おまけ
「あ、悲鳴嶼さん、しのぶちゃん!」
定期診察に小芭内と揃って蝶屋敷を訪れ、待ち時間に屋敷内を彷徨いていた時、庭で話している悲鳴嶼としのぶを見つけた。
文通しているカナエからは、悲鳴嶼邸に越した頃には車椅子を脱却したと書かれていたし、彼の片足には義足がつけられていた。しのぶも義手を使うから、使い方の相談をしていたのかもしれない。悲鳴嶼は何だか物凄く機嫌が良いし、しのぶは頬が赤かった。
「お加減如何ですか?」
「ああ、問題ない。鱗滝殿が鍛冶師の方々と作ってくださった義足だが、本当に生活が楽になった」
しのぶの義手も同じく、刀を打たなくなった鍛冶師の方が作らせてほしいとも言ってくれたようだ。錆兎がずっと使っている義手も新しくなっているらしい。
「冨岡は診察かね?」
「ええ、そろそろ終わる頃だと思うので迎えに行ってきますね」
止める暇もなく去っていかれたしのぶの後ろ姿に手を伸ばしてしまったが、わざわざ診察室まで迎えに行くなんて仲が良い。可愛い、ときゅんきゅんしていると、悲鳴嶼が蜜璃と小芭内に話を聞きたいと引き止めた。
「前の人の診察終わったら呼びに来てくれるから、それまでなら全然大丈夫です! ね、小芭内さん」
「ああ」
「そうか……ありがとう。二人での生活はどうだ?」
「とっても楽しいです! 小芭内さんは両目を傷つけられたけど、鏑丸くんがいれば生活も問題ないし、色々家事も手伝ってくれるし優しいので」
「そうか……不便がないかと心配していたが杞憂だったようだな。甘露寺が常に手を引いているのかと思ったが」
「あ、そ、それは、外では恥ずかしくてできませんけど」
「ふむ、家ではやっているのか。仲睦まじくて良いことだ……では食事も甘露寺が食べさせているのか……」
「ちょ、ちょっと待ってもらえないか」
「きゃあ恥ずかしい! 悲鳴嶼さんにはお見通しなのね! ……どうしたの?」
妙に焦っている小芭内が珍しく冷や汗を大量に掻いている。柱だった頃は甘露寺のやらかしで頭を痛めさせることが多かったけれど、最近はこんなに焦ることはなかったのに。
「……悲鳴嶼さん。これは、もしや……」
「うむ。惚気を聞かせてほしい」
「………!? えっ!?」
やっぱり、と小芭内が項垂れ、蜜璃は驚いて焦った。そういえば確かに惚気の自覚はなかったが、悲鳴嶼からの問いかけに答えた自分の言葉は惚気に聞こえなくもない。というより惚気としか思えない内容だ。急激に恥ずかしくなってきた。
「胡蝶が逃げたのはこれのせいか……!」
「ああ、しのぶにも聞いたんだが照れて教えてくれなくてな。あとで義勇に聞こうと思っていた」
「いやいや……」
聞きたい。蜜璃も二人が話す惚気は非常に聞いてみたい。だが今話した自分の惚気もばれてしまいそうで恥ずかしい。そういうのは二人の間で仕舞っておくものではないかと小芭内が悲鳴嶼に訴えている。
「私も色々と気を揉んだものだ……できれば幸せであることを知っておきたい」
そういえば悲鳴嶼は蜜璃に対してもひっそり頑張れと応援してくれたことがある。蜜璃自身も友であるしのぶやカナエの幸せは願っているし、教えてくれるならいくらでも聞ける。悲鳴嶼は茶化すつもりは全くなく、ただ幸せであるかどうかを知りたいのかもしれない。
「……そうよね。何でも聞いてください!」
「………! いや、悲鳴嶼さんは単に恋の話が好きなだけだぞ!」
「それはそうだが、お前たちを気にかけたことも事実だ……」
そうだったのか。
蜜璃と同じ恋の話が好きならきっと楽しいだろう。まあ殿方とそんな話をするのは少し恥ずかしくはあるのだが。
「……そういうのは聞いた本人から話すのが礼儀ではないですか?」
「……ん?」
「悲鳴嶼さんと奥方との惚気を話すのが先でしょう」
「………!」
小芭内の指摘に狼狽えた悲鳴嶼は、二の句が告げないまま珍しく焦り始めたようだった。
確かに悲鳴嶼からカナエの話を聞いたことは蜜璃はなかった。冨岡やしのぶなら聞いているかもしれないが、蜜璃がいる時には話している様子はなかったし、単純に恋の話は皆のことを聞くのが楽しいのだ。
「私、悲鳴嶼さんの恋の話を聞くのは初めてよ!」
「俺も聞きたい」
「私も聞きたいですね」
その場にいなかった二つの声が聞こえ、顔を覗かせたのは冨岡としのぶだった。蜜璃が挨拶をすると二人揃って返してくれる。元気そうでよかった。
「きよ。伊黒たちは少し遅れると言っといてくれ」
「はあい。あとで私たちにも教えてほしいです」
「あとでな。悲鳴嶼さんの惚気は悲鳴嶼さんに聞け」
「………! 義勇」
「悲鳴嶼さんが幸せかどうかを言葉で確認したいです」
「姉さんが幸せにしない道理はありませんけどね」
全てが終わって肩の荷が下りたのか、冨岡は柔らかい笑みを見せることが多くなった。しのぶも自然な笑顔を浮かべるようになって、二人が幸せなのだろうことは表情から伝わってくる。
悲鳴嶼は非常に狼狽えて少々頬が赤くなっていたけれど、諦めたのか溜息を一つ吐き、座布団に座り直した。