友の結婚

 ぐずぐずと鼻を啜る音が聞こえ、しのぶは呆れも理解も同意もしているが、周りから向けられる視線に少々居心地が悪かった。
 しのぶとしても感動して泣いてしまっていたのだが、実をいうと不死川と煉獄のおかげで少し冷静になり涙が止まってしまったのである。
 予想以上に不死川と煉獄が盛大に感動したらしく、目元を覆って俯きながら披露宴が始まるのを待っていた。義勇も少しばかり目元が赤いので泣いたことはすでにバレているのに、ハンカチを手渡すと誤魔化すように首を振った。
 新郎の友人が盛大に感動している。新婦側の友人である女性たちがそわそわとこちらを気にしていた。
「こいつらこんなに涙脆かったか?」
「不死川先輩は冨岡先輩と胡蝶の動画でも泣いていたし、三人は仲が良いからな……」
「喋る前に涙を止めろ。いやわかるけどよお、冨岡なんか絶対泣くわけないと思うじゃん」
「泣いてない」
「何でそこで無駄な強がり発揮すんだよ」
 まあ確かに、普段の愛想の無さを考えると涙腺もしっかり閉まっていそうなのはわかる。だが伊黒も甘露寺も義勇の友人だし、長く二人を見守ってきた彼らからすれば感極まるものだろう。馬鹿だな、と三人を笑う宇髄ですら感動していたことはしのぶも知っている。
「甘露寺さんのウエディングドレス、本当に綺麗でしたし、私も感動しましたし」
 満開の笑みを見せて夫婦の誓いとバージンロードを歩いていった甘露寺の隣で、伊黒も幸せそうに笑っていた。そんな姿を見ては感動するなというほうが無理である。普段から喜怒哀楽はしっかり出してほしいものの、おめでたい日なのだから泣いても良いだろう。
「友人席は新婦側と同じ席みたいだな。まあ俺らみたいのは伊黒側で良いと思うけど、胡蝶のためか?」
「ああ、それ……ふふ、義勇さんを新婦側の友人として招待したかったそうですよ」
 義勇には高校時代にたくさん世話になったから、新婦側の友人として出席してもらいたいと甘露寺が言い、伊黒は思いきり困り果てて黙り込んだ後、自分も世話になったからと説得されたのだと聞いた。しのぶと義勇の席を離すのは如何なものかとも言い募ると、それならばと友人席を一卓に集めることにしたらしい。
「恋バナ仲間だっけ? お前も話したりしてたんだっけ」
「まあ、たまに」
 しのぶに話す内容とは違うだろうと思うのでその話を詳しく聞きたいところだが、甘露寺も義勇も話していた内容は教えてはくれなかった。二人の間で何か固い約束でもあるのかもしれない。
 会場が開き名前の書かれた席へと腰を下ろす。甘露寺の友人たちは通っている大学のゼミ仲間らしく、宇髄が気を利かせて話題を振っていた。そわそわと宇髄を見たりこちらを見たりと忙しなく視線が動いている。ネームプレートの裏には甘露寺からのメッセージが書かれており、しのぶはつい笑みを溢して鞄に仕舞った。
「親族席に煉獄の家族来てんなァ」
「ああ、伊黒は家族のようなものだしな。気を利かせてくれたのか俺は友人席で招待したいと言ってくれた」
 伊黒は少々難しい家庭の出だと聞いたことがあり、煉獄家に居候していた時期があったらしい。すでに家族だと煉獄が言ったとおり、煉獄の両親は伊黒を息子のように可愛がっていたようだ。煉獄の母の恋愛話好きには手を焼いているものの、ずっと感謝していると溢していたことがある。義勇が席を立つと同時に不死川と宇髄も立ち上がったので、しのぶもついていくことにした。
「本日はおめでとうございます」
「ああ、きみたちか、ありがとう」
「こちらこそお越しいただいてありがとうございます」
 今日の煉獄の母は落ち着いていて、嬉しそうに笑みを向けてくれた。伊黒が甘露寺と式を挙げ、それをこの目で見られたことがとても嬉しいと教えてくれた。義勇たち三人の感涙している様子も見ていたらしく、微笑ましそうに笑っていた。不死川も義勇も恥ずかしかったらしく少々顔を顰めていたが。

