炎柱の継子
「頼もう! 今日は紹介したい人を連れてきた!」
「縁談相手か?」
「違う! 俺の継子だ!」
悲鳴を上げてしまいそうになった蜜璃は両手を頬に当て、連れてこられた屋敷の玄関にいた男性にどきりとした。
表情はあまり変わらないけれど、煉獄とはまた違う整った顔立ちが素敵な殿方だ。口にした内容には慌ててしまったが。
「悲鳴嶼さんが、街で煉獄が若い娘を連れていたと言ってた。決まったのかと」
「違う違う! そういうんじゃない、冨岡! きみそういう話に興味があったのか!?」
「いや、うきうきしてたから……」
ちらりと涼しげな目が蜜璃へと向けられ、またもどきりと心臓が跳ねた。
師事している煉獄には慣れたものの、やはり見知らぬ殿方と顔を合わせるのはどきどきする。鬼殺隊に入隊してからというもの、任務で会う隊士は男性が多いというのに。
「彼は冨岡、水柱だ。冨岡、彼女が俺の継子になった甘露寺だ」
「甘露寺蜜璃です! 階級はまだ辛ですが、よ、よろしくお願いします!」
「……よろしく」
煉獄と同じ柱の殿方。煉獄を見た時も思ったが、蜜璃とそう変わらない歳なのに階級は最高位ということが凄い。蜜璃よりも強い人が鬼殺隊には沢山いて、色んな人に会う度ときめいてしまっていた。そして何より、安堵してしまう。
「蝶屋敷は治療目的もあるが、柱はその治療の手伝いに行くことがある。俺もそのうちの一人だ。彼ともう一人、岩柱は俺より頻度が多い」
「そうなんですか? 決まりがあるんでしょうか」
「別に。最近は減らした」
「そう、冨岡は今忙しく手伝いの頻度を減らしたらしい。減ってるようには思えんが!」
「それはお前が俺のいる時に来るからだ」
「成程、俺の来る時とかち合っているわけか!」
気心知れたやり取りが仲の良さを蜜璃に教えてきて、つい可愛いと微笑ましく見てしまっていた。話すなら中に入れと彼は促し、蜜璃は物珍しく屋敷内を見渡しながら客間へと向かう煉獄の後を追った。
「冨岡は俺が駆け出しだった頃にはもう柱だったんだが、初対面では階級を教えてもらえず非常に失礼な態度を取ってしまった過去がある!」
「え! 師範が駆け出しの頃に!? 確か師範は十四の頃に入隊したんですよね」
煉獄の駆け出しだった頃は見てみたかったものだ。精悍な煉獄も若い頃はきっと可愛かったのだろうと思いを馳せつつ、煉獄より先に冨岡は柱になっていた先輩だという事実にも驚いた。見た目はそう歳も離れていないと思うのに、きっと蜜璃が及びもつかないほど強いのだろう。
「冨岡は俺の一つ上だが、最終選別に行ったのは幾つだった?」
「覚えてない」
「錆兎が十三の時だと言ってたことがあるから、それより前だな。十二かそこらだっただろう」
「十二!? え、き、鬼殺隊ってそんな子供でも入れるんですね!?」
「………」
誤魔化そうとして覚えていないと言ったのかはわからなかったが、冨岡の唇が少しばかりむすりとしたように見えた。煉獄が楽しげに笑っているのでただの掛け合いのようなものだったのかもしれない。冨岡が何を考えているのかまでは、いまいち表情から読み取れなかった。蜜璃はすぐに顔に出るし冷静さも足りないので、何だか凄いとぼんやり考えた。
「鬼殺隊は年齢や性別で振り落とすようなことはない。鬼を倒したいと思う者であれば、もっと別の思いだとしても、選別を生き抜いた者全てを受け入れてくれるからな。きみが良い例だ」
「そう、ですね」
そうだった。人とは違った蜜璃の力を必要としてくれる鬼殺隊に入り、煉獄はそれを更に伸ばそうとして稽古をつけてくれる。柱から見れば蜜璃など特別強いというわけではないことを知ったのだ。
