嫉妬

「謝花? ……ああ、学校一美人だと言われてた女子生徒の名前だったか」
「煉獄さんはお友達なのかしら」
「いや、話したことはない。彼女は見かける度男子に囲まれていたから、食堂で鉢合わせると席が取れなくて大変だった!」
 在学時の思い出はそういった少し困ってしまうことが多く、会話もしたことがなく煉獄はよく知らないのだという。何故突然そんな話を振ってきたのかと不思議そうに首を傾げた。
「今狭霧荘に泊まってるの。お兄さんと喧嘩されたみたいで」
「何と。先輩たちと仲が良かったのか」
 甘露寺も一年在学期間が被っているが、遠目に見かけるだけで話をしたことはなかった。離れた場所からでもわかる謝花梅の美しさは、近くで見ると一層美しかった。目を奪われるというのはこういうことなのかと驚いたほどだ。
 冨岡たちとは仲が良いのか悪いのか、伊黒など甘露寺が見たこともないほど不機嫌そうな顔をしていたが、気のおけない仲のようで少し羨ましくも感じて落ち込むほどだった。冨岡の様子を見てしのぶがどう思っているのかはきちんと聞いていないが、あまり良くは思っていないかもしれない。心が狭いかもしれないが、甘露寺は少し寂しかったので。
「ちょっとお、こんなの持てない! 箸より重いものなんて全部お兄ちゃんか男共が持ってくれてたから」
「もう泣き言を言うのか。まだ一日目だが」
 十字路に差し掛かったあたりで聞き覚えのある声が聞こえ、分かれ道から現れたのは冨岡と件の謝花梅だった。二人で買い出しに出ていたらしくスーパーの袋を両手に抱えて歩いていた。
「早速買い出し行ったのね」
「無駄に疲れた。買いたいものを勝手にかごに入れてくるし」
「一個くらい買ってくれたって良いじゃん! 別にブランド物貢げなんて言ってないわよ」
「そういうのは兄に頼め」
「今頼めないから言ってるのに」
 ひいひい言いながら荷物を持って冨岡の後ろをついていく。口では色々文句を言いながらも真面目に取り組んでいるように見えた。
「ねえー、帰ったらご褒美ちょうだい。こんなに頑張ったんだから少しくらい何かないとやってられないわ」
「一日目でそんなものはない」
「ケチ! お菓子食べ漁ってやる!」
「食べた分労働が増えるだけだが」
 手を振って二人を見送った後、しばし煉獄と立ち止まっていた。甘露寺相手とも違う冨岡の様子に眉がハの字になってしまい、ちらりと煉獄を窺い見る。
「仲が良いな! 胡蝶は何と言ってるんだ?」
「しのぶちゃんとは今日学校で会ってなくて、話してないんです」
「そうか。冨岡先輩自体に不安はないだろうが、ああいうのを見るのは面白くはないだろう。気にしてないと良いが」
 そう、甘露寺相手に対するものとは違う様子の伊黒を見た時のように、しのぶも気にしているのではないかと思うのだ。冨岡はしのぶのことが好きだけれど、冨岡と仲の良い女子とのやり取りを見て楽しいわけがない。二人は本当に友達なのだろうけれど、恋とは感情がままならないものなのだ。甘露寺だって恋を知ってから気づいたことではあるのだが。
「でも伊黒さんも普段と違って……ちょっと冷たくて、でも何でも言い合っていそうな気がして。冨岡さんたちへの態度とも違うような」
「伊黒は興味のない者相手ならば辛辣な物言いをする。甘露寺に優しいのは甘露寺が特別だからだ。そのあたりは誤解なきよう言っておく」
「と、特別……」
 頬が熱くなって思わず両手で挟み、笑みを向ける煉獄を見上げて甘露寺にもようやく笑みを浮かべることができた。不安とは違う何か不思議な感情が燻っているような気がするけれど、伊黒の特別だと煉獄が言うのなら信じられる。恥ずかしいけれど嬉しい。
「まあ、面白くない気持ちは伝えてみるのも良いと思う。伊黒ならきっと喜ぶだろうからな」
「よ、喜んでくれるのかしら……」
「間違いなく喜ぶ。だが言いたくないかもしれないから伝えるかは甘露寺次第だ。伊黒ならきみの望むことをしてくれるだろう」
 にっこり満面に笑みを浮かべた煉獄の言葉に、いつかこの気持ちを伝えてみるのも良いのかもしれないと考えた。

