成人に向けて
去年は下宿人の皆と一緒に祝った冨岡の誕生日、何故かしのぶも一緒くたに祝われてしまったものの、蔦子と鱗滝のご馳走とケーキを相伴に預かり賑やかに過ごした。成人となる冨岡の今年の誕生日は、酒を飲ませてやろうと宇髄がおすすめのものを手に入れ、開けるのが楽しみだと笑っていた。伊黒と不死川の誕生日にも酒を用意していたので、宇髄は彼らと飲む日を待ち侘びていたのかもしれない。
成人。未成年とは違う年代に足を踏み入れる冨岡に、しのぶは今年何かプレゼントでもできないかと考えていた。甘露寺は伊黒の誕生日に好物と少し高めのボールペンを贈り、肌身離さず持ち歩いてくれているのだと嬉しそうだった。
成人する男性に喜ばれるようなプレゼントはしのぶにはあまり思いつかず、雑誌を眺めたりネットの記事を読んでみたりしていたのだが、そもそも冨岡は物欲があまりないようで、蔦子からのプレゼントも去年には既に要らないと断っていた。まあ彼女は割と少女趣味から厳選しているらしいので、趣味が合わないのも理由なのではないかというのは宇髄の情報だが、冨岡自身何かを贈られるのは気が引けるようだ。慎ましいことである。
それでもやはり何かプレゼントがしたかった。あわよくば毎日身に着けて持ち歩いて、長く使ってもらえるものが良い。財布とかそれこそ甘露寺が伊黒に渡したボールペンとか、少し値の張る良いものを贈れば長持ちする気がするし、成人男性が持っていておかしくないものを探したい。
しかし、普段の冨岡の生活を考えても、なかなかこれというものがわからなかった。狭霧荘の管理をして家事をして部活に行く。しのぶは唸りながら考えた。
毎日履く靴とか良いのだろうか。サイズは玄関でこっそり確認すればわかるだろう。部活も買い出しもスニーカーを履いている冨岡は、動きやすいものなら喜んでくれるかもしれない。時計は普段つけていないので渡しても飾るだけになってしまいそうだし、スーツも普段殆ど目にしないのでネクタイを買ってもつける機会があまりなさそうである。成人するのだから機会は増えるかもしれないが、やはりできれば毎日持っていてほしい。そうなると財布が望ましいだろうか。毎日使えという意図が強すぎるだろうか。
難しい。そもそもただの許婚がこんな思考を巡らせるなどおかしいのではないか。確かに卒業したらお嫁さんになるとしのぶは場の勢いで言ってしまった過去があるが、あれからはっきりと取り決めがあったわけではない。頭を抱えてローテーブルに突っ伏した。
「鍵を落としてないか?」
気分転換に居間へ向かうと伊黒が声をかけてきて、落ちていたという鍵を見せてきた。狭霧荘の玄関の鍵のようだが、しのぶは鍵類は全てキーケースに仕舞い鞄のポケットに入れてある。金具が壊れるようなこともなかったはずだが、一応確認のために部屋へと戻り、自分の鍵がついていることを確認して居間へとまた戻ってきた。
「私のはありましたよ」
「そうか、すまない。馬鹿が落としたのが狭霧荘内で良かったな」
「ただいま」
「帰ってきたか。貴様玄関の鍵を持ってるか?」
出かけていた冨岡を出迎え、伊黒が問いかけると首を傾げながら鞄を確認した。ポケットから引っ張り出された小さなキーホルダーの先に、複数の鍵と紐状のリールが鞄に括り付けられている。そこに玄関の鍵はなかった。
「金具が取れたらしい」
「安物なら仕方ないな。そろそろ買い替え時だろう」
「直せば使えるし……」
どこかからペンチを取り出して手早く金具を直し、鍵を取り付けて鞄に仕舞い込む。新しく探すのが面倒らしく、次に取れたら買い替えると呟いて冨岡は居間を出ていった。どうやら部屋に荷物を置きに行ったらしい。
「物に頓着がないのも考えものだな。外で落としたらどうするつもりだ」
「……ああいうのって直したらどのくらい保つんでしょう」
