あるんだな」
 わざわざ探さなくてもすぐに見つかりそうなものだが、やはり大学生ともなると興味は湧いてくるのだろうか。ちらりと視線を向けた冨岡は、メニューへと目を戻しながら呟いた。
「困っているように見えるが」
 冨岡の言葉にメニューから顔を上げ、不死川は曖昧に頷いた。興味がないのなら無理やり連れてこられでもしたのだろう。胡蝶が箱入り娘なのだから姉もそうなのだろうと思うが、妙な男に引っかからないように、と心中でお節介な言葉を呟いた。

 食事を済ませ適当に雑談していると、冨岡のスマートフォンが短く振動した。画面に向かっていた視線が宇髄の横を通り過ぎ、背後へと向けられた。トイレと呟いて席を立った。
「冨岡戻ったらそろそろ帰るかあ」
「だなァ」
 ちらりと合コンテーブルへ背中越しに視線を向けると、あちらもそろそろお開きの空気が漂っていた。それなりに楽しんでいるようだったが、胡蝶の姉の姿が見当たらなかった。脳内で大方の予想をつけて冨岡を待った。
「お、戻ってきたか。そろそろ帰るぜ」
「ああ」
 三人席を立ってレジへと向かい、精算を済ませ店を出たところで冨岡が口を開いた。
「胡蝶の姉が一緒に帰ってほしいと」
「ああ、予想通りだな。不死川も構わねえだろ?」
「おォ」
 盛り上がっていたようだから二次会に誘われる可能性もあるだろうが、断る口実にはなるだろう。男子共から恨みを買うかもしれないが、そこは別にどうとでもなるので不安視していない。女側はどうかは知らないが。
「じゃあ、私は帰るわね」
「ええっ! 二次会行かない? せめて連絡先とか」
「ごめんね、門限も近いから、ちょっと急がなきゃいけなくて」
 店から出てきた胡蝶の姉が男子に引き止められている。まあ、そうそうお目にかかれないレベルの女子相手に必死になる気持ちは何となく理解できる。しつこくて嫌だとか思われなければ勝手にすれば良いが、胡蝶の姉は帰りを一緒にと打診してきたのだから、断りたがっているのは事実である。
「胡蝶」
 冨岡が呼ぶ声に振り向いて、胡蝶の姉はほっとしたような笑みを見せた。一緒に帰るから、とこちらへと駆け寄り、振り向いて団体へと頭を下げた。尚も引き止めようとする男子が近寄ろうとしてぴたりと止まった。
 冨岡の顔が不死川へと向けられ、宇髄も何だと目を向けた。夜叉かとでも問いかけてしまいそうなほど普段の凶悪な顔面を更に恐ろしくさせ、不死川は黙って男子へ顔を向けていた。
「あ、じゃ、じゃあ今日はこれで。また機会があれば……」
「そうね、私も今日は楽しかった。ありがとう、また」
 不死川の顔を見ていなかった胡蝶の姉は顔面蒼白な男子へ挨拶をし、背後で固まっている面々にも手を振って宇髄らとともに歩き出した。
「いやあ、やっぱ不死川がいると便利だな。しつこい引き止めが速攻で止まる」
「うるせェ。こいつが物理で止めるより穏便だろうがァ」
「手を出して来なければ俺だって手は出さない」
 宇髄ら三人の会話がいまいち理解できなかったのか、不思議そうに胡蝶の姉は首を傾げた。それから思い出したように礼を告げた。
「構わない。家まで送る」
「えーっ、良いわよそんな。深夜とかじゃないんだし」
「夜ってだけで危ねえだろうがァ」
「一緒に帰るって言ったんだし甘えとけよ。一人で帰って別の奴からナンパでもされたら、俺らが胡蝶に怒られそうだろ」
「……そう? じゃあお願い。ありがとう」
 宇髄の言葉に申し訳なさそうにしながらも、胡蝶の姉は了承した。そのまま四人固まって歩道を歩いていく。
「合コン興味あったのか?」
「知らなかったのよ。友達が知り合った子とご飯に行くから来てほしいって言われてついてきたら他にも女の子がいて、同じ人数の男の子も来て」
「そりゃお疲れさん。まあでも楽しそうで良かったじゃねえか」
 合コンは盛り上がらない時はお通夜のようにしんとしているらしいことは聞いたことがある。今日は見た限りでは皆盛り上がっていたようだった。
「そうね……でもやっぱり冨岡くんたちと遊ぶより緊張しちゃったわ」
 趣味や好きなものだとかまでは普通だが、彼氏はいたのかとか好みのタイプとか、出会いの場だからかそちら方面の質問が多かったらしい。更に王様ゲームまでやっていたのは聞こえていた。本当にやるんだな、と少々面食らったのは内緒にしておく。
「まあ合コンだしな。彼氏欲しいとかあんの?」
「うーん。そりゃ好きな人がいたら毎日楽しいんだろうとは思うけど」
 さほど恋愛に積極的でもないらしい胡蝶の姉は、不死川と同様自ら出会いを求めているわけではないようだった。
「大学で部活とかサークルとか色々手伝ってたら忙しくなっちゃって。でも楽しいから今はお付き合いとか考えられないかなあ。しのぶ見てると羨ましくなるけどね」
「別にそのうち自然にできるんじゃねェのォ」
「そうかな? そうだと嬉しいわ」
 不死川の言葉に素直に頷いて、胡蝶の姉は笑みを見せた。
 夜道を四人で会話しながら胡蝶の家まで歩く。数メートル先にある明かりの灯った一軒家を指してそこだと口にした。
「ありがとう、三人とも。凄く助かったわ」
 再度礼を伝えてくる胡蝶の姉に気にするなと口にして、各々挨拶をして来た道を歩き始める。帰る前に妹を呼ぶかと妙な気をまわしたが、冨岡は少々眉を顰めて首を振り断った。気を遣われて照れたのだろう。
「……好みのタイプを考えていたが」
「お前まだ考えてたのかよ!」
 頷いた冨岡に一応答えを求める。
 好みの話をしたのは昼間だったはずだが、いつまで考えているのかと宇髄は呆れた。不死川も同じ気分だったらしく、げんなりとした顔が向けられている。
「一緒に稽古ができると良いと思う」
「お前のトレーニングに付き合える女とか真菰くらいしか……え、胡蝶も付き合えるようになってんの?」
「試験を受ける話が出ている」
 合気道がどの程度で段位を取れるようになるのかは知らないが、その話が出る程度には上達しているらしい。ついに胡蝶があちら側へと行ってしまう時が来るようだ。
「武術に興味を持つ女子は少なかったと真菰が言っていた。俺もそう思う」
「道場に興味持つ女が良いってことね。まあそりゃ有難いだろうな」
 まだ何か言いたそうにした冨岡の口から言葉が出てくるのを待ったが、それ以上その話を広げることはなかった。
 人生の大半を武術にあてていたのだから、冨岡にとっては大事なことなのだろう。きっと錆兎や真菰もそうであるだろうことは容易に想像がつく。
「結局のところ胡蝶が好みのタイプだったってことだな。地味に惚気けやがって」
「惚気ていない」
「どうでもいいわァ」
 こいつが胡蝶以外に目を向けるようになるとは思えないが、万が一そんなことがあった時は、それが大前提になるわけか、と宇髄はぼんやり考えた。