柱は蜜璃より強く、きっと隊士たちを幾度も守ってきたのだろう。若かろうと女だろうと、強い者が人を守るのは当然のことだ。
だから蜜璃は自分を守ってくれる人を探しに来たのである。
「どうした冨岡」
「………。いや、」
蜜璃へ目を向け、少し不思議な表情を見せた冨岡に煉獄は問いかけた。言うのを逡巡していたようだが、煉獄が促すと冨岡はようやく口を開いた。
「……鬼殺隊に入った理由は鬼を倒す以外のことなのか」
「あ、私ですか? はいっ、あの、私昔から力が強くて、怖がられることが多くて。髪の色も変だし……鬼殺隊なら力が強くても受け入れてくれると知って、あと私と仲良くしてくれる方を探しに来ました」
添い遂げる殿方を探しに来たと煉獄には伝えているが、さすがに会ったばかりの柱の殿方に伝えるのは勇気がいる。
蜜璃が探しているのは自分より強くて守ってくれる人だ。柱は蜜璃より強い人ばかりなのだから、添い遂げたい殿方は柱の中にいるかもしれないのだ。それが冨岡かもしれないし、煉獄かもしれない。
添い遂げる殿方を探しに来た。自分が柱になれば胸を張って言える気がする。だから今は内密にしておいたのだ。まあ師範である煉獄には教えているが。
「失礼します」
「ああ、胡蝶自ら淹れてくれたのか、すまない」
「いいえ。アオイは今手が離せませんから」
「………!?」
お盆を持って現れたのは女の子だった。
蜜璃は今まで女の子の隊士に会ったことがなかった。蝶屋敷には女隊士もいると聞いて今日は期待してきたのだが。
「俺の継子だ、甘露寺蜜璃。彼女は蟲柱の胡蝶しのぶだ」
「へっ。は、柱ってこんな可愛い子もいるんですね!?」
少し勝ち気そうな印象を受けるが、小柄で女の子らしく可愛い。こんな子が柱だとは。もしや蜜璃のように力が強かったりするのだろうか。
きょとんとした顔を一瞬した女の子は瞬いた後、少しばかり照れたように笑みを見せてくれた。
「畏まらずに気安く話してくださいね。煉獄さんに言い辛いこととかもお聞きします。うちは女の子が多いですから、相談とかも色々受けますし」
蜜璃はまだ辛だが、胡蝶は気さくに接してくれる。柱は恐いと言っている隊士もいたけれど、蜜璃が会った者たちは皆優しそうだ。冨岡は表情が読めないが、穏やかそうな人だと思うし。
しかし、驚いたものの蜜璃は他にも聞きたいことができていた。そわそわしながら口を開いた。
「えっと、じゃあ……そのぉ、それって男物とかではないんですか……?」
蜜璃が胡蝶に話しかけた瞬間、彼女の空気がぴしりと凍ったような気がした。
冨岡が胡蝶へちらりと視線を向ける。何だか戸惑っているような気がした。煉獄はいつもどおりだったが。
「……一応聞きますね。それとは?」
「ええと、蟲柱様の隊服が師範や水柱様と同じなので、男物を着てるのかなって思ったんですけど」
何だか恥ずかしくなってきた。よく見れば釦の色が違うし、もしかして柱は皆一律でこの隊服なのかもしれない。そう思ったのだが、そんな声が出るのかと驚いてしまうほどの低い声で胡蝶は呟いた。
「またあいつですね。いいでしょう、私から絞り上げておきます」
「何の話だ?」
煉獄が首を傾げて問いかけると、大きな溜息とともに胡蝶が話し始めた。物凄く機嫌が悪そうで、蜜璃は戦々恐々としていたが。
「縫製係の前田です。女にはこうしてふざけた隊服を渡すんですよ。姉は別の担当だったと言ってたのでなかったようですけど、私もありましたので」
「……交換したのか」
「目の前で燃やしました。そしたら別の方が急いで持ってきてくれましたね」
冨岡は一つ質問し、不機嫌そうに答えた胡蝶を見た後ぼんやりと視線を仰ぎ、やがてそうかと呟いて目を瞑った。
