邂逅—珠世—

 炭治郎の話は鬼殺隊士ならばまるで荒唐無稽だと笑ってしまいそうなおとぎ話のようだった。
 だが、すでにカナエは起きている禰豆子と会い、幼い子供のような仕草で人と触れ合う鬼を見ている。
 カナエがずっと求めていた理性のある鬼。人を食い物ではなく他者として見てくれる鬼。更には医者として人を助けている鬼がいるというのだ。
 カナエが求めた共存の糸口。鬼を人に戻すための手段を探してくれているという。
「私を会わせて」
 無意識に言葉を口にしたが、炭治郎はわかっていたかのように表情を変えることはなかった。
「私なら同じ医療従事者として、医学的観点で話ができるかもしれない。それに、鬼と対話ができるなら私は話してみたい」
 カナエが対峙してきた鬼は、皆人を食糧としてしか見なかった。あの上弦の弐は喰わずに人をそばに置こうとする理性はあったけれど、それは人を人として見ていたからではない。
「……義勇くんには話してるのね?」
「義勇さんがカナエさんに話をしろと仰ったんです。それで、珠世さんと俺で判断して決めてほしいと言われました」
 義勇はカナエと炭治郎の判断を信じているのだろう。
 そしてその珠世という鬼は、炭治郎がカナエに話すことを許している。恐らく会うことも覚悟しているはずだ。でなければカナエに存在をばらすことはしないだろう。
「あの時の……そう。じゃあすぐにでも日取りを決めてほしいわ。しのぶとアオイには少し忙しくさせるけれど、いつでも時間を空けるから」
「はい。わかりました」
「ありがとう、炭治郎くん」
 いくら師である義勇が言ったからといって、カナエ自身を信じてもらえなければ、炭治郎とて珠世のことを話したりはしなかっただろう。楽しみで仕方ないカナエの心情が伝わったのか、炭治郎は少し困った顔をしてから、嬉しそうに笑みをカナエへ向けた。

「カナエさんと珠世さんのところに行ってきます」
「そうか」
 少しでも誤魔化しが利くように、隊服は脱いで姉弟のふりをしていくらしい。道中、鬼に襲われた時のために日輪刀は隠して持っていくという。潜入任務とそう変わりない。
 ――珠世さんについては、義勇の判断で対処を頼むね。
 疑問を抱えたあの時の柱合会議の後、産屋敷は義勇と悲鳴嶼に私室へ来るよう呼び出し、一つ頼みという名の指令を下した。
 禰豆子をその目で確認してから産屋敷は、どこか今までとは違うことをしているように見えた。だから義勇にもあのようなことを言ったのだろう。
「珠世とは一体……」
「うん、古い当主の手記にあった名前だが、私も会ったことはない。私では協力を仰ぐのは難しいだろうけれど、炭治郎になら力を貸してくれるだろう」
 産屋敷のみが知る情報は多いだろうが、彼すら会ったことがないという謎の人物に義勇は眉根を寄せた。
 当主の手記に書いていたというのなら、十中八九鬼殺隊と鬼に関係する者だ。いつの時代の当主が書き残していたのかはわからないが、その書き記した名を本人の名前だと産屋敷は確信している。
 憶測でしかないが、恐らくその珠世という者の正体は。
「そのための助力を義勇、きみに頼みたい。炭治郎の力になってあげてくれるかい」
「……ですが、俺は」
「禰豆子を連れてきた義勇にしか頼めないことだよ」
 確かに、他の柱であればまず受けることも拒否するような指令だ。珠世が本当に鬼であったとしたら、悲鳴嶼でも躊躇するようなことだろう。
 炭治郎とともにその珠世という者の元へ行く。それは構わないが、義勇よりも適任だろう者がいることを知っていた。
「……頸を狙うのではなく説得という形なら、俺より適任がいます」
「……そう。義勇がそう考えるならそうしてくれるかい。一人で全ては難しいから、協力者を作るのは構わないよ。私は義勇の判断に任せたい。行冥はどうかな」
