ホームパーティー

「ホームパーティーの話ですけど、どこか場所を借りてやろうかと思うんです。やっぱり新婚さんの新居を借りるのも奥さんが気にしてしまうかと思って」
 場所を借りれば気にしなくて済むし、一軒家のキッチンよりもスペースがあるかもしれないし。そう神崎と話していたことを伝えると、少々眉を顰めてしのぶの顔を眺めた。
「何ですか?」
「……手料理を食べるなと」
 しのぶが言ったことを気にしていたようだ。蒸し返されて少々恥ずかしくなったものの、それはもういいのだとしのぶは首を振った。
「あの時はその、胃袋を掴まれてアオイを好きになられるかもしれないと焦っていただけで。今は別に」
 神崎の料理は本当に美味しいのだから、冨岡にも知ってもらえたら良い。あの時は関係性が食事を支給するだけのものだったから不安だっただけで、しのぶのことが好きだとわかっているのだから別にもう構わないのだ。比べられたら腹は立つだろうけれど。
「いいのか」
「冨岡さんがそのちょろい胃袋を掴まれないようにしてくれればね」
 心外そうに顔を歪め、不満げに眉を顰めた。何が心外だというのか、そのちょろい胃袋をしのぶの料理で簡単に掴まれたくせに。
「俺の胃袋はちょろくない。胡蝶の料理が美味かっただけだ」
「それがちょろいって……まあいいです」
 手料理に飢えていたのか知らないが、とにかく掴まれたのはしのぶの料理だけらしい。呆れながらもしのぶは冨岡のどこか拗ねた様子に嬉しくなってしまい、声を漏らして笑った。

