幕間 炭治郎

 兄弟子たちが卒業した後、炭治郎は同じ高校に入学した。
 仮入部の勧誘を受けた美術部を覗くという友人に付き合い美術室へ足を向けた。女子が多そうという理由で軽率に決めた部活のようだが、予想通り友人の鼻の下は伸び切っている。
 先輩部員は確かに女子が多かったが、皆真剣に絵を学ぶ者たちばかりだ。軽い気持ちで覗いた友人がめげないだろうかと心配してしまう。
 炭治郎自身は稽古や家の手伝いがあるので部活をするつもりはない。冷やかしのようになってしまうが、友人を一人で行かせるよりはと考えてついてきていた。
「わあ、凄い絵だな」
「それは卒業生の作品よ。賞も取ったんだけど、興味ないとかで置いていったのよ」
 飾られた絵のそばにトロフィーが置いてある。絵の下にある札には制作日と生徒の名前であろう宇髄天元という文字が書かれていた。
 どこかで聞いたことのある名前だなあ。まじまじと絵を見ながら考える。芸術に明るくはないが、何となく独創的に感じた。
「すっごく格好良い人だったよねー! 正に色男って感じで」
「ていうかあの学年に格好良い人多かったのよね。誰派かで盛り上がったじゃん。卒業式とかもみくちゃだったんでしょ」
 卒業生の男子生徒たちの話題になると、友人は目に見えて不機嫌になった。窘めながらキャンバスに向かい、拙いながらも炭治郎は鉛筆を走らせ始めた。
「宇髄先輩は制服殆ど取られてたらしいよ。冨岡先輩は死守したんだって。煉獄先輩と錆兎先輩は何取られてたかな……確かボタンはやられてたはず」
「詳しいわねー。好きだったの?」
「いやいや、そんな身の程知らずじゃないから。あの公開告白の記事見たでしょ。ここぞとばかりに書いてあったじゃん」
 公開告白。何やら良く分からない単語が先輩部員から聞こえてきた。兄弟子たちの名前が上がったこともあり、炭治郎は興味を抱いた。
「あの。公開告白って?」
 女子部員二人は顔を見合わせた後、新聞部の号外によって大々的に広められた事実を話してくれた。
 卒業式の後、人が大勢見ているなか、校門の前で男子生徒が女子生徒に愛の告白をしたのだという。残しているという新聞記事を見せてもらった。
 一番に目に入ってきた大きな写真には、同門である錆兎が真菰へ何かを差し出す形で写っていた。周囲には生徒が多く残っている。卒業生、幼馴染に告白す。新聞部がつけたらしい煽り文は直球で、思わず炭治郎は頬を染めた。
 下の段には笑い合う幼馴染三人が写っており、もう一枚の写真は門前で撮られた集合写真のようだった。掲載許可を取ったのだろうかと思わず心配になった。
「こんな告白されてみたいけど、語り継がれるよね。さすがに恥ずかしいわ」
「てかさ、この冨岡先輩ヤバくない? 超可愛いんだけど」
「うん? 私は煉獄先輩派だったから別に」
 話題に花を咲かせ始めた部員たちに了解を得、炭治郎は新聞記事をコピーさせてもらうことにした。不機嫌な友人はつまらなそうだったが、意外にもきちんと絵を仕上げていた。
「我妻くん、上手いね!」
「そうですか? えへへ」
 でれでれと笑う友人は先程の不機嫌などなかったかのような変わり身の速さだった。だが絵は部員の言うとおり、炭治郎にも上手いと感じた。
「凄いな善逸。何でこんなに上手く描けるんだ」
「いや見たとおり描いてただけだけど……うわ、炭治郎」
「言うな。俺が下手なのは自覚しているんだ」
 恥ずかしそうに眉を下げた炭治郎の絵を見て、先輩部員は曖昧に笑った。何ともいえない出来上がりをどうフォローすべきか考えているのだろう。困ったように笑顔を返して、炭治郎は溜息を吐いた。

*

「学校の先輩からこれを貰ってきたんです」
 新聞記事を目にした瞬間、錆兎は思いきり口をつけていたペットボトルの水を噴き出した。もう一人の兄弟子である義勇は記事をまじまじと読み込んでいる。
「何なんだこれは……」
「先輩にコピーさせてもらったんです。俺二人が付き合ってるって知らなくて」
「やめろ。それ以上言うな」
 頭を抱えた錆兎の耳は真っ赤だった。炭治郎に対して隠すつもりはなかったようだが、伝える機会がなかったと言った。それは構わないのだが、新聞記事が残っている以上、これからも語り継がれることが確実である。己のまいた種だが、と呟いた錆兎を眺めた。
「真菰が嫌がった理由が分かった」
 こんな記事まで作られるなど思ってもいなかったのだろう。真菰には見せるなと炭治郎に言い含める。
「こんなの宇髄に見られたら一生揶揄われるぞ」
 聞き覚えのある名前が錆兎の口から聞こえてきた。美術室で見た絵の作者である名前に覚えがあったのは彼らの友人だったからだ。義勇が良く口にしていたことを思い出した。
「まあ、やってしまったことは仕方ない。どうせもう卒業した後だし、そのうち皆忘れていくだろう」
 気にし続けてもどうしようもないと切り替えた錆兎は、それでも記事を捨てるよう炭治郎へ提案してきた。それは何だか勿体無いので、炭治郎は人に見せないという条件で保管することを了承させた。
 楽観視していた錆兎が再びこの件で頭を抱えたのは数年後、同窓会で年代も違う見ず知らずの人間から指をさされた時だった。