ホワイトデー 錆兎

 真菰へのホワイトデーのお返しは、毎年義勇と二人で出し合って買ったものを渡している。
 道場の皆からも貰うから良いのに、と真菰は何度か断っていたが、錆兎と義勇が譲らないため諦めたらしい。今年は胡蝶と作ってくれたので、二人分のお菓子を選ぶことになる。
 ホワイトデーに渡すお菓子によっては意味があるものが存在するそうだが、真菰にとっては意味など二の次になる。
「意味を気にして好きなお菓子が貰えないなんて悲しくない? いや他の子だったら考えちゃうけど、二人だったら気にしないよ」
 マシュマロ食べたいし。ホワイトデー限定の意味が羅列されたお菓子一覧のプリントを見せられ、錆兎たちは真菰の言葉に有り難く甘えることにしていた。事前にこれが食べたいと口にするので、後はどの店で買うかを考えれば良い。さすがに胡蝶も同じ認識かどうかはわからないが、真菰は気を遣ったのか今年は有名店のプリンが食べたいと指定してきた。確認するとプリンには意味はないらしい。
「俺たちは助かってるけど、他の奴らは大変だな」
 義勇は毎年姉の蔦子に選んでもらい、チョコレートをくれた女子へのお返しにクッキーを渡している。義理もしくは受ける気のない本命には一律で渡すべきであるとのアドバイスだそうだ。実は錆兎もついでに手伝ってもらっていたりする。良い加減自分たちでどうにかすべきなのだろうとは思うが、年頃の女子が何を好むかなど錆兎にはわからない上、自分の好みで選んだものを贈り物にすると、不評を食らったりするのだ。だったら的確にアドバイスのできる蔦子に頼むのが良いだろう。
 まあ、それは良い。チョコレートを貰うのは有難いが、結局のところ話す機会などろくになかった者からも貰ったりする。正直何故と思わないでもないが、さすがに好きな子から貰うようなことがあれば、蔦子に頼らず自分でどうにかするつもりではある。
 目下の問題は義勇である。
 いや、問題というほどではない。全て知っているわけではないが、推測も込めてある程度は把握している。だから義勇が悩むほどのことはないはずだ。悩みの種は胡蝶しのぶ。錆兎の目が曇っていなければ、義勇に恋愛としての好意を持っているだろうから。
 選ぶ菓子を間違えなければ、彼女は絶対に喜んで受け取ってくれる。何せ錆兎の自慢の親友である義勇からのプレゼントだし。
 鈍感だの情緒が幼稚園児並みだのと揶揄われることもあったが、義勇は馬鹿ではない。胡蝶へのお返しに蔦子や真菰を頼るのは、錆兎と同様にしたくないようだった。義勇にとって胡蝶が特別だときちんと自覚している。胡蝶の気持ちには気づいていないようだが。
 そして贈るお菓子の意味一覧を眺めていた義勇は、どれを渡すかで悩んでいた。
 お礼の品としてチョコレートを貰ったのだが、俺は胡蝶が好きだからキャンディをあげれば良いのか。それともお礼のお礼として意味のないものをあげるのが良いだろうか、と。
 錆兎としてもこの手の話は得意ではなかった。宇髄あたりに聞けば的確な答えをくれそうではあるが、義勇が錆兎に相談しに来たのだから、親友として応えてやりたい。蔦子や真菰に珍妙なプレゼントを渡した前科があったとしてもだ。
「俺もあまり詳しくないからアドバイスになるかはわからないが……義勇が伝えたい想いに近い意味が含まれるものを渡せば良いと思うぞ。胡蝶だって胡蝶の込めたい気持ちを込めて渡してくれたんだろう」
 好きだと伝えたいのなら言葉とともにキャンディでも贈ればいい。探せば女子が好みそうな色とりどりの見た目をしているものがあるだろう。
 義勇は友達含め好きな人間相手には好きな気持ちを抑えない。本人が好意を抱いたら割とすぐ態度に出すし、口にする時もある。だから胡蝶への気持ちも義勇としては隠すつもりなどないのだが、何せ恋を自覚するのが初めてなので、胡蝶に嫌がられないように少々気を遣っているらしい。さすがに距離を置かれるのは悲しいらしいので。
 男なら当たって砕けろ。いや義勇ならば砕けないとは思うが、万が一砕けた場合、その後の道場内が微妙な空気になるかもしれない。