「私もそれが一番かと」
 その信頼は義勇にとってこの上なく名誉なことではあるが、身の丈に合わないものだといつも思う。
 それでも義勇は頷くしかない。禰豆子を見逃したことが産屋敷への最大の仇とならないよう、命を懸けるしかできないのだ。

 鬼だということを予想してはいたが、想定していた以上に珠世は人間らしい鬼であるようだった。
 人を喰うどころか、人を助けるような鬼。自身を改造し提供された血を飲んで人を喰わずに済ませているのだという。
 相当数の人を喰った匂い自体はしていても、現在は人を喰っていないらしい。禰豆子以外に人を喰わない鬼がいるとは思わなかった。炭治郎の報告のとおりならば正確には喰わなくなった、なのだろうが。
 炭治郎が引き寄せるのか、それとも運命や時というものが時期に向かって絡まり合って手繰り寄せているのか。義勇が柱となって約五年経つが、少しもそんな鬼がいるなどという情報はなかったはずだった。
 産屋敷は予想していたのだろうか。禰豆子の存在が明るみになってから全てを。
 カナエは義勇の意図をしかと読み解き汲んだ上で、自分が望んでいたものに会うために炭治郎とともに珠世の元へと向かう。
 道中何もないことを祈りつつ、義勇は炭治郎たちの背中を見送った。

*

「その方が禰豆子さんを斬らなかった鬼狩りの方でしょうか」
「あ、いえ。俺と禰豆子を助けてくれたのは別の人です。ただカナエさんは医者なので、珠世さんと協力してできることがあるんじゃないかと」
 炭治郎が連れてきた女性の目は、殺意も敵意もなく、ただ静かに珠世へと向けられていた。
 鬼に向けるべき視線が炭治郎以外の鬼狩りから感じられない。何かあればすぐにでも行方を眩ませられるように血鬼術を使えるようにはしていたが、珠世はそんな気分にはならなかった。
「一つ聞きたいことがあります」
 胡蝶カナエと名乗った女性は、静かな声のまま珠世へと声をかけた。愈史郎は静かにしているが、カナエが何か妙な動きをすればすぐに飛び出す用意があるようで、珠世は愈史郎を気にしつつ質問を待った。
「あなたは人をどう思ってますか?」
「………」
 カナエが聞きたいことを恐らく珠世は勘違いすることなく理解できていると思う。
 人をどう扱うのか、食糧として見ているか否か。はっきりそう口にはしないが、疑惑を持つのは仕方ないことだろう。愈史郎が苛立ったように舌打ちをした。
「……協力者です。私たちへ血を提供してもらっているから、我々は人を襲わずに済んでいる」
「あの! 俺鼻が利くんで嘘とかわかるんですけど、珠世さんは嘘を吐いてなくて、」
「疑ってないわよ」
 笑みを潜めた彼女の表情は消えていたのに、珠世にはどこか泣きそうにも見えた。
「彼女の口から聞きたかっただけ。嘘を吐いてないこともわかるわ」
「―――」
「私は医者としてはまだまだです。禰豆子ちゃんを人に戻すなんて発想すらなかった。……あなたと協力できるなら、私にできることがあるならやるわ。大丈夫、居場所についても口外はしません。ここでずっと過ごす……のは無理だけど、そうね……ここから蝶屋敷に通ってもいい」
「いいえ、そこまでは結構です。……ありがとう」
 愈史郎が文句を口にする前に珠世はカナエへ礼を告げた。
 彼女は珠世を信用してくれている。鬼がどれほど人を喰い葬ってきたのかを恐らくは見てきただろうに、珠世という個人を見てくれる。
 禰豆子は珠世と愈史郎を人だと認識してくれた。カナエは珠世を鬼だと認識しているけれど、珠世と対話を望んでくれた。
「お礼なら炭治郎くんと、禰豆子ちゃんを見逃した隊士にしてください。……私には、見つけられなかったもの」
 人と、鬼を狩る者と協力することが、あの時以来本当にあると思ってはいなかった。鬼殺隊と手を組むことは、珠世が鬼である限り難しいことだと思っていた。
