体育祭・準備

 体育祭。高校行事のなかでも生徒たちが一丸となって競い合う祭りごとだ。運動神経の良い奴をどの種目に充てがうかで勝敗が決まる。高校最後の体育祭、今年は隣のクラスに目立つ奴らが固まっているようだが、うちのクラスも負けてはいない。剣道部のエースである煉獄もいるし、何かと腕っ節の強い錆兎もいる。腕っ節が体育祭にどう関係するかまでは知らないが、身体能力が高いのだからきっと今年も活躍するのだろう。
 かくいう己は可もなく不可もなく、全てにおいて平均的な高校生である。ただ足を引っ張らないよう気をつけるだけだった。
 今年最後ということもあり、クラスの一部は応援団に入ると騒ぐ女子たちがいた。地声も大きい煉獄が団長でもやれば盛り上がるだろうと勧誘しているが、仲良くなりたい女子の思惑が垣間見え、思われている煉獄を羨ましいなんて思ってしまう。
「構わないが何をするんだ?」
「曲に合わせてダンスとかパフォーマンスするんだよ」
「ダンス? それは難しいな、やったことがない!」
 確かに、偏見だがリズム感はなさそうに見える。太鼓に合わせて三三七拍子くらいなら様になりそうなのだが。
「面白そうだねえ。錆兎もやりなよ」
「俺だってやったことないぞ」
 錆兎に親しげに応援団を勧める女子は彼の幼馴染の真菰だ。良く一緒に話している。あんな可愛い子と幼馴染なら軽率に好きになりそうなものだが、二人は全くそんな気配が見えなかった。
「私やりたいなあ。ねえダンスしたことなくても大丈夫かな?」
「大丈夫だよ! 練習するし真菰ちゃんも運動神経良いから格好良くできそう」
「そっか、練習できるよね。じゃあ錆兎もやろうよ、煉獄くんも。義勇もやらないかなあ」
「義勇は白団じゃないか。うちは赤だぞ、敵同士だ」
「冨岡くんもやるの!? 宇髄くんもやるかなあ、わーすっごい見たい!」
 隣のクラスの名前が上がると、女子たちが大いに騒ぎ始めた。宇髄、冨岡。女子の間で良く話題になっている名前だ。聞き耳を立てたわけじゃないが、勝手に耳に入ってくる。
「聞いてみないとわかんないけどね。嫌がるかもしんないし」
 見た目に反して冨岡はあまり目立つことをしたがらない。体育祭など競い合うスポーツは全力を尽くした結果、必然的に目立っているわけだが、それ以外では自分が言うのも何だがとても地味だ。同じクラスになったことがあるので知っている。
「村田くんもやろうよ」
「へっ!?」
 突然話を振られ妙に大きな声が出てしまった。教室で静かにしていたはずなのに、真菰が声を掛けてきた。
「何だ、煉獄も村田もやるのか」
「最後の体育祭でもあるからな、俺はやろうと思うが」
「やったー! じゃあ錆兎もやるよね」
「まあ、そうだな。練習するんなら……」
「いやっ、俺はしないけど!?」
 誰だっけ? みたいな顔で一部の女子がこちらを見ている。どう考えても場違いなことは村田にだってわかっているし、その輪に入ろうとは思っていない。やらないの? としゅんとした真菰の顔が向けられ、う、と村田は言葉に詰まってしまった。
 中学が同じだった幼馴染三人とは二度ほどクラスが同じになったこともあり、何かと縁があった。だから高校でも時折見かけて挨拶することはあったし、今年同じクラスになってまた良く話をするようになった。肩に手が置かれ、振り向くと笑顔の錆兎がこちらを見ていた。
「真菰もああ言ってるし、最後くらい良いんじゃないか」
 笑顔が眩しい。断れない気配を察知した村田は、平均的な身体能力を駆使して何としても足手まといならないようにしなければ、などとひっそりと考えていた。

「じゃーん! 学ラン出してきたよー!」
 毎年応援合戦で着る赤団用の学ランだそうだ。体育祭は赤白青の三色に色分けされ、三学年が一丸となってパフォーマンスをする。代々着てきたせいか少し草臥れているが、まだまだ現役で着られそうだった。学ランは中学以来、しかも裾が長い。所謂長ランと呼ばれるものだ。
