結婚式にて

 宇髄と雛鶴の結婚式は素晴らしいものだった。
 つつがなく挙式が終わり、披露宴では艶やかなカラードレスを纏う雛鶴とエスコートする宇髄に感嘆の声が上がり、散々見合い話を持ちかけた上層部も目を奪われて口が利けなくなっていたようだ。不死川はざまあみろとほくそ笑んでいたし、煉獄も良かったと安堵したのだ。
 二次会は式場から少し離れたバーを貸し切り、宇髄の同僚たちと披露宴に来られなかった友人を招いて執り行われる。披露宴の余興は外部に頼んでライブを披露していたが、二次会で煉獄は冨岡とともに司会を頼まれていた。煉獄は司会やスピーチを頼まれることも多く慣れているので快諾したのだが、冨岡は少し困惑しながら頷いていた。慣れていないことも知っているはずなのに何故、と言いたげな様子に煉獄は含み笑いをしていたのだが。
 単純に宇髄が頼みたいから頼んだのだろうが、冨岡には納得できなかったようだ。だがめでたい席だからと断ることもしなかった。冨岡の声は小さく聞き取りづらいがマイクを使えば会場に届くし、聞こえてくる声は静かで穏やかで耳に心地良い。宇髄が冨岡に司会を頼む気持ちは煉獄には理解できていた。
 まあカンニングはするのだが、そこは酒の席でもあるから忘れないか不安なのだろうと煉獄は納得している。
 司会を頼まれたこと、新郎の同僚であり友人でもある煉獄と冨岡の自己紹介をし、新郎新婦の入場に拍手を促した。
 雛鶴の衣装は格式張ったカラードレスから膝下丈のパーティードレスと呼ばれるものに変わっている。色々と動きやすいよう配慮したらしい。
 高砂席に座り店内が落ち着くと、マイク越しの冨岡の声で二人の後ろにあるスクリーンに映像が映し出された。先程の挙式と披露宴の映像が流れ、まるで映画のワンシーンのような二人が現れる。
 見目の良い二人の姿は店内が騒然と黙り込み、宇髄と雛鶴も満足そうだった。
 映像が終わって乾杯の音頭を取り、和やかに歓談が始まる。煉獄と冨岡は司会なので他のテーブルとは離れて座っているが、料理はきちんと来るので問題なく食べられている。視線が無駄に煉獄たちの席へ来るが、食事時の好奇の目は慣れているしそのうち収まって新郎新婦へと戻るだろう。
「話しに行かなくていいのか?」
 こっそり冨岡に問いかければ、少々眉を顰めて首を横に振り料理を口に運んだ。着飾った胡蝶は煉獄の目にも美しく見えるし、男性陣の目が胡蝶に向かっているのは気づいていた。
 まあ、社内で広めることなく過ごしているのだから、表立って行動するのは控えているのだろう。煉獄としては早く結婚でもして大っぴらにしてほしいところだが、二人で決めたことならば仕方ない。宇髄は本日無事結婚して、雛鶴が投げたブーケは甘露寺が取っていたし、伊黒が結婚すれば冨岡も触発されるかもしれないが。
「——やっぱ胡蝶さん美人だな。俺諦めきれねえわ」
 煉獄に聞こえたのだから冨岡にも聞こえていただろう。行ってくると呟いて席を立った男性社員は、迷うことなく胡蝶が座るテーブルへと向かっていった。そのテーブルには伊黒や甘露寺、不死川もいるが、胡蝶の肩を叩いて話しかけ始めた。近くのテーブルからは神崎が不安げに視線を向けていることに気づいた。
 冨岡の空気が鬱然として、不機嫌そうに眉根を寄せた。祝いの席だからかすぐに表情はいつもの無へと戻ったが、纏う空気が普段の穏やかさを消していて、仕事中の厳しく叱責する時と似たような空気を醸し出した。
 顔を向けようとしない冨岡の代わりに煉獄は男性社員を目で追った。
 難儀だな。まあ難儀にしているのは本人だが、早く言ってしまえばこんなに不機嫌になることもないだろうに。いや言ったところで諦めきれないと口にしていた彼は言い寄るかもしれないか。
 宇髄が面白そうに話していた内容を思い出して、煉獄は恐らく彼が件の食堂で胡蝶に告白した男性社員なのだろうと予想した。一刀両断していた胡蝶からすれば迷惑なことなのだろうけれど、その一途さは称賛する。まあ、相手が悪いとしか言いようがない。