*

「……まあ、食えなくはなくなったな。前は生焼けだったし」
「最初は塩分過多で死ぬかと思ったがなァ。伊黒なんかしばらく飯食おうとしなかったし」
「しかし今日は焦げ過ぎだ。いい加減塩梅を知れ。食材に悪いと思え。日々こうして飯を食えることに感謝しろ」
「うるっさいわねー!」
 辛口な感想が三人の口から飛び出して、謝花は憤慨してお玉を振り回した。皆軽く避けてしまうのが尚更怒りを倍増させている気がするが、甘んじて受ける気はないらしい。
「素直に美味しいって言いなさいよ!」
「いや、美味くはねえよ。これが美味かったら冨岡の飯なんか高級料理になるわ、ただの普通の飯なのに」
「食えなくもねェってだけだからなァ。変なアレンジしなくなっただけましかァ」
 謝花が居候し始めてから、冨岡の用意する料理に混じって一品を彼女が作ることになった。初回は不安だからと下宿人たちは居間で料理手順を確認することから始め、米を炊くところから怒鳴り声が飛び交っていた。大さじ小さじや調味料の組み合わせなども知らなかった頃からは少し成長できたらしいが、ここ数日冨岡がやつれたように見えるのは見間違いではないだろう。狭霧荘では声を荒げることなど殆どないのに、冨岡は調理中ずっと注意し続けていた。ほぼつきっきりで家事を見ているのだ。
 初めて包丁を持たせた時など、通過儀礼のように指を切るものだから皆の溜息が同時に吐き出され、謝花は罰の悪そうな顔をしたくらいである。謝花の手首を掴んで水で血を洗い流す冨岡を眺めるのは、しのぶとしては内心非常に面白くはない。こっちは数えるほども手を繋いでおらずまだまだ照れるというのに、何故そんな光景を目の当たりにしなければならないのか。
 冨岡と謝花に他意がないことも、厚意で家事を教えていることもわかっている。それでも気になってしまうし気分は良くない。しのぶの心はあまり広くないようだった。
「兄には連絡したのか?」
 食事も終わり、謝花が風呂に入っている間に伊黒は宇髄へ問いかけた。ああ、と思い出したようにスマートフォンを取り出して操作し始めた宇髄は、卒業時に戯れに聞いてみたという番号に一応メッセージを送ったらしい。
「さすがに兄貴はまだ常識があったらしいな。家賃と菓子折り持って行くって言ってたわ」
「いつ来るんだよ」
「休みがあんまり取れねえらしくて、次の土曜にならねえと来ないってよ」
「長過ぎる……冨岡が受け入れさえしなければこんなに疲れることもなかった」
「……すぐ音を上げると思ってたが」
 在学時がどのような態度だったのか、しのぶは話に聞く程度しか知らない。問題児であったことは間違いなく、素行も悪く生活指導から逃げては暴れることもあったようだ。狭霧荘の規則や冨岡の指導に嫌気が差してすぐ出ていくかと思っていたが、文句を言いながらも案外続いているのが意外だったらしい。
「悪い奴じゃないと思う」
 冨岡の印象はしのぶとしても同じで、彼らの在学時の話を聞いている時ほど謝花が悪い者とは思えなかった。勿論不良であったことは事実なのだろうし、甘やかされた故かマナーも何も身についていないのは年上だろうと呆れる事実ではあるが、本人のやる気があるのなら家事も難なくできるようにはなりそうだった。
「そういやそこの段ボール胡蝶宛だったけど」
「あ、すみません。実家から頼んだものです」
 送ってもらうよう頼んだものと、中には仕送りや衣服が入れてあると母から連絡が来ており、昼間の不在時にしのぶの代わりに受け取ってくれていたようだった。風呂に入る前に片付けようと腰を上げて段ボールを抱え上げた。
 しのぶが頼んだのは実家に置いてきた本で、持ち歩けないほどではないが手に持つと少々重みを感じる。立ち上がった冨岡が居間のドアを開けた。
「ありがとうございます」
 そのまま素通りしようとすると冨岡は段ボールに手を添え、しのぶから取り上げて階段へと踵を返した。静止も礼も言う前に女性の不満げな声が聞こえ、しのぶは顔を向けた。
「ちょっと。そいつのそれは持ててたじゃない。アタシには重いもの持たせるくせに、贔屓でしょ」
