不審な二人

「あっ。冨岡さん!」
 食堂へ足を踏み入れると見知った横顔が視界に入り、甘露寺は明るく声をかけた。挨拶を返してくれる冨岡のそばには剣道部の不死川と伊黒がいる。トレーを持って席に向かう途中だったらしく、一緒に食べても良いかと問いかけるとすぐに頷いてくれた。急いで買ってこなければならないので慌てて財布を取り出して食券を購入し、調理員に見せてから荷物を置きに三人の座る場所へと向かった。何か視線を感じる気がするが、とりあえず料理を迎えにまたカウンターへと戻る。調理員に手渡した食券の枚数が多かったようで、お使いだとかパシリだとかを心配された。すべて自分で食べるのだと答えると、目を丸くして驚かれた。いつものことである。
 トレーを持って席に置くという作業を三回ほど繰り返し、ようやく座って手を合わせると、冨岡たちの目が調理員と同様に丸くなっていた。しまった。すでに言ったものだと思っていたが、そういえば昼食を共にするのは初めてだった。
「……そういえば、よく食べると言ってたな」
「や、やだわ本当に……恥ずかしい……」
 狭霧荘で菓子折りの大半を食べてしまった時と同様、甘露寺は顔を隠して羞恥に悶えた。ほかほかと湯気を立てる料理たちを冷めるからと促され、真っ赤になりながらも箸を手に取った。
「食事は大事だ、そこまで恥ずかしがることはない。煉獄もよく食べるしな」
 伊黒が小さく声をかけ、その言葉を心中で噛み締めてから礼を告げた。優しい。冨岡もその周りの人も皆甘露寺に優しくしてくれている。いつも人から奇異の目で見られていたからか、食事風景を見て好意的に言ってくれるのが嬉しかった。
「あいつが食堂に来たらおばちゃんらがちょっと殺気立つんだよなァ」
「一挙手一投足を見逃さないよう観察してる」
「煉獄だから無理もない。目立つんだ」
 煉獄は普段弁当を食べているらしく、たまに食堂に来ると調理員たちが何を頼むのかとそわそわするらしい。友人は甘露寺ほど食べる者はおらず、今度煉獄とも昼食を共にしたいと考えた。
「あ、そうだ冨岡さん。剣道部の入部のことなんですけど……」
 少し逡巡したものの、甘露寺は伝えなければと口を開いた。
 あれから複数の部を覗き、剣道に興味があると両親に伝えたのだが、できれば女子の多い部に入ってほしいと言われてしまった。中学でやっていた新体操部は続けないのかとも。剣道が女の子らしくない部活という印象もあるようだった。
 その話を申し訳なさそうに話すと、冨岡は少し困ったような顔をしてそうかと呟いた。
「残念だ。主将には伝えておく」
「ごめんなさい、せっかく色々してもらったのに……」
「ご両親が言うのなら仕方ない。確かに男子が多いし心配になるんだろうしな」
「まァあのとおり女子人気はねェしなァ」
 伊黒と不死川も納得したように頷き、甘露寺が入部しないことに文句は言わなかった。結局どこに入るのかと問いかけられ、甘露寺は家庭科部に入ることを教えた。
「運動も好きだけど裁縫や料理も勉強したいし、毎日じゃないから剣道部は見に行けるかと思って。凄く楽しかったから」
「成程」
「それに、家庭科部で何か作ったら差し入れできるかと思って! 皆さん甘いものとか好きかしら」
「食うと思うが全員に渡す気かァ? 何十人といるけどよ」
 世話になった冨岡周辺のことしか考えておらず、甘露寺は不死川の言葉にふと固まった。そうだ、剣道部に行けば大勢の部員たちがいるのだから、冨岡たちだけに渡すのは角が立つだろう。かといってあの人数の差し入れを用意できるとは思えない。甘露寺自身も食べたいし。また少し考えが至らなかったと気づいてがっくりと肩を落とした。
「そうですね……冨岡さんたちに食べてもらえたらなあって思ったんだけど……」
「………。別に無理して差し入れをする必要はないが。狭霧荘に来てくれれば数人分で済む」
 少し考えるように視線を彷徨わせた後、冨岡は言葉を口にしてうどんを啜った。瞬いて冨岡を見てから不死川と伊黒を見ると、二人とも驚いて冨岡を眺めていて、伊黒は更に複雑な表情を浮かべていた。
「遊びに行って良いんですか?」
「事前に声をかけてくれれば大家に言っておく」
 冨岡の言葉に甘露寺は目を輝かせて満面に笑みを浮かべた。思わず立ち上がりそうになるのを堪えながら礼を伝える。またあの狭霧荘に遊びに行けるなんて嬉しい。やっぱり優しい人だ。
「じゃ、じゃあ今度の日曜日早速行っても良いですか!? 伊黒さんはその日いらっしゃる? 不死川さんはいるのかしら!」
「不死川は下宿人じゃないが呼んだら来る」
「俺の意思はァ!?」
「来ないのか?」
「ぐっ……まァ用事がなけりゃ行くけどもよォ」
 悔しそうな様子で表情を歪めたものの、不死川は行ってくれるらしいことが決まった。皆の好きなものを作れば喜んでくれるかもしれない。菓子折りは食べてくれたけれど、どうせなら好きなものを食べてもらいたい。そう思って冨岡に問いかけた。
「俺はもう菓子折りを貰ったからいい。伊黒はあまり食べないがゼリーとか消化に良さそうなものは食べる」
「ぶっ。貴様の家に呼ぶんだから貴様の好きなものをリクエストすれば良いだろう!」
「そうはいかない。不死川は甘いものなら何でも食べるから伊黒の、」
「下宿人でもねェ俺を勘定に入れるんじゃねェ!」
「わかりました! 伊黒さん、ゼリーは何味が良いとかありますか? 果物は好きかしら」
 慌て出した不死川と伊黒は困惑しているが、冨岡は平然としたまま再びうどんを口に運ぶ。その間に甘露寺もリサーチすることにした。
 苦い顔をしたあと不死川は何でも食べると一言告げ、伊黒は困り果てながらも小さく果物は大丈夫だと呟いた。笑顔で了承し、甘露寺はどんなレシピでゼリーを作るかを脳内で考え始めた。
「剣道部はたまに見に行っても良いですか?」
「まァ良いんじゃねェの。女子部員も喜ぶかもしんねェし」
「やった! じゃあまた遊びに行きます!」
 無事剣道部へ顔を出すことも許可を得られ、甘露寺は浮かれたまま食事を平らげた。