「ん? まあ直し方にもよるだろうが……すぐには壊れないんじゃないか? 金具の隙間が空いてただけのようだしな」
次に取れたら買い替える。隙間をペンチで埋めたのでしばらくは保つだろうと伊黒は言った。そのしばらくが冨岡の誕生日を過ぎるくらいであってほしいが、しのぶは一連の様子を見て贈りたいと思うプレゼントを決めた。
冬休みの間短期のアルバイトをすることにしたしのぶは、飲食店のホールで働き始めた。初めて経験することばかりで右往左往することもあったが、それなりに楽しく過ごすようになっている。しのぶ目当てに来るようになった客もいるらしいのだが、今のところ特に何かをされたわけでもないので気にはならない。営業スマイルを見せていれば客は喜んで帰っていくし、仏頂面を見せてクレームが来るよりはよほど良いだろう。何より制服が可愛いし。
成人の日である本日、三連休を最後にしのぶはアルバイトを辞めるのだが、店長からは長期で残ってほしいと懇願されてしまった。部活もあるし難しいと言うと泣く泣く諦めたように項垂れたが、しのぶとしても目的の金額を稼げてしまっているので特に続ける理由はない。良くしてくれたので感謝はしているのだが。
狭霧荘で見送った冨岡たちの式典はそろそろ終わったらしく、振袖や袴を着た新成人の集団が店に入ってきていた。色鮮やかで楽しそうで微笑ましい。
「四名様でお待ちの冨岡様ー」
非常に聞き覚えのある名前が誘導係の店員から聞こえ、しのぶは思わず入口付近の待合席へと顔を向けた。間違いなく朝見送った新成人の三人がいる。朝は三人ともきっちりと着込んでいたはずだが、今は少々草臥れた様子でネクタイを緩めたりスーツの前ボタンを開け放している。誘導に従って先に歩き出したのは振袖を着崩した華やかな女性だった。その後ろを疲れた顔が三人ついていく。
店員の視線すら一点に集めており、しのぶは貼り付けていた笑みを崩して驚いた。アルバイト先は伝えていなかったから知らないはずだが、偶然ここに来たのだろう。というか前を歩くあの驚くほどきらびやかな女性は、以前狭霧荘で数日間居候をしていた謝花だった。そういえば彼女も同い年だ。
「やっばー、何あの集団。胡蝶さん? 大丈夫?」
「あ、はい……」
額を押さえて何とか気を取り直し、謝花に向けられる惚けた男性客の羨ましげな視線が三人へと集まっているのを確認した。オーダーを取りに行きたくないが、水を用意してトレーを手渡されてしまっては行くしかなかった。
「兄貴はいつ迎えに来んだよォ」
「何故俺たちが貴様のお守りをせねばならんのだ」
「相変わらずねえ、あんたたち。まあもう大人だし許してあげるわよ。アタシは心が広いからね」
「言ってろォ」
成人したからか懐の深いような言葉を口にした謝花は高らかに声を上げて笑い、メニューを眺め始めた。溜息を吐いたのは男性三人であったが、四人を気にする周りが羨望や悔しさを滲んだ空気を送りつけている気がした。とんでもなく目立っている。冨岡のスーツ姿は珍しくて眺めていたい気持ちはあるが、今は本当に近寄りたくなかった。
「ねえ、アタシこれ食べたい。あんたたち何食べるのよ」
「こっちはメニュー見もしてねェんだよォ。冨岡しか見えてねェだろうが」
謝花の隣に冨岡が座り、毛嫌いしている不死川と伊黒は対面に座っていた。距離が近くて気にはなるが、相手は謝花なのだから仕方ない。テーブルに水を置くとふと顔を上げた不死川が、しのぶを認識して声を上げた。冨岡と伊黒も目を丸くしてしのぶを見上げた。
「お前バイトってここでしてたのかァ……」
「ええまあ。凄く顔を合わせたくなかったですが」
わかる、と伊黒がしのぶの言葉に同意した。別に知り合いが店に来るのは構わないのだが、如何せん無駄に目立っている彼らのそばに近寄りたくなかった。謝花がしのぶの知らない人であれば気になってしまっただろうが、彼女は顔見知りだし冨岡の友人である。店内の視線がしのぶにも思いきり刺さっている。
