打ち上げ

「騒いで店の迷惑になるのは禁止、未成年は飲酒禁止、それ以外は好きなだけ食べろ」
「食べ放題メニューこれな。こっちは通常メニュー」
「食べたいものがあるならこっちを頼んでも良いが、残さず食べきること」
「俺が一番食う!」
「煉獄より食べたら褒めてやる」
「言ったな! 絶対褒めさせてやる」
「ええ……飯食うだけで褒められて嬉しい? しかも冨岡コーチに」
 適当に頼むと宣言した宇髄の注文が運ばれて来た後、義勇の注意事項が終わり腹を空かせた学生たちは一気に肉を焼き始めた。焼き奉行をすると買って出たのは炭治郎だが、アオイとカナヲに食べるよう言われ大人しく従うことにした。
「あの野生児、伊之助っつったか? もしかして冨岡に懐いてんの」
 成人組は酒を嗜んでいるらしく、宇髄がジョッキを傾けながら炭治郎へ問いかけた。
 問題児だと教師の間でも評判なのだが、もしかしなくても伊之助は悲鳴嶼と義勇の手合わせを見て剣道部に入部したので、言い方は悪いが義勇は割とうまく手懐けていると思う。
「伊之助は義勇さんと悲鳴嶼先生より強くなりたくて剣道部に入ったんです」
「あー。冨岡のしごきが性に合ったのかね。悲鳴嶼先生も面倒見良いからな」
「結局コーチとは呼ばれてねェなァ」
 どうにも三文字以上の名前が覚えられないようなのだが、その割に勝手につけたあだ名は長々と口にしていたりする。伊之助の感性はいまいちわからないことも多いが、炭治郎と同様に誰かに憧れたのは事実だった。目を輝かせて凄いと騒ぐ様子は、年相応に素直で少年らしいのだ。
「部員数も多いし俺たちまだ一年なので、中々相手してもらえる時間が少なくて」
 目一杯時間を使った稽古をつけてもらいたい気持ちはずっとあるのだが、数十人規模の部員を義勇一人、煉獄が来ても二人で見なければならない。悲鳴嶼を含めてもやはり手が足りないのだろう。少し寂しいが仕方ない。
「狭霧荘の庭でやれば良いじゃん」
「義勇さん、毎日剣道部にいるのでさすがに疲れてるんじゃないかと」
「あれ、そうだっけ? でもあいつ体力馬鹿だし、大したことないだろ。おい冨岡、お前狭霧荘で稽古つけてやれよ」
 呼びかけられて振り向いた義勇は首を傾げて眉を顰めた。炭治郎が稽古をつけられたがっていると口にされ、少しばかり照れてしまった。
「庭で良いだろ、昔やってたじゃん」
「一度ぶつかってきただろう、庭は禁止だ。煉獄なら出稽古に行けば手合わせできるだろう」
 炭治郎が入部して初めて煉獄が顔を出した時、悲鳴嶼が剣術道場の息子だと紹介していたのを思い出した。煉獄も忙しい人だと思うのだが、煉獄道場には興味がある。
「む。そういえば俺が卒業してからは呼んだことがなかったな。良い機会だ、今度出稽古に来ると良い! 最近門下生が減って父が凹んでいた。千寿郎もいるしどうだろう」
「良いじゃねえか、弟いくつだっけ?」
「今中二だ。心根が優しくてあまり勝負事に向いていないが筋は良いんだ。もう少し自信を持ってくれたら良いんだが。冨岡先輩もまた千寿郎に稽古をつけてやってくれないか」
「俺より煉獄が見てやったほうが良いんじゃないのか」
「千寿郎は繊細なんだ。きみや伊黒の剣筋は合うと思う。母も遊びに来てほしいと」
「………。……おばさんがいない時なら」
「何故だ? 伊黒にもまた遊びに来いと言っていたぞ」
「………。不本意だが冨岡と同意見だ。もしくは出稽古だけなら付き合うが」
「お前らおばさんのこと嫌いなの?」
 何やら成人組にしかわからない話題に移ったが、しのぶと甘露寺がひっそり笑い合っている。煉獄の母と何かあったのだろうか。宇髄も不思議そうにしていた。
「いや、好きだが……以前引き止められて数時間話をさせられた」
「数時間!? お前が!? さすが、強えなおばさん」
「……ああ、許婚の話か! 母がほくほく顔で帰ってきた時のことだな」
 口数の少ない義勇を引き止め数時間話をさせた煉獄の母。思わず善逸と目を見合わせて驚いた。先輩部員は義勇と世間話をしたこともないと言っていたが、煉獄とは家族ぐるみで仲が良いのだろうか。
「あの、許婚って……やっぱ本当なんですか?」
 恐る恐る問いかけた善逸を義勇がちらりと眺めると、怒っていると思ったのか肩を震わせて引っ込もうとした。義勇へ問いかけたのに何故か煉獄が本当だと答えた。
「昔の口約束が本当になったんだ。良いことだと思う! 小学校低学年の頃、狭霧荘の近くに住んでいた胡蝶姉妹と仲が良かったらしいな。特に胡蝶とずっと一緒にいたから親が許婚になれば良いと言ったら二人とも二つ返事で頷いたというし、引っ越す時は二人して抱き合っていたとも、」
「待て。何でお前がそこまで知ってる」