 風呂から上がってタオルを被りながら現れた謝花が冨岡へ異議を唱えた。少々眉を顰めた冨岡が謝花へと顔を向けて口を開く。
「何か駄目なのか」
「駄目に決まってんでしょ! そういうのはまずアタシにするものでしょうが」
「お前を贔屓する理由がない」
「はあああ? 何よそれ、そいつには理由があるっていうの? どんな理由よ」
「理由を言う義理もないが……謝花は指導されてる自覚はないのか?」
「むっ。荷物を持たせるのは勉強ってこと? 重いのが何の勉強になるのよ」
「兄がいない間の買い物はできるようになるだろう」
 納得していない表情をしたものの、謝花は唇を尖らせながらも悪態をついて居間へと入っていった。冨岡はそのまま階段へと歩き出してしまい、しのぶは少し困りながらも後をついていった。
「あの……私のことは気になさらなくても良いですよ」
 首を傾げた冨岡に促され、部屋のドアを開けると段ボールを畳の上に置いた。礼を伝えながらも、今のようにしのぶへ気を遣うようなことはわざわざしなくて良いと口にした。
 謝花は他人、主に男性からの親切は当然のものだっただろうし、謝花を差し置いて他の女子にそれが向けられるのは慣れていないのだろうし。
「今更胡蝶を気にしないというのは無理だ。俺が、……気になる」
 澄ました顔のまま呟いた言葉に、しのぶは頬を染めて俯いた。冨岡の親切は甘露寺にも謝花にも向けられることはあるが、それは友人としてのものだった。冨岡が何故気になるのかなど考えなくてもわかってしまい、ここ数日面白くなかった気分がたった一言で霧散してしまった。
「迷惑ならやめるようにする」
「……いえ……迷惑なんてことは、ないんですけど」
 気づかれたのかと思った。
 小さく呟いた言葉に冨岡がまた首を傾げ、しのぶは慌てて何でもないと口にした。
 冨岡に気にかけられるのはしのぶにとってはむしろ嬉しいものだ。それをやめてほしいなどとは思っていないし、気恥ずかしいものの特別扱いのようで不覚にもときめいてしまう。
 謝花といる時面白くないと感じる理由は、経験はなかったが一応理解はしている。しのぶや甘露寺以外の女子に親しい者がいるなど思ってもいなかったせいで、突然現れた綺麗な女の子と仲良くしていることに驚いたのだ。驚いて気になってやきもちを焼いてしまう、そういう感情がしのぶの中で渦巻いていた。冨岡と再会してから新しい感情ばかり生まれる。良いのか悪いのか、心が一つも落ち着かなかった。


「妹が迷惑かけたみたいだなあ。これ菓子折り」
 間延びした声が聞こえ、玄関先に現れたのは謝花の兄だという男だった。菓子折りだという箱を冨岡に手渡し、その上に封筒を置いて受け取るようにと口にした。少々戸惑っていた冨岡に宇髄からも貰うよう援護が入り、しばし悩むように黙ったあと冨岡は頷いて礼を告げた。
「礼を言うのはこっちだあ。梅の世話は大変だったろうしなあ」
「世話なんかされてないわよ!」
 居間から飛び出してきた謝花の頭を撫で、悪かったと一言呟くと気が済んだらしく謝花は笑った。兄の腕を引っ張って居間へと戻ってきた。
「アタシ頑張ったのよ。食べてよお兄ちゃん」
「梅が作ったのかあ?」
「そうよ! こいつの厳しい指導に頑張ってやったんだから!」
 ちょうど昼食時、テーブルに並べられているのは冨岡の料理と謝花の料理である。地道な指導と謝花の頑張りで段々と美味しく感じられるものができるようになり、一品から二品に数が増えていた。焦げたり生焼けだったり妙なアレンジを加えることもなく、見た目にも美味しそうに見える料理が並んでいる。
 謝花が手ずから白米をよそい、主菜一皿と小鉢二品を兄の前に出して座らせた。主菜は冨岡作なのだが謝花はそのことには触れず、代わりに宇髄が突っ込んでいた。
「言わなきゃバレないのに。お米とこの二つはアタシが作ったの」
「兄ちゃんトラウマになってねえと良いな」
「あん時は匂いで本当に死ぬかと思ったけどなあ。今は美味そうな匂いしてる」
 兄が食べようとしている横で下宿人の食事も準備し始める。今日は兄が迎えに来るとわかっていたので多めに準備していたらしい。
