創立記念式典にて

 年に一度の創立記念の式典は、本社のある地方へ赴きホテルの会場を借りて行われる。新入社員の紹介、前年度の優秀社員の表彰やビンゴなど、色々と催しがありそれを眺めながら挨拶や食事をして過ごす。しのぶは今年本社側の女性社員とともにビンゴの手伝いをすることになっており、出番を待っていた。
 新入社員である神崎や竈門が舞台に並んで一人一人挨拶をし、お辞儀をして壇上から降りていく。その後優秀社員発表に名前を呼ばれる上司や先輩に拍手を送った。本社勤務の社員のあと宇髄と冨岡、煉獄も名を呼ばれて壇上に上がり、金封を手渡され順番に舞台の端へ待機する。普段実感することはあまりないが、表彰されるくらいには冨岡は優秀なのだ。拍手を送っていると突然しのぶの名前が読み上げられ、驚いて固まったところを同僚に背中を押されて舞台へと近寄った。
「いつもご苦労様。よく頑張ったね」
「あ、ありがとうございます」
 社長からの労いの言葉とともに金封を受け取り、困惑したまましのぶは待機している列へと並んだ。
 まさか表彰されるなんて思っておらず驚いたが、しのぶの仕事ぶりが評価されたのは素直に嬉しい。優秀新人賞などと書いている文字を眺めてひっそり感動していると、本社勤務の女性も同じものを手渡されていた。隣に並んだ女性をちらりと見ると相手もしのぶを気にしており、目が合って思わず笑みを向けた。
「胡蝶さんは去年の新人かしら? 私も去年入社したの!」
 優秀新人賞を渡されていた女性は甘露寺蜜璃と名乗り、明るい笑顔ではしゃぎながら話しかけてくれた。自分の仕事を見てくれていて嬉しいと笑い、しのぶもそれに同意した。
「ビンゴ一緒にやるの胡蝶さんよね? 頑張りましょうね!」
「成程、相方は甘露寺さんでしたか。ボードに書く係と回す係ですけど、どちらがやりますか?」
 少し恐縮しながらも回したいと甘露寺が言い、しのぶは頷いて了承した。神崎とはまた違う可愛らしさを持っている甘露寺に好感を抱きながら周りを見渡すと、何やら先程表彰されていた本社の社員と話し込む冨岡たちを見つけた。
「そうだ、挨拶に行きましょう! 私も支社の人たちとあまり会う機会がないし、冨岡さんしか話したことないの」
 去年の研修の時に話したことがあるらしい。本社での勤務はどんなものだったのかは知らないが、割と良い関係を築いていたのだろう。と思っていたのだが。
「今日こそその澄まし面歪ませてやるわァ、覚悟しろや冨岡ァ」
「毎度飽きない奴だな」
「うっせェ、さっさとグラス持てや」
 柄の悪い態度の本社社員からグラスを乱暴に手渡され、受け取った冨岡は少々困ったように眉を顰めた。一体何事かと思ったが、周りはさして止めもせず楽しげに眺めている。笑う宇髄に声をかけるとしのぶに気づいて手を挙げた。
「よお、おめでとさん」
「宇髄さんもですよ、おめでとうございます。こちら本社の甘露寺さんです」
 顔は知っているらしく、宇髄はお辞儀をする甘露寺を眺めながらまたおめでとうと口にした。そばにいた煉獄を呼んで挨拶を交わす。溌剌とした声が響きわたった。
「関わりはないが二人のことは知っているぞ! 評判が良いからな」
「まあ、ありがとうございます。それで、あれは一体……」
「挨拶みたいなものだ。飲みの席で不死川と冨岡はいつも飲み比べを始めるからな」
「不死川が絡み酒なんだけどな。あの澄まし面が気に入らねえらしいが、まあ別に仲が悪いわけじゃねえよ」
「ふふ、本社の送別会でもやってたわ!」
 本社勤務の終わる少し前に支社へ戻る冨岡の送別会を開いたらしく、その席でもこうして飲み比べを始めていたらしい。グラスなので酒量はさほどないのかと思いきや、面白がった周りがどんどんグラスを運んできていた。
「冨岡も酔わねえわけじゃねえんだけどな」
「ちょっと口数が多くなるくらいだがな! 潰れるまで飲めば顔色も変わるかもしれん」
「まあそのうち飽きて普通に話し出すから放っとけ。あ、挨拶に来たんだったか」