*

「本っ当に良いのか、俺たちが参加して。二次会なんて普通親族は参加せんだろう。親の目を気にせず騒ぎたいだろうに」
「伊黒が良いと言うんだから良いんです!」
 かつては家族総出で祝いに来ることに難色を示していた伊黒だが、やはり世話になった煉獄家を招待しないのはあり得ないのだろう。先導する義勇と談笑し始める煉獄に、嬉しそうにしている煉獄の母や次男、困惑しながらもついてくる煉獄の父に見てもらいたいという伊黒の気持ちだ。
 伊黒は結婚式に呼べなかった鱗滝や蔦子にも二次会に参加してもらいたいと言い、義勇を通じて了承を得ていたのだ。律儀で生真面目な伊黒が彼らなくして門出にはなれないと思っているのかもしれないし、甘露寺も二つ返事で頷いたと聞いている。
「おかえり義勇。あと少しで準備終わるわ」
「ただいま。ありがとう」
 玄関を開けると蔦子が顔を出し、義勇は準備を手伝うためかすぐ居間へと向かった。しのぶも後を追うように靴を脱ごうとしていると、そばで楽しげな蔦子の声が聞こえてきた。
「浮かれてるわねえ。あ、いつも義勇がお世話になってます。姉の蔦子です」
「まあ、これはこれは。こちらこそお世話になっております、煉獄杏寿郎の母です。こちらは夫で」
「杏寿郎の父です。いつも息子が邪魔してすまない」
「弟の千寿郎です。お邪魔します」
「……冨岡くんはあれ、浮かれてるのか。確かに感動してたようだが」
 仕舞い忘れたらしく出たままになっている下宿人たちの靴を移動させながら、しのぶは煉獄の父の疑問につい笑いそうになった。
「ええ、物凄く浮かれてます。義勇の結婚式の次くらいに」
「成程。ご自身の結婚式はやはり冨岡さんも浮かれるのですね」
「そりゃもう、他でもないしのぶちゃんとの結婚ですから」
「蔦子さん……」
 少々恥ずかしくなって控えめに名を呼ぶと、嬉しそうに笑いながら蔦子はしのぶへ謝った。伊黒と甘露寺の結婚式なのだから義勇としのぶの話は脇に置いておくものだ。照れていると煉獄の母が微笑ましげに目を細めていて、その後ろで宇髄が楽しげに笑っていた。
「いらっしゃい。お変わりないようで何よりだ」
「ご無沙汰してます。鱗滝さんこそお元気そうで」
 来客たちを連れて居間のドアを開けると、準備をしていたらしい鱗滝が煉獄夫妻へと声をかけた。
 出稽古や煉獄家で作ったという野菜のお裾分けは昔からだったようで、鱗滝は煉獄家に挨拶に行ったことがあり面識があるらしい。
「他にやることがあるか?」
「大丈夫です! これクラッカーです」
 現在の下宿人である竈門兄妹と玄弥が手伝ってくれていたようだ。しのぶたちの会食もここで済ませたが、あの時と同じくらい、もしくはそれ以上に居間が飾り立てられている。
「飾りといい料理といい、もうちょっとした店だな……」
「鮮やかで良いですね」
 炭治郎が手渡すクラッカーを持ち、来客たちと下宿人は適当に席を決めていく。高砂席のようにダイニングテーブルに二つ椅子があり花瓶が置かれ、普段寛ぐために置いてあるテーブルの横に、納戸に仕舞っていた大きなテーブルが並んでいる。二次会にしては人数は少ないとはいえ、狭霧荘では中々の大所帯だ。
「ケーキも焼いたの。ケーキカットしてほしくて」
「蔦子さんのケーキ! 楽しみだわ」
「不死川が一番喜んでんじゃねえの?」
「まァ、美味いからなァ……」
 宇髄が式の間撮影していたカメラを取り出し、テレビに繋いで映像の準備をし始めた。鼻歌でも歌いそうなほど機嫌が良い。煉獄は目に見えて、義勇もわかりにくく浮かれているし、不死川も恐らくそうなのだろう。