そう、彼ら柱と蜜璃の隊服は形が違っていた。男性の隊士は皆詰襟の隊服なのだろうと勝手に思っていたのだが、胡蝶ですら同じ形の隊服なのである。
蜜璃の隊服は大きく胸元が開いていて、更に下半身も脚が思いきり露出している。女の子の隊士に会うことがないまま今日まで来たので、皆同じだと考え、恥ずかしいのを堪えてこれを着ていたのだ。
「じろじろ見てないでしょうね」
「……見てない」
「あられもないとは思ってたが!」
「し、師範!」
蜜璃の隊服について感想を述べられたことが非常に恥ずかしい。顔が熱い。明らかに真っ赤になっているのを自覚したし汗が止まらない。恥ずかしい。
「はあ……そうですか。やはり同性でないと気が向かないのでしょうね」
「というか、好きで着てるのかと思ってたな。指摘するのも失礼かと」
「ああ、気を遣った結果ですか。それで、どうします? よければマッチと油貸しますよ」
「えっ!」
過激だ。こんな楚々とした可愛い女の子が火をつけようと笑っている。今まで出会ったことのない女の子に蜜璃の胸がときめいてしまった。
「あ、ええと、さすがにそれは……一応作ってくれたものですし、破けてから作り直してもらう時に皆さんと同じのを頼むことにします」
「そうですか? あれは単に女を辱めたいだけなので、気遣わなくても大丈夫ですけどね。まあでも、何かあれば蝶屋敷にいらしてください。煉獄さんの気がまわらないことも仰ってくださればお聞きしますから。柱の皆さんはこちらによくいらっしゃるので、用事や言付けもできますし」
「あ、はいっ! ありがとうございます!」
「助かる! ああそれと、こっちが本題だ。稽古に彼女も連れてこようと思ってるが良いだろうか」
ここに来る前に少し聞いていたのは、柱が集まって鍛錬をしているということだった。冨岡と胡蝶たちがやっていた鍛錬に、いつの間にか柱がどんどん参加するようになっているという。煉獄は数年前から参加しており、古株の域に入るのだとか。
「好きにしろ。お前は最初から押し掛けてきた」
「うむ、確かに! しかし冨岡たちの稽古を受けたい者もいるだろうからな」
「直談判しにきたのは柱以外では煉獄さんくらいでしたね。義務付けようとしても駄目でしたし」
「そうだったか? ついていけないとかいう噂があるという話は聞いたな。まあ甘露寺なら大丈夫だ!」
「はいっ! 頑張ります!」
返事をした蜜璃に胡蝶が見せた柔らかい笑みに思わず目を奪われ、蜜璃はときめく胸を抑える羽目になった。可愛過ぎる。こんな子が鬼殺隊で一番強い柱だなんて凄い。
「湯呑み」
「む。ああ、いや、持っていこう。うむ、気が利かなかったな!」
「別に」
「すみませんね、ありがとうございます」
何だか蜜璃以外の皆が不思議なやり取りをして、煉獄は湯呑みを手に立ち上がり、道場にいると言い残して冨岡とともに客間を出ていった。
「他にお困りのことはありますか?」
「あ、ええと……うーん。困ってはないんですけど、お話がしたいです。あっ、お忙しいならいいんですけど」
きょとりと目を丸くした胡蝶は怒っていたのが嘘のように蜜璃に柔らかい笑みを向け、少しの間ならと会話を許してくれた。
*
「あっ、こんにちは! お怪我ですか、お薬の補充ですか!?」
蝶屋敷の玄関で掃き掃除をしていた娘がこちらに気づき、朗らかに話しかけてきた。
そこまではいい。どちらでもないが質問に怒るような要素は一つとしてない。だが不死川は思わず顔を歪めてひくりと口元を痙攣させた。
何だこの女は。見たことのない女が我が物顔で蝶屋敷の掃除をしている。隣に立つ伊黒も衝撃で固まっていた。