 恋をしたその先、告白の後がどんなふうになるかは話に聞くくらいしかないが、失敗すれば仲はギクシャクして今のような和やかな空気は霧散し、成功すればカップルとしてお付き合いが始まるというのが通説だ。義勇は嫌われたくないというだけで、その辺りあまり深く考えていないようだが。いや年頃の男子としてそれは如何なものか。
 はっきり言って、錆兎だって興味がないわけではない。義勇や真菰と一緒に馬鹿をやっているのが楽しかっただけで、自分とは違う柔らかさを持つ女子にどぎまぎすることだってあった。ただ真菰との関係を邪推されるのが嫌だっただけだ。
「とりあえず見に行ってみるか? 迷うかもしれないが、ここで悩むよりはアドバイスも貰えるだろう」
「……うん」
 駅からほど近い距離にあるショッピングモールには、バレンタインほど大々的に特集をしているわけではないが、ホワイトデー用にお菓子コーナーが設置されていた。真菰が胡蝶と食べたがっていた店のプリンも店頭に並べられている。
 どこもかしこもカラフルで目移りしてしまう。プリンは最後に買うとして、まずは義勇の用事を済ませることにした。はずなのだが。
「義勇! 凄いぞ、たこ焼きがある!」
 ホワイトデーに似つかわしくない一角があった。たこ焼きや丼もの、果ては麺類が台の上に並べられていた。のぼりには本物そっくりスイーツと書かれている。見た目は完全にご飯なのに、口に含むと甘いらしい。脳が混乱しそうだ。真菰に見せれば喜びそうだった。
「こっちには魚が置いてある。チョコレートらしいぞ」
 変わり種コーナーなのだろう、そこには錆兎の興味を掻き立てるものが鎮座している。にこやかに店員が商品の説明をし始めた。
「義勇。プリンとは別に買ってもいいか? 俺が気になる」
「真菰は喜ぶと思う」
「だよな。いやこれはプレゼントじゃなくて、ただ俺が気になったから買うんだぞ。誰かに渡すわけじゃないから」
「わかった」
 ウケ狙いをしたいわけではなく、錆兎が良いと思ったものは総じて絶妙にどこかずれているらしく、蔦子へのプレゼント以外にもやらかしたことがある。小学校の時、真菰の誕生日会の際に渡した魚の頭部型のペンスタンドは、女子たちから大不評だった。男子と真菰からは面白いと言われたのだが、そもそも面白さを狙って贈ったわけではなかった。純粋に素晴らしいと感じていたのだが、あまりのブーイングにその後は何を贈るにも一旦アドバイスを貰うようにしていた。だから今回のこれは決してプレゼント用ではないと聞かれてもいない言い訳をしてしまう。
「胡蝶の分を決めなければな」
 まだ見て回ることを察してか、店員は購入した商品を預かってくれた。レシートを見せれば渡してくれるらしく、錆兎と義勇は有り難く他のコーナーへと足を向けた。
 義勇が足を止めたキャンディのコーナーには、スタンドに立てられた棒付きキャンディや、板状のものやフィルム状のものもある。
 フィルムのキャンディはハート型の缶に入っており、組み合わせて箱に詰めるとクローバーの形になった。一つだけだと直球だが、気持ちを伝えるのならこのくらいでも良いのかもしれない。
 隣には焼き菓子が並んでいる。マドレーヌやマカロン、クッキーが並んでいた。この色とりどりのお菓子のなかから一つを選ぶのか。自分なら困り果てるだろうと錆兎は思う。何せ種類が多いのだ。
 ぐるりと一周し、義勇は一つのコーナーに立ち止まった。少し考えた後、どうやら買うものを決めたようだった。
「成程。確かにそうだな」
「そうだろう」
 誇らしげに笑う義勇は代金を支払い店員の差し出した袋を受け取った。購入した店がこのコーナーに出店していなければ、恐らく見つけることは出来なかっただろう。
「でも良いのか? キャンディじゃなくて」
 錆兎が意味ありげに笑って問いかけると、義勇の頬が薄っすらと色づいた。困ったように眉が歪む。
「まあでも意味なんかついでだからな。ぴったりのものが見つかったならそれで良いか」
「うん」
 錆兎の言葉に安堵の表情を浮かべた義勇は頷いた。後はプリンを買って、錆兎の荷物を取りに行けば用事は終わる。帰るか、とどちらからともなく口にした。