 謝花の頑張りはしのぶも見ていたので、彼女の兄が口に運ぶ様子をそわそわと凝視してしまっていた。同じように不安げに見つめる謝花は、文句を言いつつも泊まっている間、辛口な感想を下宿人から言われながらもへこたれることなく家事を習っていた。最初こそ面白くはなかったが、こうして不器用なりに頑張っていた姿を見せられると、やはり喜んでもらえると良いと思ってしまう。
「美味い」
「本当に!?」
 咀嚼しながら幸せそうに破顔した兄に飛びついて謝花は喜んだ。洗濯も掃除も頑張ったのだと騒ぎながら報告し、相槌を打ちながら兄はどんどん料理をたいらげていく。憎まれ口を叩いていた下宿人たちも、安堵したように息を吐いて食事に手を付け始めた。
「やったわ! あんたのしごきに耐えた甲斐があった!」
 兄から離れて冨岡に飛びつこうとしてテーブルに足をぶつけ、悶絶している謝花に目を丸くしながらも冨岡は良かったと一言呟いた。味噌汁が溢れると不死川から文句が飛ぶが、そんなことなどお構いなしに喜んでいる。
「ちゃんと家事続けろよ。兄貴が倒れたら何もできねえの困ったんだしな」
「む。そうね、案外悪くなかったわ。家事も楽しいかも」
 思うようにいかない時はつまらなく感じて投げ出したくなることもあるだろうが、できるようになると楽しく感じられるようになる。家事の楽しさに気づいた謝花は、兄に向かって今度から料理をしてあげると相変わらずの上から目線で提案した。
「重いものも持たされたのよ。買い物だってできるわ」
「一人でやらせたら際限なく買い込んで来そうだがな」
「お金がなければ買わないし。お兄ちゃんと一緒に行けば良いもん」
「そうだなあ、買い物は一緒に行くかあ」
 仲の良い兄妹の様子にしのぶも微笑ましくてつい頬が緩んでしまう。居候している間、冨岡と二人で行っていたので一人で買い物はまだ未経験らしい。ストッパーがいなくなればどうなるのかはわからないが、兄がいるなら大丈夫なのだろう。
 食事を終えしばしのんびりとした後、謝花兄妹は世話になったと口にして立ち上がった。居候生活も案外悪くなかったと素直ではない言葉を口にしつつ、謝花は小さく礼を口にした。
「その顔磨いて待ってなさいよ」
「………?」
「今度お礼参りに来るから首洗って待ってろって意味だあ」
「いや、お礼参りも首洗ってもおかしいけどな」
 謝花の言葉で冨岡の頭上に大量の疑問符が上がっているのが手に取るようにわかったが、兄も少々不思議なことを口にした。とはいえ感謝していることはわかったので、冨岡も首を傾げつつも頷いた。
「まあ、遊びに来たいなら常識の範囲内で来れば良いが」
「もう来なくて良いぞ。喧しくてかなわんからな」
「ちゃんと昼間に来てやるわよ! 手料理振る舞ってやるから楽しみにしてなさい」
「もう食いたくねェなァ」
 騒がしく吠えながら兄の運転するバイクの後ろに乗り、謝花は手を振って去っていった。日数にして約十日、長かったのか短かったのかわからないが、とにかく嵐のような数日だった。しのぶと二人で話をするということはあまりなかったが、伊黒や不死川が毛嫌いするほど悪い人ではなかったように思う。冨岡とはもう友達だと言って憚らなかったので、近いうち遊びに来る可能性は充分あった。今度はもう少し会話をしてみたいと思う。
「はあ、やっと出て行ったか。良かったな胡蝶、お前ひっそり妬いてただろ」
「はっ!? いえっ別に!」
 謝花兄妹を見送った後、ようやく終わったと伸びをしながら宇髄がとんでもないことを言い出した。いきなり何を言い出すのかとしのぶは焦り、冨岡が目を丸くしているのが視界の端に映った。
「いくら何もねえからって他の女と一緒にいるの見てて楽しいわけねえだろ。可愛い婚約者のフォローしとけよ」
 ひらひらと手を振った宇髄がお前もな、と伊黒の首へ腕をまわして引きずっていき、後を追うように不死川も居間へと戻っていく。玄関先に残されたしのぶと冨岡に沈黙が下りた。何と誤魔化そうかと必死に考えているのだが、宇髄のせいで何を言っても強がりにしか聞こえなさそうで頭を抱えた。