「煉獄くん似合うね」
「学ランに似合うも何もない気がするがな!」
「学生服と団服は違うよお」
 長い赤の鉢巻を頭に巻き、学ランを羽織った上からもう一本鉢巻を使ってたすき掛けにする。パフォーマンスの時の正装になるらしい。さすがに煉獄は赤が似合う。錆兎も様になっていた。
「こう?」
「真菰ちゃんだとちょっと大きいね。腕まくりする?」
 女子たちも賑やかに学ランを羽織り始める。サイズが合わず少しぶかぶかで動きにくそうにしている姿は正直どぎまぎとしてしまう。
「どう錆兎! 似合ってる?」
「うん、可愛いぞ」
 この言葉をはっきりと口にするのが錆兎という男だ。周囲の女子が黄色い歓声を上げた。真菰は嬉しそうにしているが、いつものことなのか頬を染めたりもしない。これが付き合っていないのだから不思議だ。
「お前は本当に男前だな。そんな簡単に言えるの凄いよ……」
「当たり前のことを口にして何が凄いんだ」
 村田はほんの一瞬だけぴたりと意識がストップした。錆兎にとっては真菰を可愛いと思うのはごく当たり前のことらしく、村田だって可愛い子だとは思うが、それを照れもなく言える彼は村田にとっては大変眩しい存在だ。
 いや、彼女のいる男子生徒は可愛いと惚気けるところは良く見ていたが、女友達相手では思っていたとしても面と向かって言う奴はあまりいない気がする。さすが錆兎は一味違う。
「お前って誰にでもそういうこと言って勘違いとかさせたりしてないよな」
 そんなことをするような奴ではないことくらい村田は知っているが、思わず心配になって問いかけた。錆兎に憧れる女子生徒はもしかして言われたことがあるのでは、なんて気分になる。
「俺は可愛いと思わなければ言わないが。真菰は世界一可愛いだろう」
「ふぁっ」
 何を言っているんだ。正に視線がそう聞いているのがありありとわかってしまい、聞いているだけの村田の顔に熱が集まるのを感じた。昔からこいつはこういう奴だった。
 予想外の言葉だったのか、当の真菰はりんごのように顔を真っ赤にして錆兎を見ていた。先程の妙な声は真菰の発したものだったようだ。周りの女子が色めき立って更に悲鳴を上げている。おいおいまじか。これで友達とか言っているのかこいつは。
「ほほー」
 騒がしい隣の教室を見に来たのか、宇髄と冨岡がドアから覗き込んでいた。冨岡は普段の無表情を顔に貼り付け、宇髄は非常に楽しそうににやにやと笑ってこちらを眺めていた。
「ぎゃー! 何で来てるの!?」
「何でってうるせえからだよ。そうかそうか。やっとお前らにも人並みの感性が生まれてきたわけだな」
「失礼な。昔から真菰は可愛いぞ。宇髄の目は節穴だったのか?」
「もう良いから錆兎! これ以上宇髄くんを楽しませないでよ」
「俺こんな短期間で節穴って二回も言われたの初めてだわ」
 何だか気の毒な気がして村田は宇髄へ同情の目を向けた。
 照れもせず言い放った錆兎は真菰を特別だと思っていることは確実だが、あの「世界一可愛い」は幼馴染としての唯一なのだろう。少なくとも錆兎の今の気持ちとしては。
 中学から色々と噂されることが多かったせいか、錆兎も真菰もあまり色恋に積極的ではない。何だかそのせいで錆兎たちの感情に蓋がされていないか、少しだけ心配になってしまった。
 幼馴染だろうと恋愛をしてはいけないなんてことはない。過去どう思っていようとも、大事なのは今錆兎が真菰をどう思っているか、どうなりたいかだろう。気持ちをきちんと整理して自覚できれば良いのだが。
 全然見当違いな心配をしているかも知れないけれど、何かと縁のある三人組のうちの二人である。皆幸せになってほしいと村田が思うのは当たり前のことだった。錆兎のように口に出すのは気恥ずかしくてできないけれど。