再会―しのぶ―

「俺は玄弥と向かうよ。救護班と合流したらすぐ無惨の元に行く」
 時透自身片腕を落とされ胸も深手を負っているが、ただ死を待つだけというわけにはいかない。足手まといにしかならないだろうが、それでもやれることはあるはずだ。
 結局三人にもかなりの傷を負わせてしまい、不甲斐ない限りだ。
 冨岡が時透を庇った気持ちは理解できている。時透とて彼らに死んでほしくはない。だが、だからといって彼らの他に誰がいるというのか。柱が揃って無惨の元に向かわなければ、きっともっと大勢の人が死んでしまう。だからこそ、時透のことなど無視して己の命のみ気にしてほしかったのに。
「片腕落としたのにやっぱり宇髄さんは凄いな。僕より怪我が少ないのもあるだろうけど」
「俺は皆凄いと思うけどな……」
 三人と別れ、時透を背負った玄弥は無限城を走った。人の気配のある場所、何か物音がする場所。鬼がいる可能性もあるが、それならそれで雑魚は片付けておかなければ他の柱の邪魔になる。無惨の元へ向かう人たちのためにもできる限り倒しておかなければならない。
「冨岡さんも、やっぱ変わった人だな……」
「確かにね。煉獄さんみたいに鬼狩り家業じゃなかったはずだし、宇髄さんも驚いてたくらいだから……」
 不死川のように憎悪に塗れていてもおかしくないはずなのに。本当に不思議な人だ。