 甘露寺もいるし、一緒に表彰されたので声をかけても違和感はないだろうと思ったのだが、取り込み中ならば後から声をかけようかと甘露寺へ問いかけた。部署内や神崎にも甘露寺を紹介したいし、話したい人がいるかもしれない。そうして離れて歩き出したところに竈門がビール瓶片手に駆け寄ってきた。
「胡蝶さん、おめでとうございます! どうぞ!」
 断るのも申し訳なく、しのぶは甘露寺とともに空のグラスを手に取って竈門からの酌を受けた。甘露寺にも注ぎながら挨拶を交わし、皆凄いと邪気のない目が輝いていた。
「それで、冨岡さんは……」
「ああ、あちらで飲み比べを。ちょうどひと段落したみたいですね」
 すでにいがみ合いから普通に会話をしている様子が見え、三人揃って向かうことにした。
 しのぶたちに気づいた冨岡は普段とそう変わりない顔色のまま目を向け、その奥に飲み比べをしていた本社社員がこちらを眺めた。宇髄の話ではどうやら決着がついたわけではなく単に飽きて終わらせたらしい。
「おめでとう」
「ありがとうございます! 冨岡さんもおめでとうございます! やっぱり皆凄いのね」
「そりゃもう、俺様だしな。臨時収入は有難いし」
 来年も狙わないといけない。いけないわけではないと思うが、宇髄の目標に定められたのだろう。成程、そういうことを目指すのも仕事に張りが出て良いのかもしれないと考えた。

*

 閉会の挨拶を聞きながら義勇はぼんやりとしていた。帰ろうとする人波はなかなかに多く、人が減るまで少し待つことにして座ったまま会場を眺めていた。
「おい、もうちょい飲もうぜ。せっかくこっちまで来たんだし」
「二次会の話か?」
「二次会なんか人多くてお前喋んねえじゃん。そんな大人数のじゃねえよ、煉獄と不死川と、まあ伊黒は甘露寺と帰るかね」
 人波のなか目立つ桜色の頭を見つけて視線を向けた。
 元々何時に帰るかわからないからと帰りの新幹線の予約は宇髄に止められていて購入していない。式典は金曜日で、土日を挟んで連休になるからと宇髄は煉獄と義勇に予定を空けておくよう告げていたのだ。家に帰るのは日曜日になりそうな気配がひしひしとしていた。胡蝶には一応伝えてはあるが、こうも飲んだくれる様子を見られていると呆れられる気がして少々不安にもなってくる。
「よお、お前らもう帰んの?」
「はい、私は新幹線の時間がありますし……」
 テーブルに頬杖をついていた義勇へちらりと目を向けてから胡蝶は宇髄を見上げた。どうせなら観光とかすれば良いのにと宇髄は不満げだ。不死川と煉獄を連れて四人で飲みに行くことを口にして甘露寺に問いかけると、困ったような笑みを見せた。
「伊黒さんとこの後ご飯に行く約束してて……ごめんなさい」
「やっぱりな。邪魔して悪かったな、楽しんで来いよ」
 頬を真っ赤にした甘露寺が胡蝶に手を振り、宇髄と義勇に頭を下げて去っていった。甘露寺に近寄っていく小柄な影が現れて、そのまま連れ立って会場を後にする様子を見つめた。
 義勇とも同い年である伊黒は不死川と仲が良く、本社勤務の時たまに話すことがあった。今日も飲み比べで呆れた目を向けられていたのだが、社内にいる時ほどネチネチと文句を言われることはなかった。
「伊黒さんというと、本社の……」
「ああ、管理部門のな。あいつら付き合ってんだよ、本社じゃ周知されてていつ結婚すんのかって話題がたまに出るらしい」
 甘露寺が入社するまで伊黒は態度を軟化させるようなこともなく、常に憎まれ口を叩きミスをした後輩などにはネチネチと長い説教を食らわすことがあり、皆怒らせないよう仕事をしていたのだそうだ。
 それが去年の新人が入社してきた時、興味もなさそうにしていた伊黒の目が釘付けになって離れなくなった。その相手が甘露寺である。
 新人研修が終わり部署に配属された甘露寺は伊黒の下で業務を学んでいた。伊黒のあまりの変貌ぶりに第二の人格と入れ替わったのではないかと噂されているところにも遭遇し、義勇は不死川と顔を顰めて目を見合わせてしまったことがある。