「……似合うな」
肩を震わせたしのぶは唇を噛み締めて必死に頬の熱を抑えようとしたが、冨岡の言葉のせいでうまくいかなかった。不死川と伊黒が目を丸くした後、生温かい視線を冨岡へと向けた。謝花が不満げに唇を尖らせて文句を口にした。
「あんたアタシは一言も褒めなかったくせに」
「振袖は普通に着たほうが良いと思う」
「てめェはもっと慎みを覚えたほうが良いぞォ。何だよ花魁風って」
「わかってないわね、慎みなんかより色気が大事よ。ていうか前もそうだったけど、あんたはこいつを贔屓し過ぎじゃない? 確かに悪くない顔してるわ、アタシには劣るけども」
「貴様が胡蝶より優れてる箇所を挙げてみろ。全部論破してやるぞ、冨岡が」
「いや、言葉はさすがに無理だろォ。冨岡だし」
「良いから早く注文してください」
今すぐ逃げ出したい気分になったが、しのぶは仕事中である。会話を続けて注文をしようとしない四人を急かしてメニューを選ばせた。今日が最終日で良かったと心底思う。そして店の制服が可愛いものであったことに心中で感謝した。
さっさと決めさせたオーダーを厨房へと通し、しのぶはとりあえずバックヤードから外へ飛び出して深呼吸をした。知り合いなのかとはしゃぐアルバイト店員も、客の興味津々な視線も無視して心臓を抑え込んだ。不意打ち過ぎる。嬉しいけれど。
何とか落ち着いてホールに戻り、しばらくすると彼らのオーダーした料理が出来上がり始めていた。一人では運びきれず二人でトレーを持ち運んでいく。店員がテーブルに置いた後しのぶも料理をテーブルに載せ、ごゆっくりと言って早々に去ろうとした。
「胡蝶は今日何時に終わるんだよ」
「え、六時です」
「ふーん。それまで待ってりゃ良いかァ」
まさかアルバイトが終わるまで居座るつもりだろうか。終わったら一緒に帰るつもりなのか。成人式なのだからこの後同窓会でもありそうだが、彼らは参加しないつもりか。謝花の目が面白そうに細められていて、何かを知っただろうことが窺えた。
「で、でも私今日で終わりなので、帰るのはもう少しかかるかもしれませんし」
「男なんて好きなだけ待たせときゃ良いのよ」
「貴様を待つ者は一人もいないだろうがな」
「失礼ね、いっぱいいるわよ!」
困りながらも仕事はこなさなくてはならず、断っても無理に待っていそうな四人の様子をとりあえず放置してしのぶは他のテーブルへと移動した。意外と可愛いとこあるわね、と揶揄いの表情で冨岡に笑いかける謝花を視界の端に収めながら、距離の近さまで気になってしまいしのぶはダスターを手に無心でテーブルを拭き始めた。
短期で始めたアルバイトが終わり、しのぶは使っていたロッカーに置いていた荷物を取り出した。制服は後日返しに来るので今日は持って帰る。店の従業員たちにも挨拶をし終え帰ろうとすると、同じく短期で雇われたというアルバイトに声をかけられた。
最終日だというのに色々思いがけないことが起きて気持ちが落ち着かなかったが、そのアルバイトから言われたことにしのぶは固まった。
学校で言われることがなくなっていたのですっかり失念していたが、しのぶは昔から告白されることが多かった。目の前の彼と被っていた勤務時間はほんの一時間ほどで、今日のあの四人とのやり取りをしていた時はいなかった。今もまだ彼は勤務中のはずだ。
「ええと、すみません。私、その……お、お付き合いしてる人がいますので」
許婚だとか婚約者だとか、さすがに学校外の人間に言うのは恥ずかしい。今時の高校生ならば彼氏がいると言えば納得するだろうが、冨岡のことを彼氏と言うのはしのぶもだいぶ恥ずかしかった。交際している人くらいの言い方ならば何とか言えるが。