 胡蝶は冨岡を好いているし、冨岡も胡蝶を好いている。相手のいる胡蝶に告白しても頷くことはない。その一途さはまた別の誰かに向けるほうが彼も幸せになれるだろうと思う。
 ふいに胡蝶がこちらへ目を向けた時、冨岡の視線が胡蝶へと向かっていることに気がついた。
 腕時計を確認した冨岡に、煉獄も時間に気づいて二人立ち上がる。タイミングよくゲームの時間が来たようだ。
「ではご歓談の途中ですがここでゲームを始めたいと思います! 新婦から是非にと勧められましたので、皆様お席に一度お戻りください!」
 煉獄が声を上げると立ち上がって話をしていたゲストは戻り、男性社員も渋々席へと戻ってきた。これでどの程度抑止できるかはわからないが、とりあえずは迷惑そうな胡蝶がほっとしたのを見て煉獄も安堵した。
 雛鶴一押しのゲームはテーブル内で男性の代表者を決め、化粧を施して誰が一番かを競うものだ。一番綺麗か一番面白いか、何でも良いが判断するのは新郎新婦である。歓声や悲鳴が上がり、各テーブルごとに女性がいることを確認して煉獄は笑みを浮かべ、事前に用意した化粧道具を冨岡がテーブルへと配る。足りなければ各自持っている道具を使うのも問題ないと付け足して、制限時間を設けて腕時計を確認した。
「準備はよろしいでしょうか」
 冨岡の問いかけに各テーブルから了承の声が上がり、煉獄は開始の合図を叫んだ。新郎新婦の前には衝立を用意して、見えないように配慮しておく。
 笑みを向けると少々居心地が悪そうな顔をした冨岡は目を逸らし、ひっそりと謝った。
「何を謝る。時間どおりだぞ」
「……そうだな」
 罰が悪そうな冨岡の肩を叩き、小さな声で煉獄は答えた。胡蝶も迷惑だっただろうし、冨岡の心中も穏やかではいられなかった。良い具合に時間が来て良かったと思うだけだろうに。
 不機嫌になったことを反省しているのかもしれない。それも仕方ないことだと煉獄は感じていたが。
「終了! 手を止めてください!」
 時間が来て各テーブルが道具を置き、間に合わなかったと不満げにする者や満足そうに笑みを見せる者、様々な反応を見せていた。メイクされた代表者を衝立の前に並ばせ、煉獄と冨岡は目を見合わせた。ぶるぶると手を震わせる者に笑いを堪える者がいる。
「……では、衝立を動かします」
 並んだ代表者が新郎新婦の前に現れ、ある人物の出来映えに真顔だった宇髄が酒を勢いよく吹き出した。雛鶴は堪えきれなかった笑いを必死に噛み殺しているが肩が震えている。
「お前ら何でこれ見て笑わねえんだよ!」
 口元をおしぼりで拭いながら宇髄が煉獄と冨岡へ叫び、周りのゲストたちは覗き込むように代表者たちを眺め、店内は笑いの渦に包まれた。時折可愛いという声が上がり、笑いを狙わず本気で化粧を施したチームもいるようだった。
 まあ、不死川の出来映えも本気でやった結果かもしれないが。
「……いや、そうだな。まあ……目が可愛いと思う」
「殺すぞォ……」
 冨岡の感想にゲストたちが笑いを溢したし、不穏な言葉を発しても真っ赤になっている不死川ではあまり迫力はないようだった。化粧を施したであろう胡蝶と甘露寺が肩を震わせて死にそうになっているし、伊黒はすでに死んでいた。
「俺も良いと思うぞ! 強面も若干和らいでいる気がするしな!」
「倍増しとるわ」
 宇髄の突っ込みに更に不死川が怒り、周りはまた笑い声が起こる。優勝者を選ぶよう促し、宇髄と雛鶴は他の代表者たちをしげしげと眺めた。
「何か不死川選ぶのは負けた気がすんだよな。凄え迷ってる」
「ふざけんじゃねェ、恥晒したこっちの身にもなれやァ」
「んなの代表者になったお前が悪いだろ。伊黒にしとけば良かったのに」
「じゃんけんで負けたんだよォ……」
 他の代表者たちは恥ずかしいのか早く決めてほしそうにそわそわとしている。宇髄は雛鶴と目を見合わせた後、吹いちまったからなあ、と結局不死川を優勝者に選んだ。拍手が上がり新郎新婦と写真を撮り、他の面々も好きに写真に収め始める。化粧落としを使うのはもう少し先になるようだった。
「優勝者には景品だ」
「半端なもんだったら殴ってやるから覚悟しろやァ」
「お前の意に沿うものかは知らん」