「登場曲が必要じゃないか!?」
「ああ、そういえば。じゃあ蜜璃さんの好きな曲流しましょう。スマホでいけますかね」
「スピーカーねえのか? ブルートゥースで繋ごうぜ」
「あ、あります。持ってきます」
 宇髄の言葉に玄弥が席を立ち、部屋へとスピーカーを取りに向かった。
 伊黒と甘露寺には事前に三十分ほど遅れてくるよう伝えており、それまでに全ての準備を終わらせるのがしのぶたちの任務である。到着したら居間の前で一言合図を貰い、入ってきたと同時にクラッカーを鳴らす算段だ。
 さすがにタキシードやカラードレスやウエディングドレスのままここには来られないのが残念ではあるが、軽装でも充分甘露寺は美しいだろう。食器をテーブルに運び終え、料理をすぐ出せるよう準備していく。
「これでいけますかね」
「おお、サンキュー。胡蝶のスマホで良いのか? お前も撮りたいだろ」
「義勇さんのスマホで撮ってもらいます。皆さんも撮るでしょうし」
「オッケー。……よし、どれ流すんだ?」
「ええと……この三曲がそうです」
 大好きな曲だと甘露寺が言っていたので、しのぶも興味を持ってスマートフォンに曲を入れていた。それが本日役に立つとは思わなかったが、無事BGMもかけられそうで良かった。
「ひと通り準備してくれてるが、あとは何かあるか?」
「あれいつ渡すんだァ? 旅行券」
「花瓶の前に飾っとく?」
「主張が激しいな!」
「お前に言われたかねえわ」
 軽口が飛び交いながらもひと段落させ、皆席についてあとは二人を待つだけとなった。ビールも洋酒も日本酒も用意しているが、酔い潰れても狭霧荘なので問題はない。しのぶはまだ未成年のため、炭治郎たちと同じソフトドリンクである。
 玄関先から物音が聞こえ、来たと誰かが呟いた。足音とともに音楽のスタートボタンに指をかけ、クラッカーを片手に合図を待った。
 失礼しますと伊黒の声の後、ドアが開くと同時にBGMとクラッカーが鳴り始める。顔を出した伊黒と甘露寺が、紙テープに塗れて目を丸くしていた。
「おめでとう二人とも!」
 口々に声をかけられながら、二人は恐縮したように高砂席へと促されるまま席についた。花瓶に活けられた花に目を輝かせ、甘露寺は部屋を見渡して嬉しそうに笑った。

*

「俺は猛烈に感動している」
 狭霧荘の居間にあるテーブルに肘をついた煉獄は真剣な表情で呟いた。
 伊黒と甘露寺の結婚式は、伊黒の親族として煉獄家の面々が、そして友人である狭霧荘の面々が招待されて出席していた。披露宴まで参加し、その後開催される二次会には是非参加してほしいと甘露寺が言ってくれ、炭治郎は禰豆子と玄弥とともにテーブルに座っていた。伊黒には参加してほしくないとはっきり言われたのだが、甘露寺の意向には逆らえなかったらしい。
 式場から帰ってきた彼らは準備を終えた居間でクラッカーを手に持ち、ドアから礼服とドレスを纏った二人が恭しく現れるのを待っていた。二人が顔を出すと居間の中は破裂音と音楽と拍手に包まれた。
 義勇の姉や鱗滝が用意した料理は美味しくテーブルには所狭しと並んでいる。よく食べる者がいることをわかっていたのでかなりの量があった。
 結婚式から参加した年上の彼らは、挙式中泣いていた者も複数人いたらしいが今はそんな素振りもない。伊黒の親族だという煉獄家も、伊黒からの招待に行きたいとせがんだらしい煉獄の母とともに一家総出で来ている。皆めかし込んだまま居間に集まっており、普段よりも見目麗しい。一応炭治郎たちも畏まった格好をしているのだが、少々自分が場違いにも見えてしまうほどだ。
「式からな。そういや伊黒と煉獄は長い付き合いなんだよな」
「ああ、小学生の頃から知っている。いや、付き合いが長いから感動してるわけじゃない。俺は冨岡先輩たちの時も感動していた」