「………。しばらく元気がなかったのはそのせいなのか」
 謝花が来てから数日の間、しのぶの様子が普段と違うことに気づいていたらしい。そんなことをわざわざ確認するのはやめてほしい。謝花につきっきりだったおかげで話もあまりできなかったし、面白くなかったのは事実ではあるのだが。
「……甘露寺さん以外の女の子と仲が良いと知らなくて」
「仲が良かったかと言われるとそうでもないと思うが……」
 一方的に突っかかってくるのを見てばかりで、不死川や伊黒と口喧嘩をしては怒っていたと高校時代を振り返るものの、結局この十日で友達にはなっているのだから充分仲が良いといえるだろう。冨岡はそもそも人を嫌うことがあまりなく、よく会話をしていれば冨岡は友人として認定する。謝花が頑張っていたところを見ていたおかげか、印象は普通から好意的なものへと変わっているようだったし。
「………。成程」
「何に納得したんですか……」
「すまない」
 何故謝ったのかと恨めしげに視線を向けると冨岡は口元を手のひらで覆い、眉尻を下げてしのぶから目を逸らすように足元へと視線を落としていた。薄っすら頬が赤く見えるのは気のせいではない気がする。
「嬉しい」
 しのぶの頬に熱が集まってくる。鏡を見なくても真っ赤になっていることがわかり、しのぶはつい俯いて顔を隠した。寡黙なくせに要らぬことまで報告しなくて良いし、何より恥ずかしくていたたまれない。心が狭い気がしてできるだけ気にしないよう努めていたのに面白くないと感じたことを喜ばれては、しのぶとしても嬉しいと感じてしまい、何ともいえない気分になった。
「もうそんなこと思いませんから」
「……そうか」
「ちょっと残念そうにしないでください」
 謝花以外の知らない女の子が来てしまったら、またしのぶの心中はそわそわして落ち着かなくなってしまうだろうが。冨岡の高校時代の知り合いなど狭霧荘にいればいくらでも会いそうではあるが、せめて女の子は謝花だけであってほしい。
「……他に女の子のお友達はいます?」
「いや。甘露寺くらいしかよく話さなかった」
 そもそも冨岡は友人が少なく、クラスメートも女子剣道部員も、業務連絡くらいの会話しかしなかったらしい。確かに甘露寺と噂が立つほどだし他の女子とは仲良くなかったのだろう。謝花は一方的に話して去っていくくらいだったと言うし。
「甘露寺さんと謝花さんだけですね。じゃあいいです」
「……俺よりお前のほうが多いんじゃないのか」
 許婚の存在を明かしたのも告白が多いからという理由だったので、しのぶは今でこそほぼなくなったが広まるまではしばらく告白は続いていた。人当たりも良いから男女問わず仲良くしたがる者は多いだろうと冨岡が言う。
「冨岡さんはやきもちなんて焼くんですか?」
「……本音を言えば面白くない」
 しのぶの心臓が大きく跳ねた。まさかそんなことを冨岡が思っているなんて夢にも思わなかった。しのぶと同じように不満を感じて妬くなんてことが、散々許婚関係をなかったことにしようとしていた冨岡にあるとは。
「だが学生の交友関係に口うるさくするつもりはない。節度ある付き合いなら」
「そ、そうじゃなくて。……私が男の子と仲良くするのは嫌なんですか」
 冨岡の言葉が保護者目線のような気がして思わず言葉をかけてしまい、言った後でしのぶは恥ずかしくなって目を逸らした。
「……そうだな。宇髄たちのように知ってたら気にならないが」
 結局冨岡もしのぶと同様、自分の知らない人間が仲良くしているところを見るのは嫌らしい。口元が緩んで妙な表情をしてしまったらしく冨岡は顔を覗き込んで不思議そうにしたものの、小さく笑みを見せて胡蝶と同じだと呟いた。
「悪かった」
「……別に。謝花さんならもういいですよ」
 もう冨岡の友人の括りに入っているのだし、しのぶももっと話してみたいと思っているし。彼女以外に女友達が現れれば、また妬いてしまうかもしれないが。妙に機嫌の良い冨岡が居間へと戻ろうとする後ろを歩き、しのぶも部屋へ足を踏み入れた。