 一番高いやつではある、と冨岡が手渡した景品はブランド牛取り寄せ引換券と書かれたもので、不死川は顎に手を当てて感心したような声を漏らし、素直に受け取った。彼の嗜好に合ったようだ。
「優勝できなかった代表者方には申し訳ないが、まだ景品はありますので当たるよう願っています! 受付で書いていただいた電話番号でくじ引きをします」
 くじは新婦に引いてもらい、新郎から電話番号にかけてもらう。電話がかかってきたゲストが当たりという軽い運試しだった。ざわついた店内に笑みを向けながらくじ引きの箱を雛鶴へと差し出した。
 手を突っ込んだ雛鶴がかき混ぜながら取り出した紙を宇髄が受け取り、スマートフォンから通話をかける。ゲストたちが各々スマートフォンを確認していると、宇髄は応対するように呟いた。
「もしもーし」
「……あ、はい、もしもし」
 一発目に当たったのは胡蝶だったようだ。驚いた顔を見せた胡蝶を手招きし前へと来るよう促した。並べた景品の前で立っている冨岡のそばへ行かせると、どれが良いかを選ばせ始めた。
 む、と眉根を寄せて少々頬を染め、悩んだ挙句選んだのはペアの旅行券だった。おめでとうと口にして冨岡が手渡した。
「誰と行くんだよ」
「……彼氏と行きます!」
 にやついた宇髄の揶揄いの言葉に胡蝶は照れたように表情を歪めて答え、そこかしこで彼氏がいたのかとがっかりした声が上がった。あの男性社員もショックを受けたように胡蝶を見つめていた。
 冨岡の表情は変わらない。こういう時その顔は便利だな、と煉獄はひっそりと笑った。
 残りの景品に当たったのは竈門や神崎、甘露寺は当たらず少しがっかりしていたが、胡蝶へ楽しそうに旅行の話を振っていた。

*

「はー、目の保養。やっぱ三人とも格好良すぎ」
「イケメン二人並んでんの最高。顔近いし」
「彼女いると思う? でも今日なら冨岡さんも番号教えてくれたりして。機嫌良さそうだし」
 冨岡と煉獄には聞こえない距離で、テーブルに座る女性陣からはしのぶの耳に色々と聞こえてきていた。宇髄は単に仲が良いから二人に司会を頼んだのだろうが、何だか見た目の話ばかりで少々面白くない。
 食堂で振ったはずの男性社員も復活して近づいてきていたし、せっかくのめでたい席なのに少々気分が悪かった。まあゲームが始まるタイミングが良くて助かったし、彼氏の存在だけは明かしたので今後は来ないだろう。
 それとも、助けてくれたのだろうか。
 男性社員に肩を叩かれ話しかけられて思わずしのぶは冨岡へと目を向けたが、冨岡もこちらへ視線を向けて目が合った。助けるタイミングが良かったのだろうか。冨岡ももしかしたら気を悪くしたのかもしれない。だとしたら、少し嬉しくもある。
 旅行に行くような話はしていないが、休みの日にたまには出かけるのも良いだろう。冨岡が疲れているならしのぶが車を出して運転するし、のんびりできるところに行くのも悪くない。
「今日はありがとうございます。楽しかったです」
「こちらこそ来てくれてありがとう。主人をよろしくお願いしますね」
 釣り目がちの目尻が柔らかく下がり、雛鶴はそれは幸せそうな笑みを見せた。宇髄も楽しげにしては雛鶴と目を見合わせて笑い合い、しのぶは羨ましくも感じて微笑んだ。
「アオイは竈門くんと同じ方面だったわね」
「はい。……あの、しのぶ先輩に話しかけていた人ですけど、気をつけたほうが良いかと」
 帰り道で声をかけられるかもしれないし、誰かに送ってもらうべきだと神崎が口にした。先程の男性社員の姿は今は見当たらないが、まあそれでも冨岡と帰れば声もかけにくいと思う。話しながら帰れば大丈夫かと思ったが、社員も多い今日はどこで見られているかもわからないのであまり話しかけないほうが良いかもしれない。しかも上司に送ってもらうなどすると、部下のくせに上司を顎で使う女だとか噂でも流されたら堪らない。ううん、と唸って考えていると、神崎は送ろうかと声をかけてきた。
「駄目よ、アオイが危ないでしょう」
「でも、あっ、冨岡さん!」