「はァ。そりゃなァ……」
 友人の晴れ舞台に感動しない人はあまりいないと思う。不死川も宇髄も、義勇としのぶの門出には喜んでいたそうだし、今回も彼らは噛み締めるように眺めていた。映像も本気で撮っていたらしいし。
「彼らが幸せなのが心から嬉しいんだ。横恋慕する者は俺が排除していきたいし、できれば一生を見守りたいと思っている」
「何か変なこと言い出したな」
「煉獄直々に排除されんのかよ。つうかこいつらに横恋慕する奴なんかもういねェよ」
 酔っているのだと伊黒が呟きながら溜息を吐いている。煉獄は酔っても顔には出ないが、言動が不可思議なことになるらしい。
 炭治郎としても気持ちはわかる。世話になっている義勇としのぶには感謝してもし足りないし、ずっと仲睦まじく過ごしていてほしいとも思っている。酔って漏らすほど煉獄はそういう気持ちが大きいのだろう。
「四人とも幸せ者だと思う。勿論宇髄先輩もだが」
「俺をそこに加えるんじゃねえ。一緒にするな」
 何かを察したのか、宇髄が少々煩わしそうに顔を歪めた。初心四人のなかに自分を加えるのはおかしいと異議が唱えられた。
「初心……そうだな。初々しくて心が洗われるようだった。冨岡先輩などずっと好きな人がいると告白を断っていたくらいだ」
「そろそろその話詳しく聞きたいですね」
 しのぶが煉獄の言葉に食いつき、義勇は少々眉を顰めてしのぶを睨んだ。聞いていたカナエが含み笑いをしながら楽しそうに口を開いた。
「しのぶなんて義勇くん以外の男の子を格好良いとも言ったことないわよ。好みど真ん中なのよね」
「姉さん、ちょっと黙っててくれる?」
 照れなくていいのに、とカナエは笑っているが、同じく笑っているはずのしのぶの口元は引き攣っていた。義勇の話は聞きたくても自分の話はされたくないようだ。
「子供はまだだろうか」
「……今のところは」
「そうか。産まれたら抱かせてほしい。強い子になるよう祈っておく」
「できてもいないんですけど……」
 照れるよりもまず困惑している二人は首を傾げて目を見合わせた。そういうところ、と煉獄が目元を手で覆いながら義勇としのぶを指した。更に疑問符が方々から飛んだのがわかった。
「そういう……目で語り合うとか……素晴らしいと思う」
「本当にやべえな。どうした煉獄」
 煉獄家の面々は黙って話を聞くことにしているらしく、息子が突っ込まれていても気にしていなかった。甘露寺の頬が膨らんで必死に笑いを堪えているような様子を見せ、伊黒は困り果てた顔をしながらも甘露寺に甲斐甲斐しく料理を手渡している。
「伊黒だってそうだ。甘露寺に一目惚れしてからそれまでの女子への対応とは天と地ほど差があった。甘露寺のために頑張っている姿は俺の目から見ても格好良いと思う。付き合ってもいないのに独占欲を発揮するのはどうかと思うが、それなら早く言ってしまえといつも思っていた。無事式を挙げられて本当に良かった。俺は伊黒が幸せなのが本当に嬉しい」
「めちゃくちゃ喋るなこいつ」
「煉獄、気持ちは嬉しいが……あまり暴露されるのは嫌なんだが。せめて俺たちだけの時に言ってほしい」
 炭治郎たちが聞いているのが嫌なのか、伊黒は思いきり顔を歪めながら呟いた。その言葉に煉獄は黙りながらも首を振った。勿論横に。
「この嬉しい気持ちを知ってほしいんだ。入り込む隙などないことも理解しておいてほしい」
「だから、誰も横恋慕なんかしねェって……」
「不死川先輩」
 びくりと肩を震わせて、不死川は強面の顔を強張らせた。標的が移ったことを察し、静かに椅子から立ち上がりトイレと言って席を外そうとした。
「きみにも早く好い人が現れるのを俺はずっと待ってるんだ」