 あの男と約束を交わしてから、もう何百年になるだろうか。時代が巡り、人は変わっていったのだろうか。それとも珠世が変わったのか。
 ただ一つ変わらないのは、鬼舞辻無惨をこの世から滅殺したいと願う気持ちだけだったのかもしれない。

「……おかえり」
「はい、ただいま戻りました!」
「義勇くん!」
 珠世とのことは完全に機密任務だ。この件について義勇はカナエと炭治郎に一任するとは言っていたが、報告も指示も義勇を責任者とするよう産屋敷は指令を下したという。さすがに蝶屋敷は人の出入りも多く大っぴらに話すわけにもいかないので、義勇の屋敷で報告という形に収まった。
 そして出迎えてくれた義勇に挨拶をした時、カナエは義勇へ思いきり抱き着いた。
 わあ、熱烈だ。炭治郎が照れてどうすればいいかを悩んでいると、義勇はさっぱり顔色が変わらないままカナエと炭治郎を部屋へと促した。背中に張り付きながら歩くカナエが嬉しそうで、楽しそうな匂いも醸していた。
「いい加減離れろ。茶が淹れられない」
「私が淹れるわ! 義勇くんにはもう感謝してもし足りないのよ」
「……俺、お邪魔でしたね」
 ようやく離れたカナエを見送り、炭治郎は小さく義勇へと声をかけた。任務報告なのだから邪魔などと考えるのがおかしいのだが、先程の様子を見てしまうとつい口にしてしまった。
「何が?」
 ことりと首を傾げた義勇に、炭治郎は妙に違和感を抱いた。
 何だか嬉しそうな匂いがする。普段より強く感じる。
 静穏さを感じる匂いの奥に優しい匂いがあることはいつも感じていたけれど、これほど嬉しそうな匂いを義勇から嗅いだことがなかった。何というか、伊之助の言葉を借りればホワホワした匂いだと思う。
「義勇さん、今日良いことありました?」
 つい気になって問いかけたが、義勇は少し考え込むように目を逸らした。本人も機嫌が良い自覚はなかったのかもしれない。
「……“珠世さん”との話は滞りなく済んだんだろう」
「あ、はい。わかりましたか」
 書き終えていた報告書を懐から取り出して渡すと、義勇は受け取り、音を立てて広げて読み始めた。
「カナエがいつも以上に嬉しそうだ」
 それでわかったのか。昔馴染みだとは聞いていたが、匂いではなくカナエの表情や様子ですぐに気づいたらしい。確かに炭治郎の目から見ても浮かれているようだったけれど、何だかそれも少し照れてしまうような話だ。
「お待たせ。あ、もう報告書渡したのね」
 部屋に戻ってきたカナエが湯呑みを卓に置き、義勇が報告書に目を通し終えた頃を見計らい、カナエは畳に手をつき義勇に向かって深く頭を下げた。
「私を向かわせてくださりありがとうございます」
 炭治郎が驚いて凝視するそばで、義勇はただカナエの旋毛を眺めて黙っていた。
 ――見つけられなかった。
 珠世との会話の際、カナエはそう寂しそうに口にしていたのを炭治郎は思い出した。
 珠世のことを見つけられなかったと言っているのだとは思っていたが、それはカナエにとって、炭治郎が思うより大切なことだったのだろう。義勇から頭を上げたカナエは、炭治郎に向き直って同様に畳へ額を擦りつけた。
「えっ、俺そんな」
「私はずっと、ずっと探してたけど……どこにも珠世さんのような鬼も、禰豆子ちゃんのような鬼も見つけられなかった。諦めてしまいそうだった」
 鬼を憐れむことも、人を死なせてしまうことも。それはカナエのせいではなく、カナエがやらなければならないことでもない。それでもずっと人を人として見てくれる鬼を探していたのだという。
 義勇の行動が鬼狩りとして有り得ないことだというのは理解していたけれど、カナエの考えもまた異質だということだろう。
「炭治郎くんなら……鬼を救うこともできるかもしれないわね」