*

「そういうわけで遅くなりましたが、宇髄さんご夫婦の結婚祝いと、冨岡さんたちの部署の打ち上げ、煉獄さんの、何でしょう。おかえりなさい会? とにかく兼ねたパーティーです。腕によりをかけて作りましたから、皆さん食べてくださいね」
 胡蝶と神崎の二人で作ったという料理の数々に、村田は思わず目を丸くした。
 パーティーの名に恥じない見た目も華やかで美味しそうな料理が並んでいる。宇髄の奥方も楽しそうに目が輝いていた。好きに摘んで口に入れ、美味いと騒ぐ室内は和やかに笑い合っていた。
「お久しぶりです、冨岡さん。お祝いありがとうございます。観葉植物が欲しいとは言ってましたけど、まさかいただけるなんて思わなかったわ」
「緑が欲しいとこれみよがしに言ってたから」
「すみません、もう」
 悪びれた様子もなく笑う宇髄に雛鶴は恐縮したが、冨岡は特に気にした様子もない。むしろ喜んでくれたことに安堵していることがわかった。
 宇髄の奥方である雛鶴は淑やかさも色気のようなものも持ち合わせた魅力的な女性だった。人妻であることもわかっているのについ照れてしまったし、竈門も頬を染めていた。まあこいつは年上の女性に免疫がないのか割と誰にでもよく照れるのだが。
 こんな女性と結婚する宇髄が素直に羨ましいが、よく知りもしない上層部が彼女と別れろなんて画策していたのが腹が立つ。宇髄の結婚式で彼女を見た時の顔が見ものだと他人事ながら思ってしまった。
「美味しい! お二人本当に料理上手なんですね」
「ありがとうございます」
 恐縮する神崎と笑みを向ける胡蝶の料理は本当に美味しく、皆目を輝かせて頬張っていた。二人を嫁にする男は幸せ者だと思うし、それにあやかれるこの時間が幸せだ。煉獄のために多く用意したと言っていたが、彼は美味いと叫びながら只管食べている。女性陣は料理のレシピやコツについて話し合っており楽しそうだ。
「式の準備は進んでますか?」
「ええ、あとはドレスをまだ悩んでいて」
「何でも似合うでしょうから逆に難しいかもしれませんね」
 そんなことはないと謙遜しながらも、雛鶴は形を決めきれず早く決めないといけないのだと困ったように笑った。宇髄が良いと口にしたものから選ぼうとしているらしいが、どれも唆られてしまうのだそうだ。
「お前の姉さんはどんなん着た?」
「……これだ」
 ドレスの名前がわからなかったらしく、冨岡はスマートフォンを操作して画像を宇髄へと見せた。
 同級生だった村田は冨岡の姉とも面識があり、綺麗な人だったことを思い出した。眺めている二人に近寄りスマートフォンを覗き込むのは村田だけではなく、全員興味津々に目を向けていた。
「この人がお姉さん? 綺麗で素敵。Aラインドレスね」
「おお、良いな。成程、Aラインか」
 頷きながら宇髄が呟き、雛鶴が興味深げに笑う。見たそうにする他の面々にもスマートフォンが渡され、竈門や煉獄、神崎と胡蝶も目を輝かせた。
 冨岡の姉の写真を見れば大抵全員がその朗らかさに驚く。竈門と神崎が目を輝かせながらも姉の柔和な様子に驚いたのか、似ているのか似ていないのか判断に迷っているようだった。
「目元が似てますね」
「成程、冨岡さんも笑ったらこんなふうに柔らかいのかも! 俺冨岡さんの笑顔って見たことないので」
「会社じゃ誰も見たことないんじゃないか? 俺も数えるほどしか見てないし」
「普通に笑うが……」
 胡蝶の呟きに竈門が付け足し、同級生とはいえ知り合った時点で表情筋はあまり動かなかったので、村田もさほど冨岡の笑顔というものは見たことがない。
 村田にとっては以前と同じく気になることを胡蝶が口にしたのだが、周りの面々は気にならなかったようだ。少し胡蝶の笑顔が固まったようにも思えたが、うん、突っ込むにはまだ少し親密さが足りない気がして無視することにした。
「うちの母は白無垢だったらしいが、あれも良いと思うぞ!」
「おい、迷わせるようなこと言うな。こっちは神社婚も悩んでたってのに」
 まあ式まではもう日もないので今更変更するつもりはないようだが、お色直しに和装というのも趣があって良い。雛鶴のような女性ならば和装洋装何でもござれではないだろうか。
「式には不死川たちも呼ぶのか」
「ああ、不死川と伊黒も呼ぶぜ。あと甘露寺か、あんま関わりねえけど伊黒とセットにしといてやんねえと」
 本社で仲の良い面々も出席してもらうらしく、上層部とともにこちらへ来てもらうらしい。そうかと呟いた冨岡は納得したように頷いた。
「お、あるじゃん笑顔」
 冨岡のスマートフォンをスワイプした宇髄が画像を見つけたらしく、全員に見せるためにスマートフォンを掲げた。ドレス姿の姉と顔を見合わせて柔らかく笑う様子が写っており、宇髄と冨岡以外の全員で覗き込み、雛鶴と神崎、ついでに竈門の目が輝いた。
「カメラ目線じゃねえのが惜しいな」
「いつの間にか撮られてた」
 義兄から送られてきたのだと冨岡が言い、物珍しげに覗き込まれるのが恥ずかしいのか嫌だったのか、スマートフォンを奪い取ってポケットへと仕舞いこんだ。
「笑うと確かに目元がご姉弟そっくりですね」
「……昔はよく言われた」
 神崎の言葉に冨岡は思い出したのか一言呟き、小学生くらいの頃だと口にした。昔過ぎるがまあ異性の兄弟などそんなものかもしれない。以前見せてもらった竈門の妹はとても似ていると感じたけれど。
「煉獄は親父さんと弟がそっくりなんだよな。クローン疑ったぜ」
「俺は母に似ていると父はよく言うが?」
「そういう中身の話じゃなくてな」
 見せてやれと宇髄に言われ、煉獄はスマートフォンを取り出して画像を表示した。家族四人の集合写真を収めた画像は男連中がこぞってそっくりな髪色と顔をしており、村田はこれまた驚いて目を丸くした。
「同じ顔の中にもやっぱ違いはあるけどよ、一見したら皆そっくりだって言うって」
「まあそれも理解している。千寿郎は可愛いし父は威厳がある! 一緒に生活すればすぐわかるようになるぞ」
「いや、煉獄ん家で過ごす予定はないけど」
 何故か家族写真を眺める会に突入し、宇髄の兄弟や雛鶴の家族、村田と神崎、竈門の弟妹たちを順番に見せてもらっていた。皆それぞれ似た部分が垣間見えて微笑ましくなり、最後に胡蝶の家族写真を見せてもらう番になった。
 少しばかり苦笑いを漏らして胡蝶がスマートフォンを操作する。姉と二人姉妹だと呟き、見せてくれた画像は目が幸せになりそうなほど華やかな二人が写っていた。
 艶やかな振袖を着た二人の女性がにこやかに笑みを向けている。胡蝶の隣にいるのが姉だと口にした。
「おお、こりゃ派手で良いな。振袖も鮮やかだし」
「就職してからは数えるほどしか会っていませんから、今はもう少し大人になっているかと」
 胡蝶がまだ十代の時の写真らしいが、昔から美人だったのかと思い知ることになってしまった。
 宇髄が素直に褒めるのも、冨岡が目を丸くしているのも何だか新鮮だ。竈門など少々頬を染めているし、女性陣が楽しそうに笑い合っている。
「へえ、長期休暇は帰ってるの?」
「さほど遠くはないので日帰りですけどね。年末年始は実家に泊まろうか迷い中です」
「冨岡は帰ってやってんだろうな。寂しがるだろ」
「……たまに」
 冨岡の姉は冨岡を可愛がっているし、それは成人しても変わらないらしく、本社勤務の前に住んでいた家にはよく来ていたと聞いていた。引っ越してからは予定が合わないのかあまり来ていないらしい。
 それなら冨岡が帰ってやれば良いと思うが、こいつも忙しくしているからなかなか難しいようだ。
「あまり顔を出すのも悪いかと」
「あー、姉夫婦の邪魔するのが? 気にしなさそうだけどな。早く顔見せてやれよな」
 眉を顰めた冨岡が宇髄を見上げ、じとりとした視線を向けた。普通に帰省の話をしていたのに、楽しげに笑った宇髄が妙に意味深な言葉を口にした気がして、やはり宇髄は何か知っているのかと村田は考えた。