「伊黒と甘露寺の二次会で何で俺に白羽の矢が立つんだよォ!」
 怒りなのか羞恥なのかわからないが、不死川は顔を赤くして叫び出した。宇髄は何やら少し面白くなってきたのかにやにやと場を眺めている。少々不満げにした義勇が口を開いた。
「俺たちも関係ないんだが……」
「お前らは昔から標的だっただろうがァ! こっちはそんな長いこと好きだった奴なんかいねェよ!」
「きみの好みは把握している。蔦子さんのような朗らかな人が良いのだろう」
「まあ。いつもお菓子喜んでくれてたものね」
「本人の前!」
 少しずれた言葉を返したものの、嬉しそうにした蔦子が何度も頷いて懐かしむように目を細め、笑いを堪えきれなかったらしい宇髄が吹き出しながら煉獄へと突っ込んだ。
「……やっぱり姉さん目当てに来てたか」
「人聞きの悪ィこと言うなァ!」
「不死川くん、言ってないのねえ」
 カナエの意味有りげな言葉に固まった不死川と、不思議そうにするのは義勇と伊黒二人を除いた面々。何の話だと煉獄が問いかけると、宇髄が目を丸くしてカナエと不死川を交互に見つめた。
「あっ? うっそ、まじ? ふざけんなよお前、あんだけ相談に乗ってやったってのに、冨岡……え、お前らは知ってんのか」
 宇髄に呼びかけられた義勇はちらりと頭を抱える不死川を確認したあと伊黒へ視線を向けた。伊黒は肩を竦めて溜息を吐きながら首を振り、本人に言わせろと一言呟いた。
「だそうだ。俺からは言えない」
「そういうのいいから。もう今更だろ? 気づいちまったもん」
「気づいてないのが何人かいる」
 しのぶと甘露寺は不思議そうに見守っているし、玄弥も珍しそうに兄を見ていた。禰豆子は彼らが何を言っていないのかを勘づいたらしくきらきらした視線を不死川へ向けていたし、煉獄の母も興味津々に身を乗り出して父に窘められていた。炭治郎も何となく思い当たった気がするが、義勇が話さないのに自分が推測を口に出すことは憚られた。
「……俺は今ほど先輩たちと同い年でないことを恨んだことはない」
「ちっさいことで恨むなやァ……」
「わかるわー。俺も同い年が良かったもん」
 お前ら羨ましいんだよ、と宇髄が不満そうな声音で義勇たち三人に人差し指を向けた。
 どうやら煉獄も察したようだ。テーブルに両肘をついて手のひらに頭を預けて俯き、嘆いているのか唸り声が聞こえてきた。
「あー、そのォ……、………。カナエさんとお付き合いさせていただいてます」
 悲鳴のように黄色い声が上がり、椅子から立ち上がったのはしのぶと甘露寺だった。名指しされたカナエは少し照れたようにはにかんだ。
「聞いてないけど!?」
「彼氏できたとは言ったでしょ」
「相手は顔馴染みなんだから教えてくれたっていいじゃない!」
 胸ぐらでも掴みそうな勢いでしのぶがカナエに詰め寄るが、カナエは困った顔をしながらもしのぶをあしらうように面白いかなと思って、と笑みを向けて答えた。甘露寺は伊黒に話を聞きたいと騒いでいた。
「不死川から直接聞こう。俺たちの結婚式なんだから頼みも聞いてくれる」
「………っ、てめェ伊黒……」
「嬉しいっ! 冨岡さんとはよく話したけれど、不死川さんの恋の話を聞くのは初めて!」
 身を乗り出して聞く体勢に入った甘露寺に、不死川は言葉を詰まらせて顔を歪めた。義勇とよく話す恋の話というのは少し気になってしまったが、玄弥が複雑な顔をして不死川を眺めていた。身内のそういう話を聞きたいとも聞きたくないとも感じるのだろう。
「いつから好きになったの!?」
 頭を抱えて呻き始める不死川には悪いが、炭治郎も興味がある。義勇同様に恋愛面は堅物であるということは聞いていたし、単純に馴れ初めというのは聞いていて楽しい。
「………。……気になったのは胡蝶が下宿した最初の年」