 泣きそうな笑みで炭治郎の手を握り、カナエはもう一度ありがとうと口にした。その様子を眺めていた義勇の口元が、ふと視界の隅で緩んだように見えた。
「……そういえば羊羹を貰った」
「あら、良いわね!」
 持ってくると呟いて立ち上がった義勇が部屋を出ていき、カナエは湯呑みへ手を伸ばすために炭治郎から離れた。色々驚くことがあったが、とりあえず炭治郎は廊下へ視線を向けながらカナエへ問いかけた。
「今義勇さん、笑ったような気がしたんですが」
「そうね、義勇くんも普通に笑うわよ。でも確かに滅多に笑わなくなったなあ、何年か前まではたまに見たけど」
「そうなんですね……俺見たことがなかったので」
 まだまだ心を開いてくれてはいないのかもしれない。少し残念に思いながら湯呑みを傾けていると、炭治郎の様子にカナエは楽しげに笑っていた。
「炭治郎くんの前では余計かもねえ。強くなってもらうのが第一目的だったし、師匠だから変なところ見せられないと思うのよ」
「………? 義勇さんの変なところなんてありませんけど」
 笑う余裕がなかったのではないかともカナエは言ったが、色々と不思議な話である。
 義勇に余裕がないなど炭治郎は感じたことがない。匂いも殆ど一定で、たまに驚いたり困ったりしているようなことがあるだけだった。動揺を見せないようにしていたのだということはわかるが。
「そうかな? 観察してるとわかるようになるかも」
「うーん、義勇さんは凄い人なので……あ、でも今日は本当に嬉しそうな匂いです。カナエさんが嬉しそうだからと言ってましたけど」
 普段は匂いからすら静けさを感じるようなくらいなのに、今日はそれより感情が先に炭治郎の鼻に届く。
 人の強さも匂いでわかる炭治郎には、義勇の人となりがどんな人なのか、口数は少なくとも何となく気づいていた。
「その鼻は随分狡いわねえ。羨ましがる子がいるんじゃないかしら」
「狡いですか?」
「ええ。昔馴染みだから私たちはわかるけれど、隊士は上辺しかわからないでしょ。だからあんまり人柄が伝わらないのよねえ。……いや、女の子には割と人気があるからそうでもないかも……」
「あ、そうなんですね。確かに義勇さんは目元が涼しげで……いや、でもカナエさんとお似合いなので、気にしなくてもいいと思います」
「………、ん? どういうこと?」
 考え込みかけていたカナエがふと炭治郎へ目を向け、どういうことかと問いかけた。
 どういうも何も、炭治郎は思ったことを口にしただけである。義勇とカナエが並ぶと非常に絵になると思ったから伝えただけだった。
「えっと、義勇さんとカナエさんはそういう仲なのかと」
「そんなこと初めて言われたわー。違うわよ、昔馴染みでよく知ってるだけなの。大体私好きな人が、」
「あ、そうなんですか」
 義勇より好きな人がいるのか。炭治郎にとっては義勇以上に格好良くて頼りになる人はいない。これから出会う可能性もあるだろうが、それでもやっぱり義勇が凄い人なので、なかなか見つからないだろうと思っている。そんな人よりも好きな人がカナエにはいるらしい。
 口が滑ったと照れたように笑う姿があまりに綺麗で、炭治郎の心臓はどぎまぎと落ち着かなかった。
「炭治郎くんには教えようかなあ。私の好きな人」
 誰にも内緒だと口にして、カナエは炭治郎の耳元である人物の名前を呼んだ。
 ああ、成程。確かに義勇も彼を心から信頼している様子だった。炭治郎自身は殺されかけたこともあるが、彼は炭治郎と禰豆子に命を懸けてくれている。
「……成程、それは確かに」
「でしょ? 可愛いのよ、あ、だ、大丈夫? 炭治郎くん」
「え」
 鼻の下に液体が伝う感覚。鼻血が出ていると慌てたカナエが手荷物を探りちり紙を取り出して、炭治郎の鼻を押さえた。物凄い至近距離だった。
