不死川の仲間入り

「……まじかァ」
「ごめんねえ実弥。父さんもあと半年待ってもらうよう交渉してたんだけど、やっぱり決まっちゃったって」
 卒業まであと半年という時期に父の転勤が決まってしまった。さすがにそんな時期の転校というのは難しく、半年くらいなら父を単身赴任させれば良いかと母は笑った。
 父が家事など何もできないことはよく知っており、母がいなければたった半年でも大変なことになるだろうことは容易に想像がつく。不死川とて手伝い程度のことしかできず、料理など握り飯くらいしか作ったことがない。だがそれでも父よりはましだという無意味な自信はあったりする。
「玄弥は良いって言ったのかァ?」
「うん、中学も向こうだし良いって」
 無駄に聞き分けの良いことを言ったらしい弟もまた小学校卒業を目前にしていた。小学校から校区を広げて進学する中学校なのだから、先に知り合いを小学校で見つけておきたいのだそうだ。ちゃっかりしてやがる。
「ふうん。なら俺がひとり暮らしするわァ。親父よりましだろ」
「心配よ、あんたもまだ高校生なんだから」
「大丈夫だって、別に半年くらい。最後の手段なら一応あるしなァ」
 卒業後の就職先もこちらで決まっていたのだが、半年の間にひとり暮らしに慣れておけば続けられるだろう。出ていくことになったとしてもその間にきちんとした住処を見つけられる。

「そういうわけで、お前んとこ部屋空いてねェか。半年で良いんだけどよォ」
 手段というのは言わずもがな、友人である冨岡の家だった。
 頼るのは少々癪なのだが、物件を見に行ってもスマートフォンを眺めていてもなかなかこれといったものがわからなかった。半年という期間なのだから適当に決めても良かったのだろうが、どうせなら過ごしやすいところが良いし、そのまま住み続けられるならそちらのほうが良いとも思い悩んでいたのだ。狭霧荘には何度も足を運んでおり大家の鱗滝とも面識はあるし、下宿人とも顔馴染みだ。むしろ馴染み過ぎて逆に気まずい気もするが。
「ある。うちは満室になることが殆どない」
「立地は良いと思うが、共同生活を嫌がる者も多いだろうしな」
 その辺りは人それぞれだが、不死川は家族も多く一人に固執しているわけでもなく、特に共同生活が無理ということもない。大家に言っておくと告げられ、了承が取れたら挨拶に向かうことを約束して不死川は冨岡へ頼むことにした。
 こういう時下宿屋の孫が知り合いにいると助かる。まあこんなことは滅多とないだろうとは思うが。
 さっくり卒業までの宿を見つけた不死川は、心配する母に冨岡のところに下宿することを告げると安心したように胸を撫で下ろしていた。しばしば遊びに行っていることを知っていて、顔馴染みのところならば安心だと笑っていた。
 家族を見送り不死川は勝手知ったる狭霧荘にて生活を始める。そうして卒業までの半年は瞬く間に過ぎていき、その間探していた目ぼしい部屋の話をすると奴らは難色を示した。
「何で出てくんだよ、居れば良いだろ。今年から冨岡が大家だぞ、やりたい放題だ。それにお前の弟だって産屋敷高校通うかもしんねえじゃん。そしたら一緒に住めるだろうしな」
「いや、元々半年の予定だったしよォ。それにまた人増えんだろ? 空けたほうが良いんじゃねェの」
「ああ、女子一人。やりたい放題させるつもりはないが、不死川まで出て行かれたら結局一人減る」
「そういえば女子が住むと言ってたな……鬱陶しいのでなければ良いが……。それはそれとして不死川、はっきりいって狭霧荘は破格の待遇だぞ。家賃と食費さえ出せば三食食いっぱぐれることはないし、こいつらの顔を見るというデメリットさえ妥協すれば何不自由ない暮らしができる。ひとり暮らしなんかしたら絶対金が貯まらん。よくこの徴収額で生計が立てられるものだ」
「それは褒めてるのか?」
「どこをどう聞いたら貶してるように聞こえるんだ? 貴様の耳は節穴か」
「うわあ、わっかりにくいデレきたな」
「うるさいぞ宇髄」 
 この馴染みきった面々との共同生活は確かに楽なものではあったし、知り尽くしているおかげで苛立つようなこともなく快適ではあった。何せ伊黒がこれほど手放し(不死川には手放しに聞こえる)で褒め称えている。デメリットなどと言っているが、伊黒は割とこいつらが好きだということもわかっているのでただの憎まれ口だ。確かに絶対出ていかなければならないわけではないのだが。
「まァ確かに共同生活に慣れてきちまったしなァ……家賃値上げしたりしねェよな?」
「しない。家族が来る時は連絡してくれれば」
 次期大家の冨岡がそう言うのだから、鱗滝に言っても恐らく快諾してくれるのだろう。そういうことなら出ていく必要もない。少々仕事場が遠くなるが、まあそれも大した距離ではない。
「じゃあまァ、継続して世話になるわァ。癪だがお袋も安心するしなァ」
 説得されて不死川が頷けば、三人は各々納得したように頷いた。