合否・おまけ
「たくさん食べてね」
蔦子の手料理は家庭的で、和食の美味しそうな匂いが漂っている。料理を見て目を輝かせ満面の笑みを姉に向けた冨岡に、しのぶは驚いてつい凝視してしまった。
子供のように喜んでいるのが良くわかった。蔦子の好物という言葉に成程、と心中で納得した。鮭大根が好きなようだ。
「いつもお姉さんが作られるんですか?」
「両親がいない時はそうね。昔はもう少し家にいた気もするけど」
もう大きくなったから大丈夫だと思っているのかも。弟の存在があったからか、特に不満はなかったと口にした。
しのぶの母は専業主婦だし、父も長く家を空けるようなことはない。しのぶは料理をしないわけではないが、行事ごとがあった時にするくらいなので、蔦子ほど日常的にはしなかった。
「それで……いつから付き合ってるのかしら」
突然の話題転換に口に含んだ茶を勢い良く吹き出したのはしのぶだけではなく、隣に座っている冨岡もやらかしていた。息ぴったりねえ、などと口にした蔦子が笑っている。
「義勇ったら教えてくれれば良いのに、私が聞くまで何も言わないんだから」
咳き込みながら席を立ち、冨岡はティッシュで口元を押さえながらしのぶへ箱ごと差し出した。礼を言いながら三枚ほど引っ張り出し口元を拭う。全く行儀の悪いことをしてしまった。恋人ができたなどと身内に伝えるのは些か恥ずかしく、正直しのぶもカナエにはバレてしまったから言っただけなので、自分から兄弟に伝えることはしないと思う。性別が違うのなら尚更ではないだろうか。
「最初は本当に失礼なこと言っちゃって、嫌われないかと心配だったんだけど」
友達じゃないとか、冷たくあしらったりとか。一応邪険にした理由は教えてもらったし、初対面の時点で口下手であることは認識してはいたのであれ以降は特に苛立つようなこともなかったのだが、蔦子はずっと気にしていたようだ。
「でもほら、段々あなたの話が増えていったからね、ああ、仲良くしてるのねって思ってたのよ。義勇の女友達は真菰しかいなかったし、後は禰豆子ちゃんや花子ちゃんとか、小さい女の子ばかりで同年代の子は何だか避けてるみたいだったから。バレンタインも毎年いっぱい貰ってくるのに、喜んでるの去年くらいしか見たことなくて」
「姉さん、」
「あっ。ごめんなさいね、私ばっかり話しちゃって」
言葉の端々に気になることを言っていたが、しのぶは聞き返す暇もなく頬の赤みを抑えるのに必死になった。
話が増えたとか喜んだとか、姉には感情が筒抜けではないか。何が言ったわけじゃないだ、バレバレだったのではないのか。家族には無表情を通す必要などないのだろうけれど。
ちらりと冨岡の顔を窺うと、恥ずかしいのか頬が赤かった。
「それで、いつから?」
問いかけは生きているらしく、蔦子は楽しそうにもう一度質問した。話すつもりがあるのかないのか、冨岡は今無表情になって姉に対して照れた顔を隠している。
「……三月から」
「もうすぐ一年経つのね! 仲良くて素敵ね」
弟の恋愛事情を知って楽しいのだろうか。カナエも聞きたそうにする時があるが、身内の惚気のような話を聞いていたたまれなくなったりはしないのだろうか。
付き合い始めがいつなのかを聞いた後は、蔦子はそれ以上問いかけることはなかった。学校のことや稽古のことを話しながら夕食を済ませ、片付けはしのぶも手伝うと申し出ると、蔦子は嬉しそうに頷いた。
「義勇は良いわよ、今日はお祝いだもの。送ってあげるんでしょう? 準備しておいで」
ちらりとしのぶへ視線を向け、蔦子に頷いて荷物を取ってくると告げて冨岡はリビングを出ていった。
「本当は良い子なんだけど、あんな感じで口下手だから、ちょっと心配してたのよ。でも二人とも楽しそうで良かった」
シンクの前に二人で並びながら、蔦子が洗い終えた食器をしのぶが拭いていく。蔦子の顔を見上げると、彼女もしのぶを見て笑みを浮かべていた。
「義勇が好きになった子があなたで良かったと思うわ」
「え、いえその、」
「いつか義勇のお嫁さんになったら、私とも仲良くしてね」
「おっ……!」
蔦子の言葉に唖然としたしのぶの頬がどんどん熱を持っていき、鏡を見なくても真っ赤になっているだろうことがわかった。
まだ高校生なのに、なんてことを言うのだろう。しのぶの様子を見て蔦子ははしゃいでいる。
「さ、さすがに、そんな先のことは……いえ、仲良くは私こそお願いしたいですけど」
「そうよねえ。私ったらもう結婚を考える年齢だからつい。でもね、義勇ってあなたの話する時本当に嬉しそうにするのよ。お祝いに駆けつけてくれるくらいだもの、あなたも好きでいてくれてるんだなあって思ったらもう、二人とも可愛くって」
「……その、そういうのは胸の内に仕舞っておいてくださると助かります……」
しのぶと冨岡を見てそんな思考をされるのも恥ずかしいが、心の中だけならまだ許容できる。口に出されてしまったら、どんな顔をしておけば良いのかわからない。
「ごめんなさいね、本当に。でも、あなたが嫌になるまでは、義勇と仲良くしてあげてね」
「はい……」
嫌になる気配は今のところ微塵もないけれど、先のことがわからないのも事実である。
しのぶとて人並みに興味はあるが、幼い子供が将来の夢として口にするような感覚のものだった。突然現実味を帯びてしまったような気がしてどうしていいか困ってしまう。
お嫁さん、と心中で呟く。友人の夢がお嫁さんであることはずっと前から聞いていた。いつか大好きな人のお嫁さんになって、一生を添い遂げたいと楽しそうに話していた。
大好きな人。今しのぶの心を占拠している冨岡が、この先もずっとそこにいるのかはわからないけれど。
いつかそうなったとしたら、きっとその時も嬉しいのではないかとしのぶはひっそりと考えた。