「あの一回目のストーカー騒ぎの時だよな。まあまあ長えし」
 狭霧荘でのしのぶのストーカー騒ぎは過去にもあったようで、一度目は不死川の言ったしのぶが高一の時、そして結婚してすぐの二回あったらしい。一度目は義勇が捕まえて警察に引き渡し、二度目はしのぶが自分で仕留めてお縄にしたという。狭霧荘の大家は腕っ節が強くないとできないというのは本当なのかもしれない、と炭治郎は玄弥と話していたことがあった。
「ああ、剣道部の……成程、胡蝶の姉君はその時来ていたのか」
「そうね。様子見に来て色々あったわ。あの時はまだしのぶが義勇くんと蜜璃ちゃんの仲を勘違いしてて」
「要するに一目惚れということですか?」
 カナエの言葉を遮るようにしのぶが口を挟み、含み笑いをしたカナエに窘めるような視線を向けた。散々唸った不死川はやがて顔を上げ、開き直ったような表情で肯定した。
「素敵! でもカナエさんは年数回しか会わなかったわ」
「そうねえ、しのぶの様子見で来てただけだったから。義勇くんにはあの時連絡先聞いて、よくメッセージ送ってたけど」
 しのぶが何か悪いことをしていないか、巻き込まれていないか、本人に気づかれないよう大家である義勇に聞いていたらしい。元々幼馴染だというし、聞きやすかったのかもしれない。
「二人がどんな様子か知りたいから不死川くんに連絡先教えてもらったのよ」
「冨岡と胡蝶をだしに使ってたか。男らしくないな」
「うるせェ……わかってんだよォ……」
「別に良いじゃないの。ちゃんと言ってくれたわよ」
 嬉しそうに笑うカナエに首を傾げたが、不死川の顔が更に赤くなったのを見て何となく察した。恐らく言ったというのは、好意を示す言葉なのだろう。
「決めるところを決めてればまあ良い。貴様はずっと怖気づいてたからな」
「それお前らもだからな」
 義勇と伊黒を指した宇髄は、三人仲良くもだもだしていたと口にした。全員自分なんかと卑下しながら身を引こうとしたりずるずると気持ちを伝えられなかったり。炭治郎にもそんなふうに考える気持ちは何となくわかるが、まさかこの三人に自信がなかったとは驚くべき事実だ。
「ま、収まるところに収まって良かったぜ。俺だって心配してたんだからな」
「ああ、まあ……一応有難くは思ってる。要らん気遣いもあったが、そうでもしなければ……確かに俺もこいつらも動かなかっただろうしな」
「今日は結婚式だ、いくらでも惚気て良いぞ。おばさんも聞きたいでしょ?」
「ええ、そのために来ておりますから。皆さん惚気ていただいて構いませんよ」
「好きなところ挙げていけばいいのかしら!?」
 甘露寺のはしゃぐ言葉に伊黒が少々頬を染め、それを聞いた主に女性陣が聞く体勢に入った。追加のつまみと飲み物を出してきた鱗滝が伊黒と甘露寺に酒瓶を傾けた。
「すみません、ありがとうございます」
「門出の日だ、遠慮なく飲みなさい。煉獄家が第二の実家なら、狭霧荘を第三の実家と思ってくれればいい」
 伊黒は言葉を詰まらせた後、控えめな笑みを見せて鱗滝へ頭を下げた。感激したらしい甘露寺の目は潤んでいたが、嬉しそうに蔦子も一緒になって頷いていた。
「狭霧荘が実家かあ。もはやここにいる全員が実家みたいなもんだよな」
「俺たちは違うな! 残念だ! 冨岡先輩は煉獄家を身内と勘定してくれなかったし」
「……身内ではないからな」
「そりゃそうだろう……」
 頭を抱えたのは煉獄の父で、義勇と同じく煉獄の言葉に少々困惑しているらしい。
 仲の良い彼らの関係は炭治郎にとっても微笑ましいものだ。煉獄が並々ならぬ思いを彼らに向けているのも、それを困惑して否定しつつも受け止めているのが義勇らしい気がする。伊黒と甘露寺は嬉しそうで、見ているだけで幸せな気分になれるものだった。