*

「………。……いや本当、どういうことだァ? お前あいつのこと好きなのかァ?」
 困惑したまま食事を終わらせ甘露寺と別れ、教室までの廊下を歩いていく。食事中見たこともない冨岡の様子に驚きっぱなしだった。確かに好きな人がいるという噂は聞いていたし、本人も頷いていた。甘露寺とは確か偶然出会ったという話だった気がしたが、もしや元々の知り合いだったのか。
「そうだな、良い子だと思う」
「おっ……そうかよォ」
「………」
 その好意がどの意味合いを含んでいるのか不死川は知らないが、とにかく冨岡は甘露寺と仲良くなりたいようだった。頭を押さえている伊黒のことが気にはなるものの、もしかしたら狭霧荘ですでに知っていたのかもしれない。今まで散々色んな女子を振りまくっていたはずなのに、あんな派手な女が良いのか。いやまあ、明るくて性格も良さそうで、好み云々はともかく悪い奴ではないことくらいはわかったが。
「楽しみだな」
「はァ……まァお前が良いんなら良いけどよォ……」
 黙りを決め込んでいる伊黒の顔色が悪いが、本人の気持ちが甘露寺へ向いているのなら不死川が口を出すようなことではない。何かまだ不死川の知らないことがあるような気がするが、とりあえず行く末を見守ることにした。
「ていうか伊黒は良いのかァ? 距離詰めてくる女嫌いだったろ」
「ああ、まあ……彼女は大丈夫だ」
「ほーん。お前ら甘露寺の好感度高ェな」
 不死川からすれば殆ど話したことのない女子であるし、二人がここまで好意を向ける理由はわからない。そう思える何かがあったのだろうことは察することはできるのだが。
「とりあえず、甘露寺の差し入れを食べたいならお前もうちに来ることだ」
「別に食べたいわけじゃ……」
「せっかくだから来い。好意を無下にするな」
 見知らぬ女子の好意を無下にしてきた伊黒から言われるには少々納得がいかなかったが、二人が仲良くしたいと思うような女子だ。この先関わることも増えるのかもしれないと考えると、まあ誘いには乗っても良いかと思う。
 しかし、甘露寺ねェ。顔の造型は整っていても、基本的に冨岡は地味で堅物、女子との絡みはクラスメートか女子剣道部員との事務的なやり取りくらいしかなかった。それは不死川や伊黒も同じだが、とにかく好意を寄せる女子があんな女だとは思わなかった。意外と派手好きなのかもしれない。宇髄の影響でも受けてしまっていたのだろうか。謝花のような高飛車な馬鹿女よりはましかもしれないが。もしやあれの影響か。
 よくわからないまま、とりあえず不死川は誘われた日曜日に狭霧荘に寄ることを決め、教室へと戻っていった。