「甘露寺、そろそろ交代だと、ああ、もう来てたんだな! 丁度いい、ここで自己紹介してしまおう!」
「はい! 炎柱様の継子の甘露寺蜜璃と申します! 階級は辛です! 蝶屋敷のお手伝いを私もさせていただくことになりました! よろしくお願いします!」
顔を出した煉獄の言葉の後、女は溌剌と自己紹介をした。
炎柱の継子。煉獄の継子だ。代々柱を輩出する由緒ある家系の煉獄家の嫡男、炎柱の継子がこんな訳のわからない女だという。不死川はしばし思考が固まった。
「こっちは風柱の不死川、彼が蛇柱の伊黒だ」
「風柱様と蛇柱様ですね、よろしくお願いします!」
「む、どうした不死川!」
一先ず動かせた腕を煉獄に伸ばし、肩を掴んでその場から少し離れた。普段なら出すこともない小さな声で、不死川は煉獄に問いかけた。
「……何だァあの破廉恥女は」
「だから継子だ。良い子だぞ」
煉獄が継子にするくらいなのだし、話している様子は確かに根は悪くはないのだろうとは思っている。思ってはいるが。
惜しげもなく胸元を晒して、袴でも履き忘れたのかというほどの短い丈から脚が丸々出ている。まるで情事の最中に飛び出してきたような卑猥さだ。あんな格好の女が外にいてたまるかと脳が拒否しているのだ。
「あんなんで鬼殺が務まるかってんだよォ。何つう格好させてんだァ」
「いや、うん。俺も思ったことはあるが、きみに言われるのは何か納得いかないな! 惜しげもなく胸元を晒しているわけだし!」
「俺をそこの破廉恥女と一緒にすんじゃねェよ!」
「は、破廉恥っ!?」
つい声を荒げてしまい、不死川の声が玄関の破廉恥女に聞こえてしまったらしく、振り向くと真っ赤な顔が不死川を驚いたように見つめていた。聞かせるつもりはなかったので悪いと思いつつ、何で驚いているのか首を傾げそうになった。
「こ、こ、これが正しい女性の隊服だって言われたので着てるんです!」
「なわけねェだろ馬鹿かてめェは!? ちったァ疑えェ!」
「ううっ、それは、そのぉ」
「……おい、そこまでにしておけ。初対面で怒鳴りつけるのはどうかと思うぞ。甘露寺といったな、不死川がすまない」
「はァ!? あ、いや、悪ィ、確かに言い過ぎたわァ」
お前こそ初対面でネチネチ説教かますくせに。
伊黒の言葉に思わず言い返しそうになったが、我に返ってみれば確かに、初対面の女に対して大層な剣幕でがなり立ててしまっていた。よく聞いてみれば破廉恥なのは自分の趣味というわけでもないらしいので、甘露寺に怒っても意味がない。怒るならばこのふざけた隊服を渡した奴だ。
「大体、煉獄が言っただろう。破廉恥などと言うならお前だって破廉恥だ。女性の前でそんな胸元を晒して恥ずかしいと思わんのか」
「俺と女は違うだろうよォ」
どう考えても。何故矛先がこちらに来たのか理解に苦しむが、女に恥をかかせたような状況だったし、それで気が済むなら好きにすればいい。そうは思うが。
怒鳴ってしまった甘露寺ならともかく、何故伊黒に言われなければならないのだろうか。
「あ、いえ、大丈夫です! 私も疑問を持てばよかったんですけど……貰っちゃったのでとりあえず、着られなくなるまで着ようと思って。脚はちょっと冬は寒そうだなって思ってるんですけど」
視線がつい脚に向けて動いてしまったのは仕方ないと思うし、その前に視界に入った胸元で一瞬止まったのも仕方ないと思う。人の言うことを鵜呑みにした馬鹿女ではあるが、不死川の目も男だったようだ。一瞬で逸らしたので許してほしいところである。
「何か考えないといかんな! 胡蝶に相談すると良い」
「そうですね! しのぶちゃん……蟲柱様は凄く気にかけてくださるし、歳も近いのでもっと仲良くなりたいです!」