 人当たりの良い甘露寺は誰にでも笑顔で接しては朗らかに声をかけ、憧れる者が順調に増えていたという。義勇が甘露寺に用があって声をかけただけで思いきり睨まれたし、不死川ですら小言を言われたのだそうだ。所謂べた惚れというやつらしい。
 まあ、普段の仕事中に相手の様子が見えているから、そういう行動に出てしまうのだろう。
「伊黒もそのうち役職付くだろうし、その前に結婚しとくべきだよな。まあ相手は甘露寺だし、お偉いさんも伊黒の反撃が怖くて言わねえかもしんねえけど」
「先にしておけば何も言われないのか」
「あ? さあ、どうだろうな。役職なかろうと有望そうな社員は目つけてるだろうし、煉獄の見合い話はお前のついでとしてすでに用意してたぞ」
「……俺のついで?」
 人波もそろそろ減ってきたと立ち上がろうとしたところに宇髄の言葉が聞こえ、義勇は思わず音を立てて椅子を動かした。
 この前断ったはずなのにやはり懲りていないらしい。まあ独り身だと思われているので仕方ないが、もう少し間を空けるとかないのだろうか。煉獄もまだ結婚する気はないようだし、どちらにとってもいい迷惑である。
「だから言っただろ、結婚しねえとうるせえって。社内でカモフラージュでもしとけば違うかもしんねえけど。胡蝶とかに手伝ってもらえば?」
「………、……いや、それは」
 カモフラージュではないし。驚いた胡蝶が目を丸くして宇髄を見上げた。
 気づいているのかいないのか。宇髄の言葉で狼狽えかけた義勇は言葉を詰まらせて眉を顰めた。義勇を眺める宇髄の目が観察されているような気分になる。
「胡蝶に憧れる有象無象も蹴散らせるし、お前は狩られずに済むし煩わしい見合い話もなくなるかもしんねえし。お偉いさんも胡蝶なら何も言わない可能性がある。付き合うふりで一件落着」
「可能性なんだろう」
「まあ実際どうかわからねえからな。有能な社員である胡蝶なら周りも表立って文句は言わねえかもって仮説だ」
 かもでは困る。確実に何も言われないとわからなければ胡蝶をそんなことに巻き込むわけにはいかない。ただでさえ義勇のような何故管理職についたのかわからない者が胡蝶の相手では、色々と勘繰られることも出てくるだろうに。
「だから紹介してやるって言ってんのに。軽く受け流せるような懐の深い女もいるぞ」
「……いや、だから間に合ってると」
「………。お前まじで間に合ってんの? 女できた?」
 こういう問いに答えるのは基本的に苦手な義勇は、口元を手のひらで覆いながら何を言うべきかを悩んだ。眉間に皺が寄っていくのを自覚したが、視界の隅に映る胡蝶が義勇を窺っているのがわかった。黙り込んだ義勇を見て察された気もするが、宇髄は黙って義勇の言葉を待っているようだった。
「……そうだな」
「よし、その話は不死川ん家で聞くわ。胡蝶も来るか?」
「あ、いえ……私は新幹線の時間がありますから」
「……あー、そう。じゃあ気をつけて帰れよ」
 困惑しているらしい胡蝶が眉を顰めながら笑みを向けた。呆れられたかもしれない。
 確かにばれたら言うことにするとは言ったが、宇髄の詰問にばれない自信がなかった。まあこの後の飲み会は気心知れた面々ではあるので、特に隠さずとも良いのだが。
 結局宇髄には義勇自らばらしてしまうような気がして溜息が出る。肩を組まれ宇髄に引きずられながら、義勇はちらりと先に帰る胡蝶に視線を向けてひっそりと心中で別れを告げた。

*

「お前っ! こっちは心配して聞いてやってたのに!」
「ばれたら言おうと思っていた」
 買い込んだ酒とつまみを広げて話を促した不死川の家で、宇髄は思わず立ち上がって声を荒げた。
 何かあるとは感じていたが、どこで仲良くなったのかさっぱりわからず終いで、先程の胡蝶の反応がショックを受けているようにも見えて、もしや冨岡の女は胡蝶ではないのかと少々申し訳ない気分になったというのに。
 冨岡の間に合っているという発言は、本当に女ができたから言っていると勘づいて宇髄が問いかけると、不本意そうな声音が肯定していた。近くにいた胡蝶が相手だろうと予想したのに、胡蝶からの反応は照れもせずただ驚いて困惑して、女ができたという言葉に動揺しているような素振りに感じられた。片想いだったのかと少し可哀想にもなり、だから胡蝶を飲みに誘ったのを宇髄も反省したのに。