「………。お前はあれだ。魔性だな」
「えっ? な、何よそれ」
「うわっ、ぎ、義勇さん!」
 盆を持って現れた義勇の目が呆れている。疑問符を浮かべるカナエと、焦りながらもカナエが近くて照れてしまっている炭治郎がいて、義勇は炭治郎が鼻血を出した理由を察したのだろう。魔性などと言われたカナエは首を傾げていたが。
「蝶屋敷にいると噂をよく聞く」
「何の?」
「カナエに恋慕する隊士が多いらしい。炭治郎もやられたか」
「いやっ、そういうわけじゃ」
「やられたって、手とか当たっちゃった?」
 何も当たっていない。いや、当たったといえば当たったのだが、痛かったとかそういうのではないのだ。

*

 まさか本当に、産屋敷の私邸だとは思わなかった。
 罠である可能性も、そこで殺される可能性もあったわけだが、珠世は人語を操る鴉に言われるがまま指定された場所に訪れた。愈史郎は先程まで必死に嫌がっていたが、何かあれば相手を殺すと珠世に言うのでこちらが窘めるような有様であった。
「ありがとう来てくれて。すまないね、支えられなければ歩くのも難しいんだ」
 鬼殺隊頭目、産屋敷家当主。その斜め後ろに控えるように、長髪を一つに纏めた男が佇んでいる。
 恐らくは柱。刀は持っておらずとも、隊服を纏い醸す空気は隊士の中でも明らかに別格だ。愈史郎の警戒が強くなった。
 産屋敷を支えていた女性は彼を座らせると一礼してその場を後にし、出ていった彼女を妻であると一言紹介した。
「……目的は何でしょう」
 炭治郎とカナエと話した時点ですでに協力関係は出来上がっている状況なのだから、珠世を呼び出すなどとわざわざ危険を呼び込むようなことをせずとも良いはずだ。
「当主としてしなければならないことをしようと思ってね」
 産屋敷はそう言うと姿勢を正し、畳へ額を擦りつけるように頭を下げた。それに倣うように鬼狩りであるはずの男もまた頭を下げる。
 驚いたのは珠世だけではなく、敵意剥き出しだった愈史郎も呆気にとられてしまっていた。
「敵は同じとはいえ、鬼狩りの巣窟である鬼殺隊に協力し、更には足を運んでくださったこと、深くお礼申し上げます」
「………、」
「本来ならば私自身が交渉し頼み込まねばならなかったことだ。こうして協力してくださるのだから、当主として挨拶はしておきたかったんだ。本当にありがとう」
 鬼狩りの頭目が、鬼狩り自身が鬼に頭を下げるなど、恐らくあってはならないことだろうに、これ以上の屈辱はないだろうに、産屋敷は気にした様子もなく感謝を述べた。後ろに控える男もまた、殺意も敵意もないままだった。
 読めない男だ。珠世に感謝していることは確かなのだろうが、頭を下げる必要があったかどうか。
 恐らくは誠意ということなのだろうが、産屋敷の手足となっている鬼狩りにまで頭を下げさせるとは。
「それから、紹介をしておかなくてはならないと思ってね。彼は珠世さんとの協力を結ぶために結成した特務隊の責任者として、私の代わりに働いてくれているんだ」
「………」
「禰豆子を見逃した鬼狩りはこの子だよ」
「………!」
 カナエを珠世の元に向かわせたのもこの男。珠世との交渉を炭治郎に任せたのも。
 ――長い髪を一つに纏めた、涼しげな目元の方です。
 この男が、炭治郎が言っていた、禰豆子を殺さなかった鬼狩り。
 ふいに鬼狩りの視線が珠世に向けられ目が合った時、脳裏に彷彿としたものがあった。
 似ている。
 あの時会ったあの男に、雰囲気が。
「……私が裏切る可能性も考えたでしょうに」
「どうかな。あなたは思慮深い人だからね。……ずっと、どんな人なのか興味があった。会えてよかったよ」
 人。珠世を人だと産屋敷は言った。
 鬼でありながら人の真似事をしていたことが無駄ではなかったような気がして、珠世は唇を噛んで眉根を寄せた。