 暗に事実であることを認めるようなことを口にした義勇は、顔を歪めて煉獄を眺めている。カナヲたち女子も興味津々に義勇へ視線が集中していた。しのぶは俯いてしまい表情は炭治郎の席からはあまり見えなくなっていた。
「この間狭霧荘に寄ったらきみのお姉さんがいたのでな。挨拶ついでに話を聞いた」
「……そりゃまた確かな筋からの情報だなァ」
 頭を抱えた義勇を眺めて楽しそうな顔をした宇髄が、この際すべて話してしまえと囁いている。彼らが何を見てきたのかは知らないが、どうやら照れているらしい義勇は非常に珍しかった。
「冨岡の姉さんお前の面白い話めちゃくちゃ知ってるもんなあ。いやでも、最初許婚って聞いた時は全員吹き出してただろ」
「まさかこの冨岡が呼びつけて同居に持ち込むなど思ってなかったからな」
「再会して下宿するなんて素敵な運命よね! 私凄くはらはらしたわ。しのぶちゃんたらずっと冨岡さんの好きな人が私だと勘違いして悲しそうで」
「甘露寺さんっ!」
 甘露寺の言葉を遮ってしのぶが慌てて割り込んだ。当たり前なのだが、彼らには彼らの青春があったらしい。普段カップルを憎む善逸すら興味を持って話を聞いている。伊之助は食べることに夢中だったが。
「まあ主に外野で色々あったが収まるところに収まって俺は良かったと思ってるけどな」
「皆そう思ってるぞ! 式に呼んでくれなかったのは残念だが」
「身内だけで終わらせたし動画はお前も見ただろう。大体お前たちは狭霧荘で連日酒ばかり飲んで、」
「そうか。煉獄家は先輩の身内ではなかったらしい」
「………。身内、ではないが」
 説教でも始まりそうだった義勇の言葉を遮った煉獄のセリフ。少々困惑しながら義勇は煉獄へ答えた。確かに、親戚ではないそうなので身内ではなく後輩、友人の括りになるだろう。煉獄へ視線を向けたしのぶも少し不思議そうにしている。
「母が残念がっていた」
「……伊黒なら身内になるんじゃないか」
「おいやめろ。いや、確かに世話にはなってたし有難くも思ってるが」
「そうか! なら伊黒の式には是非煉獄家を呼んでくれ!」
「一家総出か、まあ身内ならおかしくねえ。煉獄って意外とあれだよなあ。人の恋路にめちゃくちゃ口出すよな」
「俺は早くくっついてほしい者たちには背中を押すことにしている」
「てめェのは押すんじゃなく蹴り飛ばしてんだよなァ」
 どうやら煉獄のエールは力強すぎるらしい。義勇も伊黒も項垂れている。どんなことがあったのか知りたいような気もするが、もし煉獄のお眼鏡にかなったらどんなことになるのだろうかと少し不安になった。
「でも私、煉獄さんに背中を押されて感謝してるわ! 応援してくれて凄く嬉しかったもの」
「ああ、甘露寺は波長が合ったわけか。まあ冨岡と伊黒には重荷だったな。もだもだ鬱陶しいよりは良いけど」
「そうだろう! ところで先輩に渡すよう言われてる野菜があるんだが。母が作ったものだ」
「………、………。……礼を送っておく」
「顔を見せてやってくれ! 父も千寿郎も喜ぶぞ」
 押しの強さは充分見せつけられたが、義勇は項垂れた状態で小さく了承の言葉を紡いだ。不死川と伊黒、宇髄すら少し同情的な視線を義勇へ向けていた。
「伊黒はいつ来るんだ?」
「俺は今とても仕事が忙しい」
「そうか。甘露寺も顔を出すと母が喜ぶから、是非遊びに来てくれ」
「えっ? あ、は、はいっ!」
 無双している。煉獄を止められる者がいないような気がした。顔色を悪くした伊黒が甘露寺に声をかけているが、彼女はさほど嫌がってはいないようだ。
「……伊黒には言っておくことがある」
「何だ。おばさんの攻略法でもあるのか」
 義勇の言葉に伊黒は疲れた顔のまま答えた。首を横に振った義勇に溜息を吐きつつ先を促している。
「攻略ではないが……怯む」
「おばさんがか?」
「ああ。結局聞き出されることには変わりないが」
「構わん、教えろ」
 こそこそと耳打ちしている二人を気にもせず煉獄は食事を再開した。
 彼らの昔話につい耳を傾けていたが、伊之助は煉獄より多く食べることができるのだろうか。会話の最中煉獄は箸を止めたり酒を飲んだりとまったり進めていたものの、白米を食べる一口が大きい。そして甘露寺も。
「貴様、そんな返しを会得していたのか。しかしそれでも怯むだけか……やはり攻略はできないのだろうな」
「交換条件をつけられた。上手くやれば攻略できるかもしれない。俺には無理だったが」
「ふん、おばさんが簡単に攻略できるとは思えんが、まあ頭に置いておいてやる。貴様にしては頑張ったほうだろう」
 兎にも角にも、炭治郎にとって憧れだった彼らは、非常に親しみやすさが伝わってきていた。