「まあ良かったじゃないか? 胡蝶はしっかりしてるようだし、お似合いだと思うぞ!」
「胡蝶っつうと甘露寺と一緒にいた社員だなァ」
「おお、二年目のちょっと派手な面のな。まあ金目当てでも面食いでもなさそうだし、良いとは思うけどよ。どこで仲良くなったわけ?」
 これが聞きたかったのだ。冨岡は宇髄たちのような気心知れた相手としか会話をせず、プライベートなことは宇髄たちにすらこうして黙っていたりする。入社式に戻ってきた時が初対面だったはずだし、きちんと会話をしたのは歓迎会の時だったはずだ。その後のランチは大して席も近くなく会話をしていなかったし、社内で同じ空間にいたことなどほぼないと言っていい。なのに六人で飲みに行った日は妙に仲が良さそうな気配を感じて、宇髄は不思議で仕方なかったのだ。
「……隣人だ」
「あ、ああー……成程ねえ……腑に落ちたわ」
 同じ方面だとは飲みの帰りでも言っていたが、まさか同じマンションの隣の住人だったとは。
 しかし隣人だからといって冨岡が言い寄るとは考え難い。こいつはハラスメントをやたらと気にする馬鹿だし、女に飢えているような気配もなかった。まあセクハラを気にする前にモラハラを疑われそうな奴なのだが、部署内では人となりは周知されているので問題ないようだ。
「謎だったんだよなあ。お前社内で絶対部下に言い寄るとかしねえだろうし、会社じゃねえならどこだって。何が良かったの?」
「……料理が美味い」
 ふうん。手料理を口にするようなことがあったのか。あと可愛い、などと無駄に要らぬ情報も付け足したが、しっかり好意はあるようなのでまあ微笑ましくはある。良かった、片想いじゃなくて。宇髄の良心が痛むところだった。
「きみ飯が美味いだけで落ちるような奴だったのか」
「こいつは話しかけられただけで好きになるようなちょろい奴だろ。見た目じゃわかんねえから肉食獣はこぞって気合い入れるが、根気良く話しかければすぐ落ちると思うんだよなあ」
「いや、話しかけられただけで誰でも恋愛感情を抱くわけでは……」
「そりゃそうだ、そんなんしてたら来る者拒まずの最低野郎じゃねェかァ」
 仕事が絡まなければ冨岡は穏やかで控えめで、静かで大人しく人畜無害という言葉が当て嵌まる。世の女共の中には悪い男にいたぶられたいなんて奴がいることは知っているので、そういった奴らからすれば地味一辺倒の冨岡は面白みもなく全く物足りない男だろう。人当たりの良い笑みを浮かべてはいるものの、胡蝶は気が強いことを知っている宇髄としては、存外相性は悪くないだろうとも思っている。
「それで、黙っていたのは何故だ? お似合いなのだから言えば周りも落ち着くだろうに」
「……可能性の段階で胡蝶を巻き込むわけにはいかない」
 首を傾げた煉獄と不死川を眺めながら、宇髄はああとパーティー会場で話したことを思い出した。
 宇髄が上層部から言われていたことを気にしているのだろう。相手がいてもお構いなしの縁談話や、周りの噂で胡蝶に迷惑をかけられないということか。しかも何やら冨岡の立場的なことも悩んでいるらしい。上司である冨岡が若い女を唆しただのと言われるのは仕方ないが、それで胡蝶が妙な視線に晒されるのは嫌なのだそうだ。
「俺はお前たちとは違う」
「はあ。言ってろ」
 何度も聞いたその言葉。管理職への昇格の話が来た時、冨岡は大層驚いていたと総務から聞いたことがある。本社へ行く前に飲んだ時ぽつりと口にしたこいつの本心だ。何故自分がと疑問に思い、荷が重いとも力不足とも感じているというのは察していた。自分よりも相応しい者がいると何度も断ったようだが、社長自ら説得されては頷くしかない。本社に行って帰ってきたから納得したのかと思っていたが、未だに思っているらしい。人事を見ていれば、仕方なくとかコネのようなもので昇格などしないことはわかるだろうに。
「こんな面倒くせェ奴の何が良いんだァ?」
「そりゃ胡蝶にしかわかんねえな。母性でも刺激したんじゃね?」