*

 そこかしこで鬼の気配がする。
 だがカナヲを連れて向かう先には、どこを探しても上弦の鬼は出てこなかった。
「上弦ノ壱撃破ァ!」
「!」
 飛び回っていた鴉から戦闘結果が伝えられる。上弦の壱が倒されたと。
 鴉は更にその功労者を叫び、しのぶは唇を噛み締めた。
 ――生きている。
 上弦の弐を倒した悲鳴嶼と炭治郎にも安堵したものだが、義勇たちも皆無事なようだ。重傷ではあっても生きているならそれでいい。
 陸も善逸が単独で倒したという報告があったし、順調に勝ち星を挙げている。残りの上弦は肆と伍の二体だが、遭遇した報告はない。
 ただ、この先にいる鬼舞辻無惨は珠世の薬で弱体化させるとはいえ、恐らく上弦と比べ物にならないほどの強さのはずだ。しのぶが足手まといにならないとは思えない。柱の中でもしのぶはひと際力が弱いのだ。
「カナヲ」
「はい」
 突き当りに差し掛かった時、ふいに鬼の気配を感じた。カナヲに注意を促しながら刀に手をかけ、しのぶは一つ息を吸った。
「うわっ!」
「! 玄弥くんと、時透くん!?」
 曲がり角から現れたのは、鬼の気配を纏った玄弥と、彼に背負われた時透だった。上弦の壱と戦った後だということはわかるが、他の者たちはどうしたのか。
「救護班探してたんです。時透さんの怪我の具合診てもらわないと」
「あと胡蝶さんも探してた」
「私ですか?」
 カナヲに周囲の警戒を頼み、時透を下ろしてしのぶは怪我を診察した。
 荒々しく傷口を焼いてどうにか止血しているようだった。この何もない場所では満足な治療もできないのだから、血を止めるにはそれしかない。片手を落としたのはかなりの痛手だが、利き手があるだけましなのだろう。
「……他の、人たちは?」
「冨岡さんと不死川さんと宇髄さんは無惨の元に先に行ってもらったよ。宇髄さんは左手斬られたけど、不死川さんと冨岡さんは一応五体満足だよ。焼いて止血もしてる」
「……そうですか」
 よかった。強い人だから大丈夫だと思っていたいが、時透ですら左手首から先がなくなるような戦いだったのだから、義勇の身に何があってもおかしくはない。勿論命などかなぐり捨てて挑まなければならないことなのだから、腕が飛ぼうと生きている限り無惨の元へ向かうのだろうが。
「胡蝶さん。人間返りの薬はいくつある?」
「―――、」
 しのぶが不審そうにしているように見えたらしく、時透は再度口を開いた。
「さっき冨岡さんから聞いたんだ、全部は言ってないと思うけど。壱との戦闘で玄弥の体が鬼化したままなんだ」
 上弦の壱ともなると無惨の血が濃いようで、頭の中に声が聞こえてきたこともあったらしい。今はそれもなく、どうやら鬼化は薄れてきているという。
 先程の鬼の気配は確かに玄弥から漂っていた。しのぶが眉根を寄せると、玄弥は居心地が悪そうに目を逸らした。
「玄弥の体がどうなるかわからないし、その薬が効くかどうかもわからないけど、せめて予備の有無くらいは聞いておこうかと思って」
「……珠世さんが無惨に打った量では足りない可能性もあります」
 同じものを打ったところで分解されてしまえばそれまでで、量も大してありはしない。量を増やすよりも無惨だけに効く効果を確実なものにすることを優先したのだ。
 珠世と共同開発したものはしのぶと二人で持ち出している。一つだけカナエに預け、産屋敷に渡されるはずのものはあるが。
 産屋敷は囮になることを選んで薬を渡すよう言っていたというが、珠世はその中から一つだけ渡した。最初から産屋敷邸には鬼舞辻無惨を行かせない覚悟だった。
 この先の無惨との戦闘でも近づけさせるつもりはない。無事鬼の首魁を打ち倒せば、確かに一つは余るわけである。
 しのぶが藤の花から作ったものも一応あるにはあるが、どちらにしろ無惨が死ぬまで使うことはできない。
「それもわかってるよ。だから確認だけ」
「………。ええ、あります」
「そう。わかったよ」
 鬼化している時なら胴を割られてもくっつくから、と玄弥自身は薬を使う気にはなっていないようだった。それも体に影響を及ぼして本物の鬼になってしまったらどうするのかと怒ったが、玄弥はもう覚悟しているのか動じることがなかった。
「兄ちゃんを……守りたいんです。そのためなら俺は鬼になったっていい」
「………。そんなの、不死川さんが喜ぶわけないでしょう」
「それもわかってますけど……」
 自分の身などどうでもいいくらいに助けたい人がいる。身を差し出さなければ勝てない相手がいる、どれほど醜い姿になろうと守りたいものがあると玄弥はわかっているのだ。その気持ちはしのぶにはよく理解できる。
 この身を差し出してでも成し遂げなければならないことがある。それが今この時なのだ。
「壱で何とかなったんだし、それより下の数字の鬼ならまだ影響はましなんじゃないかと思うんです」
「憶測で試せるようなことではありません」
「う」
「まあ、そりゃそうだよ。僕もあんまり鬼喰いはしてほしくないなあ。玄弥が玄弥じゃなくなったら嫌だ」
「………」
 時透の言葉に驚いたように目を向けた玄弥は、しばらく黙り込んだあとに小さく頷いた。
 どうやら彼らの間で友情のようなものが芽生えているようだった。説得するつもりなどなかっただろう時透の小さな呟きが、すとんと玄弥の胸に届いたのだろう。よかった。
「それにしても、胡蝶さんて冨岡さんから全幅の信頼置かれてるよね。さっきちょっと驚いちゃった。宇髄さんは普通だったから、たぶん僕が記憶なかったから気づかなかったんだよね」
「……付き合いが長いだけですよ」
 義勇からの全幅の信頼が向けられるのは悲鳴嶼くらいのものだ。
 しのぶは悲鳴嶼や義勇のように強くも何ともない。毒や呼吸のことで一目置かれていることはわかっているし必要とされていることも理解しているが、やはり悲鳴嶼に向けるものとは少し違う。
 悲鳴嶼は柱の中でも年長者で、最古参で、何より義勇とはしのぶたちよりも長い付き合いだ。あれほどの人がそばにいたら、頼りたくなるのも当然である。それはもう仕方ないとは思っている。思っているけれど。