「すでに仲良さそうだがな! 今日はもう終わりだから、時間があるようなら世間話でも楽しんでいくと良い!」
「はい、蛇柱様たちと交代ですね。お疲れ様でした! 頑張ってくださいね!」
「ああ……ありがとう」
「さっきは悪かったなァ」
気にしていないと笑みを向けてくれた甘露寺と煉獄を玄関に残し、不死川は伊黒とともに蝶屋敷へと足を踏み入れた。
「いたたたっ! 痛い痛い! へ、蛇柱様っ、それ包帯じゃなくて縄です!」
「伊黒。伊黒。隊士が痛がっている。怪我が悪化してしまうぞ」
何度も呼びかけてようやく悲鳴嶼の声が届いたらしく、ふと伊黒の空気が普段に近いものに変わった。どうやら縄と包帯を間違えて隊士に巻きつけていたのはぼんやりしていたかららしく、伊黒の手が止まったことで泣いていた隊士がようやく安堵の息を漏らした。
「そもそも手当を頼んでいないんだが……今日はどうしたのか……」
「そ、……そうでしたか? すみません。おい、何故貴様はさっさと言わない。無駄な時間を使ったろうが」
「す、す、すみません……失礼します……」
理不尽だ。隊士は処置を行う者がカナエたち以外にもいるかどうかなど把握していないだろうに、それを判断させるのは難しい。しかも話しかけにくい上位に君臨するという伊黒相手だ。残念なことに悲鳴嶼もだが。
「体調でも悪いのか」
「いえ、別に……そういうわけでは」
「ふむ。今日は落ち着きがないな」
「……大丈夫です」
「そうか……無理をしないことだ」
言葉少なに会話を打ち切ったものの、その後も伊黒は普段ならしないはずの失敗を何度もしていた。
今日という日が駄目なのだろうと悲鳴嶼は考え、結局は早々に帰らせることにしたのだが。
しばらくして甘露寺から、伊黒から贈り物を貰ったと嬉しそうに蝶屋敷で報告され、伊黒の妙な様子に得心がいった。そのまま悲鳴嶼の観察対象に収まったのはもう仕方ないことであった。
*
怪我をすれば手当をしてくれる蝶屋敷は、蜜璃も例に漏れず世話になっていた医療機関である。
蝶屋敷の人手不足問題に柱が一役買っていて、更には道場で稽古もしており、蜜璃も煉獄に連れられて参加するようになったのだ。階級が低かった頃の蜜璃はよく怪我をしたので蝶屋敷の手伝いはあまりできなかったのだが。
「皆さん来てくださるようになって助かるんですが、強制でもないし柱の仕事でもありませんからね。気になさらなくても大丈夫ですよ」
「強制じゃないのに皆手伝ってるなんてやっぱり素敵な話よ! それに手当の仕方とか覚えれば任務でも使えるだろうし……時透くんも一緒に頑張りましょう!」
力こぶを作りつつ、歳若い少年へと話を振った。
蜜璃より少し前に柱になったという時透は、本日の柱合会議は初めて参加するのだと聞いた。蜜璃もそうなので実質同期のようなものではないだろうか。そう思って色々と話しかけてみてはいるのだが。
「俺は何でも……どうせすぐ忘れるし」
産屋敷の紹介では、とあるきっかけで時透は記憶喪失になっており、新しく何かを覚えるのが非常に難しいらしい。本人もそれをわかっており、任務だけはちゃんとするから、とあまり柱に関わろうとはしていないようだった。
「ふむ。では脳のリハビリついでに手伝ってもいいだろう! 稽古も任務遂行には大事なものだ。きみが帰る前に誰かが声をかければいい」
「捕まえ損ねた時は放免だな」
「そうね! じゃあ今日は私が当番だし稽古もあるし、早速時透くんについて来てほしいわ!」
強制ではないのだが、としのぶはまだ少し困っていたが、時透は稽古と聞いて少し興味が湧いたようだった。