 神崎が店から出てきた冨岡と煉獄に近寄り、男性社員のこともあるから上司にしのぶを家まで送っていってほしいと頭を下げた。後輩にそんなことをされては胡蝶の立つ瀬がなくなるし、何より頭を下げずとも冨岡は送ってくれる。というか家に帰るだけだ。神崎は関係を知らないので仕方ないのだが。
「わかった。後始末もあるからしばらくかかるが」
「承知しました。待ってます」
 もうすでにしのぶは冨岡の人となりを把握しきっているので驚かないが、アオイは返事をしたあと冨岡が軽く頷いたことに安堵していた。
 神崎の気持ちは冨岡にどう見えたのかはわからないけれど、彼女が心配してくれていることは伝わっているだろう。そして恐らく男性社員のことは冨岡も気にしてくれているだろうし。
「ね、胡蝶さん、冨岡さんに送ってもらうんだって」
「彼氏に迎えに来てもらえば良いのに」
 だからそうしようとしている。まあ人の多い段階で話をしてしまったのだから、聞こえていた社員もいるだろう。聞こえないように配慮してそれなのかそれともわざと聞こえるように言っているのか、どちらでも構わないししのぶは興味もないが、耳敏いことだ。
「胡蝶さん! 私たち今日冨岡さん家と同じ方面にあるホテルに泊まるの。一緒に行きましょう!」
「甘露寺さん。確かにこんな時間ですし、泊まるほうが楽で良いですね。ええ、一緒に帰りましょう」
「良かった! あ、それと、胡蝶さんの連絡先が知りたいの。教えてもらっても良いかしら?」
「勿論です」
 窺うように顔を覗き込んできた甘露寺にきゅんとしながらしのぶは快諾した。背後で聞こえる声がしのぶと冨岡が二人きりではないことに安堵している様子が窺えた。陰口のような会話も少しはましになるのではないだろうか。
 ああ、ひょっとして。甘露寺は気を遣ってくれたのかもしれない。
 いや、彼女がしのぶと冨岡のことを知っているかもわからないし、偶然声をかけてくれただけかもしれない。どちらにせよしのぶは煩わしい陰口から解放されたので、有難いことには変わりなかった。
「……冨岡さんは優しい方ですね」
 店の外に出てしのぶを真ん中にベンチへと腰掛けた女性陣が揃ってひと息つき、俯いて小さく神崎は呟いた。しのぶは小さく笑みを漏らして相槌を打ち、小さく口を開いた。
「アオイが優しい良い子なんですよ。冨岡さんも優しいと思いますけどね」
 目を丸くしてしのぶへと顔を向けた神崎は、褒められると思っていなかったのか、少し照れたように頬を染めた。
「あ、竈門くん!」
 店から現れた竈門に声をかけると神崎は目を瞬いてしのぶを見つめ、駆け寄ってきた竈門に神崎と一緒に帰るよう頼んだ。竈門自身も言おうと思って神崎を探していたらしく、帰ってしまったのかと店の外に出てきたのだそうだ。
「夜も遅いし怖いですしね。胡蝶さんは誰か待ってるんですか?」
「ええ、冨岡さんも同じ方面ですから」
 納得した竈門は神崎に声をかけ、神崎は恐縮しながらも先に帰ると挨拶をして並んで帰っていった。歳は違えど仲は良く、二人は色々と相談もし合いながら仕事をしているらしい。微笑ましくて可愛らしくて、しのぶは思わず口元を綻ばせた。
 立って待っている伊黒や不死川と会話をしていた甘露寺は、途切れたついでにしのぶへと窺うように顔を見つめた。きょろきょろと辺りを見渡し、しのぶの耳元で小さく問いかけた。
「冨岡さんとお付き合いしてるんですって?」
「ああ……やっぱりご存じで……」
「不死川さんから聞いたの。私と伊黒さんなら構わないって言ってたからって」
 どうやら冨岡は甘露寺たちと仲が良いのだろう。意外と知っている者が多い。何だか隠さなくても皆知っているような気分になり、しのぶは少し恥ずかしくなった。
「……ひょっとしてさっき、助けてくださいました?」
 首を傾げた甘露寺に、見送りのところで話しかけてくれたことを伝えた。あの時しのぶは女性社員からの妬みのような言葉を聞いたわけだが、甘露寺のおかげで何事もなくこうしている。
「ふふ。私も鈍感だって言われるから、あんまりわかってないところもあるけど……何となく、伊黒さんと付き合い始めた時に言われたことと似たような雰囲気だった気がして、ちょっと不安になっちゃって」