 好奇の目に晒されないよう自分が守るとでも宣言すれば良いのに冨岡はそれをしない。口にせずとも結果守っていることになっている可能性もあるが、胡蝶には守られたいという感情はないのだろうか。
「……そうだな。そもそも何で胡蝶は俺に付き合ってるんだ」
「あれ、もしかしてこいつめっちゃ酔ってる? 凄え面倒くせえんだけど」
「酒の量はかなり多いな! 不死川と飲み比べしていたし、今も宇髄が飲ませていたし」
「あ、俺のせい? まあ良いか、たまには吐き出させろ」
 後ろ向きで面倒な性格の冨岡は、こうして酔っ払わなければ本心を口にしたりしない。胡蝶の前では素面でも話すのかもしれないが、こんな弱音を吐き出すかはわからなかった。地味に頑固だったりするし、こいつにも上司だったり年上だったりの矜持があるのかもしれないし。
 まあ、胡蝶に言えない弱音や惚気はこうして酔った時に宇髄たちの前で話せば良い。普段溜め込んでいる面白いことを言うかもしれない。別に付き合いが短いわけでもなく、宇髄の大事な連れを紹介してやろうと思うくらいには気にかけているのだから。

*

 日曜日の昼間に顔を見せた三人にしのぶは唖然とした。
 恐らく話すのだろうと考えてはいたし、この週末の間に一度だけ謝りのメッセージが届いていた。時間がなかったのかもしれないが、何に対しての謝罪なのかは書いておらず、恐らく間違ってはいないだろうけれど、しのぶは予想することしかできなかった。
 今日は夕飯はどこで食べるのか、聞こうかとも思ったがまだ宇髄たちといるかもしれないとしのぶは連絡することを悩んでいた。多めに食材を買っても明日にまわせば良いかと思いスーパーで買い物を済ませ、玄関の鍵を開けようとしている時に三人は現れた。とんでもなく顔色を悪くして。
「おー……まじで隣なんだな……」
「突然すまない、単に遊びに来ただけなんだ……」
「………」
 頭を押さえたり口元を押さえたり、とにかく土気色の顔色を隠しもせず宇髄と煉獄、そして冨岡はしのぶへと会釈をした。
 まさか金曜日からずっと飲んでいたのか。そんなに体調が悪いなら自分の家に直帰して休めば良いのに、宇髄と煉獄はついでだからと冨岡の家に寄ったらしい。何のついでだろうか。
「やべ、吐きそう。トイレ貸して。早く開けて」
「急かすな。頭を揺らすな」
 三人似たような顔色と表情を見せながら、玄関先でごちゃついている。宇髄が急かして冨岡の頭が揺れ死にそうになっていた。何と声をかければ良いのかしのぶは迷い、とりあえず様子を窺っていた。
 ようやく開いた扉に宇髄が慌てて飛び込んでいき、続く煉獄はのろのろと入っていく。顔色が悪いまま冨岡は一旦扉を閉めてしのぶへ視線を向け、小さくすまないと呟いた。
「元々ばれたら言うという話でしたし、私は別に」
「……それもあるが」
 首を傾げたしのぶは顔を歪めて口元を押さえる冨岡の背に手を伸ばした。背中を擦りながら続きを待っていると、意外な言葉が飛び出してきた。
「……少々曖昧だが、全部喋らされた気がする」
「何をですか?」
「……胡蝶の、……好きなところ」
 目を丸くしたしのぶの頬が熱を持っていき、赤く色づいているだろうことが感じられた。
 そんなことを話して酷い二日酔いになったのか。というか本人に話さず同僚に話すのは如何なものか。思わず膨れて冨岡を睨みつけ、しのぶは小さな声で呟いた。
「……そういうのは本人に言ってもらわないと」
「無理」
「元気になったら聞きますから。おかゆ用意しておきますね」
 宇髄と煉獄がいつ帰るのかはわからないが、まあずっといたとしてもおかゆくらいなら余分に作れるだろう。そう思って口にすると、冨岡の死にかけた目元が柔らかく緩んだ。
「そういうところだ」
 通路にしのぶを残して冨岡は扉を開けて部屋に入り、音を立てて扉が閉まった。
 どういうところよ。何となくわかるようなわからないような。もっとわかりやすい言葉を引き出して教えてもらわなければ。しのぶの頬は赤いまま、唇を尖らせて自室へと入っていった。