*

「楽しかったですね、皆喜んでくださいましたし」
 少しばかり焦ることもあったが、あの面々には冨岡もいずれはしのぶとのことを伝えるだろうし、まあ良いかと開き直ることにした。
 宇髄の奥方である雛鶴は魅力的で、宇髄が手放しで褒めるのが納得できるほどの、良い女という言葉が似合う女性だった。式の話をする二人は幸せそうだったし、こちらも楽しみで仕方ない。
「アオイの料理、美味しかったでしょう?」
「ああ」
 同意した冨岡の表情は変わらず、しのぶはちらりと目を向けた。あの時感じた不安は訪れず、代わりに誇らしさを感じていた。そう、神崎は料理上手なのだ。しのぶの後輩はとても美味しい料理を作るのである。もっと褒めてほしいくらいだった。
「ご実家、年末年始はお帰りになるんですか?」
「……まあ、そのうち」
「そうですか」
 冨岡が帰るのならばその間食事は一人になるので、しのぶはどうしようかと考えた。一応しのぶも帰るつもりで一泊しようかと考えてはいたが、それなら日を合わせても良いかもしれない。ぼんやり予定を考えていると、冨岡から言葉が紡がれた。
「いつでも良い。……ついてきてくれるか」
「え、」
 冨岡が省略した言葉を予想して意味を考えた時、しのぶは頬を赤く染めた。ただ交際というだけの期間だと思っていたのに、冨岡の中ではその先も考えていたらしい。それとも宇髄の幸せそうな様子に感化されでもしたのだろうか。
 まあどちらでも良い。しのぶは慌ててしどろもどろになりながらも言葉を口にした。
「あ、そ、そう、ですね。……機会を作ってくださるなら」
「そうか」
 スマートフォンの画像に写っていたものと似たような笑みを向けた冨岡は、いつか、と一言付け足した。今年の年末年始ではないいつか。それがいつになるのかはまだわからないけれど、しのぶの今後が左右される予定が立ってしまった。それは決して嫌というわけではないが、突然だったのと少々緊張してしまい唇を噛み締めた。
「……うちにも来てください。……いつか」
「ああ。……わかった」
 嬉しそうに見える笑みを冨岡から向けられ、しのぶもまた照れたように笑みを見せた。