 入社してすぐ男を見つけるのが早いとか、何やら言われたことがあるらしい。焦った伊黒がそれは本当かと問いかけてきて慌てた甘露寺は、誰にも言わないでほしいと懇願していた。伊黒は悔しそうに顔が歪んだけれど、甘露寺の頼みを断れないらしく渋々ながら頷いた。
「ありがとうございます。甘露寺さんのおかげでほっとしました」
「パーティーで会った時から仲良くなりたいって思ってたから、声をかけようとしたら聞こえたの。お付き合いってばれててもばれてなくても色々言われるのね」
「まあ、そういう人は一定数いますね。気にしないでいましょう」
 笑顔を向けた甘露寺にしのぶも笑みを返していると、店の扉が開いて冨岡と煉獄、宇髄夫妻が顔を出した。
「今日はありがとよ、派手に上手く行って良かったぜ」
「二次会も盛り上がっていたし、無事終了して良かったな!」
 宇髄夫妻と煉獄は別の路線を使うと言ってしのぶたちと別れ、五人で駅まで歩いていく。
 結婚式は本当に幸せそうでしのぶも微笑ましく、雛鶴が綺麗で目を奪われた。電車は比較的空いており、しのぶと甘露寺は同じ二年目で、気が合い呼び名の変化もさせて色々と話し込んでしまっていた。
「泊まるホテルと最寄り駅同じみてェだな。お前らそのままホテル向かえよ。もう遅ェし甘露寺も危ねェだろ」
「ああ、そうさせてもらおう。……まあ貴様らがいるなら特に問題もないだろうからな」
 伊黒の言葉にしのぶは少し疑問を感じたが、甘露寺は恐縮しながらも不死川に礼を告げた。
 まさか不死川も送ってくれるつもりなのかとしのぶは慌てたが、いいから従えと言われてしまった。本社勤務とはいえ不死川も役職に付いており、上司からの言葉だと思うとしのぶも文句が言い辛い。冨岡へ視線を向けても同様に従えと言葉が返ってくる。
 そこまでしなくてもとは思うが、何か考えていることがあるのかもしれない。
「じゃあ、お先に失礼します。しのぶちゃん、また連絡するから今度一緒に遊びましょうね!」
「ええ、是非。蜜璃さんたちも気をつけて」
 支社とは拠点が違うので甘露寺ともなかなか顔を合わせることはできないが、メッセージは送り合うつもりだし長期休暇や出向した時には遊ぼうと約束した。いつか異動でもあった時、同じフロアで仕事ができればきっと楽しいだろうとも思えるひと時だった。
 マンション下まで着き、不死川はここで待っていると一言口にして入り口近くでスマートフォンを取り出した。気にするしのぶを冨岡が促してくるのでオートロックを外しつつ、不死川へ挨拶をして冨岡と二人でマンションへと足を踏み入れた。
「何で不死川さんを待たせるんです?」
「……見回りのようなものだ。一旦外を見てくる」
 玄関先で鍵を開け、しのぶは冨岡の返答に首を傾げていると、冨岡の手がしのぶの髪へ伸び触れるか触れないかのところで止まった。小さく口元を緩ませた冨岡にしのぶの心臓は少し跳ねてしまった。
「……綺麗だな」
「、あ、ありがとうございます……」
 急に褒めてきた冨岡につい吃ってしまい、しのぶは思わず頬を染めた。そのまま背中を押して部屋に入るよう促し、背を屈ませた冨岡の声が耳元で小さく呟いた。
「入ったらすぐ施錠しろ。電気はつけるな」
「え? あの、……いえ、ありがとうございます。気をつけてくださいね」
 何となく思い当たった冨岡の言葉の真意に、しのぶは少し気を引き締めてドアノブを握った。オートロックだから住人でもない者はそうそう入っては来られないと思うが、恐らく不死川と冨岡は帰る途中で気配でも感じたのかもしれない。ひょっとして伊黒も気づいていたのだろうか。それが本当にしのぶを狙っての影かはわからないが、自衛するに越したことはないのだろう。
 裾を掴むと額にキスをされ、しのぶが視線を向けると早く入れと急かしてくる。今日はこれ以上一緒にいることは無理なようだ。不死川もこれ以上待たせるわけにはいかないし仕方ない。
「……おやすみなさい」
「ああ」
 最後に髪を撫でて冨岡は通路を戻り、エレベーターのある広場へと向かっていった。