約束・裏

「まあでも良かったな。胡蝶が狭霧荘に残れば姉も遊びに来続けるし」
「うるっせェ」
 冨岡の話がひと段落した後、宇髄は必要もないのに不死川へと話を振った。
 不死川が胡蝶の姉であるカナエを気になっているというのは、冨岡と伊黒にバレた後は宇髄にも流れるように気づかれてしまっていた。胡蝶が下宿し始めて二年、その間彼女は何度か狭霧荘へと顔を出し、地元にいる間も時折メッセージのやり取りはしていたが、友人のような関係から進むことはなかった。お前も大概奥手だな、と宇髄に揶揄われ、怒りと羞恥で真っ赤になったのは一度や二度ではない。
「お前の好み一貫してるよな、蔦子さんに始まり胡蝶の姉を好きになり。怒ることなさそうなタイプ。胡蝶は割と気が強いけど、姉はそうでもないみたいだし」
「何かなァ、ちょっと憧れっぽくはあるよなァ」
 冨岡の姉である蔦子と初めて顔を合わせた時、この無愛想の姉がこれほど朗らかな人間であることに驚きを隠せなかった。顔の造型は姉弟揃って整っており、よく笑いよく気の利く器量の良い蔦子はやはり学校でも男子からモテていたと冨岡が言っていたことがある。不死川が甘い物好きということを知った時、仲間がいたと嬉しそうに焼き菓子やケーキを食べさせてくれた。
 はっきりいってどぎまぎすることもあったし、冨岡の姉でさえなければそういう感情を抱いたかもしれないと思うほど、蔦子は愛嬌も優しさも持ち合わせている女性だった。まあ年上なので相手にはされないだろうが。
「まあでもわかるわ。蔦子さんも胡蝶の姉もかなりモテるだろ。さっさと捕まえてこいよな」
「つってもなァ、こっちに来る時くらいしか顔見ねェし」
「お前が行くんだよ! 恋愛面もお前ら似なくていいんだよ、何で揃いも揃ってもだもだやってんだ」
「こんな強面に何言われたって怖ェだけだろォ」
 不死川が呟くと宇髄は少し黙り込み、大きな溜息をあてつけがましく吐き出した。本当に、と小さく声が聞こえ、顔を歪めてもう一つ溜息を吐いた。
「お前ら本当にそういうの似なくていいっての。何なんだよ、俺なんかが良いのかみたいな、良い男が雁首揃えて消極的というか何というか」
「気色悪いな、何なんだ」
「お前らが何なんだよ! 俺はお前らのこと気に入ってるの! いちいち相手の出方見てたらいつまで経ってもこのまんまじゃねえか」
 すでにもう全員酔っ払っているので、不死川が素直に吐き出したことも宇髄が褒めてくることも酒の勢いでやっていることだ。翌日になれば後悔で頭を抱えるかもしれないが、酒に溺れかけている今はどうでもよかった。
「チンピラだとか堅気じゃねェとか言われるし、全く知らん他校の不良から絡まれたりすんだぞ。そんな世界があることも知らなそうな顔してるしよォ」
「不死川のことは良い人だと言ってた。一緒にいて楽しいと」
「脈ありじゃん」
「そりゃお前らの話してるからなァ」
「……何で?」
 何でも何も、連絡先を聞かれたのは冨岡と胡蝶の様子を知りたいがためだった。推しだ何だと楽しげに話し、胡蝶の姉は二人の応援をしたいと言って憚らなかった。不死川としてもそれを言い訳に連絡先を交換したのはだいぶ恰好がつかないとは思っているが。
「あいつ推しとか言ってたし」
「冨岡と胡蝶? ははあ、相当入れこんでるわけね。まあ姉ならそうなるのか」
「姉妹仲が良いしな。幼馴染でもあるから気になるんだろう」
「大体、面食いだったら俺は勝ち目がねェ……」
 自分の容姿が怖がられることが多いことも、悪い意味で目立っていることも自覚している。不死川とは違う理由で目立っているだろう胡蝶の姉を思うと、自分のような柄の悪い男が近づくのは駄目な気がするのだ。
 幼馴染である冨岡のことは可愛かったと言っていたし、格好良くなったとも言っていた。好みの基準が冨岡になっていたとしたら、不死川は全く歯牙にもかけられないだろう。
 そんなことを覇気のない声で呟くと、吐き出された溜息が二つに増えた。宇髄と伊黒が頭を抱えている。冨岡まで妙な顔をしていた。
「まあ強面であることは否定しないが。胡蝶の姉は見た目だけを気にするような女なのか?」
「……わからん。胡蝶に聞いてみるか」
「やめろやめろォ! そんなんしてバレたら凄ェ睨まれそうじゃねェか!」
 姉があれだけ妹を可愛がるのだから、妹も姉を過剰に慕っているかもしれない。姉がこちらへ来れば二人で仲良く出掛けるし、同じ部屋に泊まり遅くまで何やらぼそぼそと話し声が聞こえることもあった。喧嘩などもしたことがなさそうである。
「良いんだよ俺のことは! 今日は冨岡おめでとう記念だろうがァ!」
「おめでとう記念て。まあそうだけどよ」
「いずれ不死川おめでとう記念もやらなければならんのだぞ」
「付き合ってもねェってのに」
 何でやらなければならないのか。そりゃめでたいことがあれば祝ってもらえるのは有難いが、現時点で不死川は意中の相手に手をこまねいているわけで、先に伊黒おめでとう記念になることはわかりきっていると酔った頭で呟いた。
「まあ確かにな。お前本当にようやくだったしなあ」
「俺の話はやめろ。正月に余韻も何もなく散々聞き出したくせに」
「いやァ……良かったよなァ本当。安心したぜェ」
 伊黒は伊黒で自分に自信がない。そのくせ嫉妬だけは人一倍なのだから難儀なものだ。結婚を意識した恋人同士としてようやく、本当にようやく成就できたことは不死川としても嬉しく、正月休みは飲み明かしていたくらいだった。冨岡は誕生日を迎えておらず眺めているだけだったが。
「大体、俺は初恋なんだ。慎重になってもなり足りない。学生のうちは交際など」
「いや、初恋関係ある? そう言って大学卒業まで待つつもりだったな? 高校卒業間近でようやく腹括ったみたいだけどよ」
「……貴様が愛想をつかされると言うから、俺もどうすれば良いのか考えた」
 そもそも伊黒と甘露寺は早い段階で両想いであることは周りにはバレバレだったし、本人たちもわかっていたはずだった。それでもなお伊黒は自信のなさや甘露寺のことを想って中々言おうとしなかった。不死川にもわかるほど甘露寺は伊黒を好きだったのに。宇髄が三人を纏めて面倒だと言うのもまあ、理解はできる。
「さっさと祝わせろよお前ら。ちゃんと良い酒用意してやるからな」