頭を下げて断りそそくさと歩き始めると、静止の声とともに手首を掴まれて足を止めさせられた。これはなかなかしつこい人かもしれない。相手がいると言っても引き下がらなかった。
「胡蝶」
「、冨岡さん」
近くで待っていたらしい冨岡がしのぶを呼び、一言謝りつつ掴まれた手を振り払って駆け寄った。不思議そうな観察するような視線を男子に向けた冨岡が一人であることに気づき、しのぶは問いかけた。
「不死川さんと伊黒さんは?」
「先に帰った」
「帰ったって……同窓会とかあるのでは?」
「ある。八時からだ」
それまではゆっくりできるし、アルバイトが終わるまでは彼らも一緒に待っていたようだ。謝花まで待ってくれていたらしい。それなら皆で一緒に帰っても良いのではとも思うが、気でも利かせてくれたのだろう。掴まれて少し赤くなった手首を擦られて頬に熱が集まってきた。
「最終日だから何か起こると伊黒が言ってたが、的中したようだ」
学校ではないのだからしのぶに許婚がいることは皆知らないし、身の程知らずの馬鹿が絶対にちょっかいをかけてくると伊黒が断言したのだという。当ててくる伊黒が凄い。確かに考えれば思い至ることもできたかもしれないが。
「楽しかったのか」
「え……ああ、アルバイトですか。そうですね、色々勉強にもなりましたし」
「そうか」
最後の告白は申し訳ないが余計だったものの、働くこと自体は楽しかった。時間があるならばまたやってみたいとも思う。
本来の目的は働くことではないが、あとは給料を貰ってプレゼントを買うだけである。そのプレゼントを選ぶ行為がまた頭を悩ませるものであるのはわかっているが、一先ず目的のために一歩進んだことを喜んだ。冨岡が待ってくれていたし、制服は似合うと言われたし。気恥ずかしくて照れてしまうが、言動に対して嫌な気分になどなるはずもなかった。
「早かったのね。ちゃんと一発やってきたの?」
「馬鹿を言うなこの阿婆擦れ、こいつがゴミカス男のようなことをするはずないだろう」
「意外と伊黒は冨岡に夢見てるんだよなァ」
「気色悪い言い方をするな!」
狭霧荘に帰るとスーツを脱いで寛いでいた不死川と伊黒、花魁風に着た振袖のままだらけている謝花の姿があった。夢というよりは冨岡の人となりを知っていての言葉だと思うが、不死川も同様に思っていることはしのぶにもわかっている。というより彼ら三人が似たりよったりであることも。
「あんたたち許婚なんだって? そういうことは早く教えなさいよね。デートする時は服貸してあげるわよ。悩殺できるようなやつ」
「あ、いえ……恐らく趣味が合わないので結構です」
む、と唇を尖らせた謝花に、厚意は嬉しいと口にすると勝ち誇ったように笑みを見せた。どうやら感謝されるのは謝花も嬉しいらしい。前回来た時も露出の激しい服を着ていたし、しのぶとは服の趣味が合わないことはすでに感じている。冨岡がそういったタイプの女性が好みでなくて良かったと思う。蔦子は落ち着いた色や形の服を好んでいるようだし、きっと冨岡もそうなのだろう。
「さあ、そろそろ行くわよ。車出してよ」
「たかだか駅まで行くのに車はねェわ。しかも飲み会だぞ」
「これ疲れたのよー、着替えたいけどお兄ちゃんまだ来ないし、寒いし」
「考えなしの馬鹿がいるな」
「……今日だけでしたら貸しましょうか? 私の服は趣味に合わないかと思いますが」
謝花がしのぶを振り向いた時、伊黒と不死川は顔を歪めた。たまには違うタイプの服も悪くないと謝花は早々にしのぶの背を押して部屋へと向かわせた。
謝花は兄に連絡し、同窓会のあと一度こちらに戻って着替えてから帰ることにしたようだ。適当に冬物の服を見せると吟味しながら選び出し、しのぶの持っている服の中でも露出のあるものを手に持っていた。やはり肌は出したいらしい。
「ねえ、あんたあいつの何が良いのよ」
帯を緩める手伝いをしていると、謝花はしのぶへ問いかけてきた。堅物だし無愛想だし面白みがないし、兄と名前が似ているので謝花自身は冨岡を嫌いではなく、友人だからとあれで意外と好意的に接しているらしいが、それでも納得がいかないらしい。
「まあ確かに? 不細工ではないわね、腹立つけど肌綺麗だし」
肌が綺麗かどうかわかるくらい近い距離で接していたのか。いやそれはともかく、しのぶは答えるべきかを悩んだ。言い触らしたいような気もするし、自分だけ知っていれば良いような気もする。
優しいところも堅物なところも、剣道に真摯なところも好ましい。口下手は治したほうが良いとは思うが、治すとそれはそれでまたモテてしまうかもしれない。
「……え、まさか、どこが好きか出てこないの?」
「えっ。いえ、そういうわけじゃ……言おうかどうか迷って……」
「何よそれ。言ってみなさいよ、アタシはあいつの友達だからね!」
だから相談でも何でもすれば良いと続けるが、謝花に相談せずともしのぶには甘露寺という冨岡の友人がいるし、不死川や伊黒もいる。そんなことを言うと拗ねてしまいそうなので謝花には言わないが。
「別に、相談することなんて……優しいところも格好良いところも好きですよ」
「ふーん。もっとないの?」
「も、もっと? ええ、と……笑うと可愛い、とか」
「そう? アタシのほうが可愛いわよ」
何に張り合っているのか、謝花の言葉におかしくてしのぶはつい吹き出した。何だかよくわからない人だが、しのぶのことを好意的に感じていることはわかる。男ばかりに囲まれて女友達がいなかったのかもしれない。高圧的で高飛車でも話してみると面白かった。
「どうよこれ、ちょっと可愛すぎるわね。あんたももっと色気のある服買いなさいよ。ちょっと谷間見せたら男なんかすぐころっといくわよ」
「ちょ、ちょっとやめてください!」
選んだ服を着て姿見を確認しつつ、謝花はしのぶの胸を思いきり掴んで襟元を引っ張り、ボタンを外して谷間が現れた。しのぶは謝花のように肌を見せるのは好きではないし、女友達相手でも胸を触られたことなどない。慌てて隠すとつまらなそうに眉を顰めた。
「まああいつらアタシの谷間見ても顔歪めるしかしないけど。好きだったらすぐ襲うわよ、男だもの」
「私はいいんです!」
大体冨岡は風紀を乱すことを嫌うのだから、何があっても女性を襲うなどするわけがない。謝花の言葉で浮かんでしまった如何わしい想像を頭を振って追い出した。
「もう、今度甘露寺さんと三人で遊びに行こうと誘おうと思ったのに……」
「あのピンク頭の制服は胸がきつそうだったわね。苦しいならボタン外せば良いのに」
「甘露寺さんは慎ましい人ですから」
サイズが合わずボタンが弾け飛んだこともあり、その後しばらく第三ボタンほど開けて過ごしてみたそうなのだが、男子生徒と目が合わず恥ずかしくなり止めたのだと聞いたことがある。聞いているしのぶも恥ずかしくなってしまったくらいだ。
「ふーん。ならその三人でっての、アタシが服を見繕ってあげるわ!」
楽しみだとうきうきしながら部屋のドアを開け、謝花はさっさと階下へ降りていった。脱ぎ捨てた振袖や帯をある程度畳んでおき、しのぶは外されたボタンをしっかり止めて追いかけた。
「お前謝花に変な影響受けてねえよな?」
「受けてませんし受ける気はありません」
どこか安堵したような表情が下宿人たちと冨岡から見えた。謝花好みの服を買いに行くのだと嬉々として報告したらしく、宇髄ですら不安げにしのぶを見て問いかけるくらいだった。
「ふふん、あんたたちみたいなむっつりには刺激が強すぎるかもね」
「甘露寺に妙なことを吹き込むなよ」
「そんなの知らないわよ、早く行くわよ!」
一人騒がしく三人を先導して狭霧荘を出ていった彼らを見送り、しのぶはようやく息を吐いた。