技の追求

 花柱である胡蝶カナエからの文を受け取って内容を読み終えた後、宇髄は庭へと目をやりながら考えた。
 また変わった。冨岡の助言を受け妹の胡蝶しのぶの相談に乗ってほしいという旨の手紙は、前回にはなかったものだ。宇髄が知る限りしのぶはカナエが死んだあと藤の毒を作り出し、試行錯誤を重ねながら鬼を殺せるだけの代物を作り上げてみせた。
 生きていた時にカナエからは助言を受けていたかもしれないが、宇髄に何かを相談するようなことはなかった。むしろ宇髄がしのぶの毒を少し分けてもらっていたくらいである。花の命は短く、毒の効果をこれでもかと見せつけ柱となり、鬼舞辻無惨を弱らせるほどの薬を鬼と精製し、そして散っていった。
 冨岡。今回も冨岡だ。あいつは何だ。やはり宇髄と同じ何かを見ているのか。宇髄以外にいるわけがないと思っていても、疑惑は静かに侵食してくる。悪意があるのかないのかもわからない。楽観するならばまるで宇髄と同じように、あの時よりも良い未来を願って足掻いているようにも思えた。
 不死川のことも気にはなるが、あいつよりも疑わしいのは冨岡だった。カナヲに続き胡蝶しのぶ。一体何を考えているのか、今回はこれが現実だと理解しているが、どこか急がせるような意図を感じる。
 前回の穏やかになった冨岡を知る宇髄としては、悪意などないと信じたいところである。いっそ面と向かって聞いてしまえば良いのでは、とも思うけれど、身をもって体験していても信じ難いものだ。人生二回目なんだよな、などと突然言ったら引かれること請け合いだ。冨岡なんかに。
 何か一つ確実なことを目にすることができれば良いが、口数の少ない冨岡がするりと口を滑らせるなんてことも考え辛い。いや、案外抜けているから気の緩んでいる時に聞けば滑らせるかもしれないが。そこまで考えて宇髄は溜息を吐いた。骨が折れる。やはり不死川に焦点を絞るべきかもしれない。どちらも気になる行動が多くてつい観察してしまうのだ。
 まあ、冨岡のことは後回しだ。カナエからの打診はしのぶの闘い方についての助言。強くなってくれるのなら宇髄としても有難い。捨て身の戦法は強いが、やはり同僚として過ごしたことのある人間が死んでいくのは辛いものがある。未来を知る宇髄が守るのも限度があるのだ。
 冨岡の行動は宇髄にとって怪しさを伴いながらも、決して鬼殺隊に害を成すものではないように感じている。だから一先ず様子見と判断し、手紙の返事を書くために文机に向き直った。

「冨岡と仲良くしてるみたいだな」
 宇髄が了承の返事を鎹鴉に向かわせた後、日取りを決めて胡蝶姉妹は宇髄宅へと現れた。深々と揃って頭を下げる姉妹を適当にいなし客間へと連れて行き、ある程度考えていたらしい質問に答え、女房たちにも話を聞きたいというしのぶを雛鶴に任せて宇髄は茶を啜った。
 笑みを向けているカナエは本日あまり話さずしのぶに一任しているようだ。ひと息ついた宇髄は世間話を投げかけることにした。
「そうですね、色々気にかけてくれて」
「ふーん」
「しのぶのこと相談したら、色々助言くれて。真に受けるななんて言ってたけど、そういう考えもあるんだって勉強になりました。刀を括り付けて足技で頸を斬れだとか」
「へえ」
「蝶屋敷の人手のことも気にしてくれてるみたいです。カナヲちゃんのためだけど、お零れに預かっちゃって。あの子まだ意思が弱いみたいだから、裏表の硬貨をあげたんです。自分で決められるように」
「ほほお」
「ふふ、気もそぞろですね。どうかしました?」
 決して話半分の相槌ではなかったが、聞く者によっては気を悪くするような言い方をしてしまった。カナエは楽しげに笑っているが。
「いや? 面白えなと思って。あいつは確か一匹狼のはずだからなあ。お前相手なら気を揉むらしいな」
 宇髄の言葉にふわりと頬を上気させたカナエは、それでもまさかと呟いて否定した。
「冨岡くんは元々優しいんでしょう。宇髄さんと不死川くんと仲が良いもの、一匹狼じゃないですよ。カナヲちゃんのついでに心配してくれているだけだと思います」
「ついででわざわざ俺に教えを請うかね」
「……えっと」
 困ったような笑みを見せたカナエに、宇髄はにやつく口元を隠さなかった。
 不死川がカナエに好意を寄せていることはわかっているが、カナエもまた冨岡に少しばかり反応する。この感じ、冨岡の疑惑を置いておけば、奴も憎からずカナエを想っていてもおかしくない。今度こそと思わないでもないのだ。どちらかの好意が実を結べば、どちらかは敗れることとなるのだが。
 三つ巴も生きているからこそのものだ。惚れた腫れたは好きにすれば良い。鬼殺隊だからといって、人を想うことに制限があるわけではない。
「腕は確かだからなあ。言葉足らずが難点だが、隊士連中にはきちんとかけるべき言葉をかけやがる。お前は省略される言葉じゃなくちゃんと伝えられてんだろ? 変に捉えず受け取りゃ良い。迷惑じゃなけりゃ自惚れても問題ねえだろ」
「……ど、どうかしら。隊士にかける言葉の延長だと思います。宇髄さんたちは……対等だから、友達だから言葉が足りなくてもわかってくれると甘えてるんじゃないですか?」
 まあ正直、冨岡の思考は読み辛い。カナエに対して親切心を出しているだけにも思えるし、地味に好意を見せているのかもしれない。疑惑を踏まえると更に判断し辛いが、前回を思うとどちらでも良いのだ。皆少しの救いのようなものになっているのなら。迷惑ならば考えものだが。
「まあ、お前みたいのは言い寄られることも多いだろうからな。生きるための理由になるなら何だって良いだろ」
「……生きる理由……」
「そ。まあ冨岡にとってもお前らと会うのは楽しいんだろうし、適当に仲良くしてやれ」
「宇髄さん、まるでお兄さんみたいですね」
「あー、まあ長男だからな」

*

「しのぶに呼吸の助言をしたそうだな」
 子供は好きではないと言いつつも、悲鳴嶼はカナヲの頭を撫で子供の好きそうなものを差し入れに屋敷へと訪れた。
 子供らしからぬ子供だったと冨岡を評価し、カナヲを拾ってからは少しばかり空気が柔らかくなったと告げられ、首を傾げたものの冨岡は悲鳴嶼の言葉を聞いていた。
 話があるのはカナヲのことではなく、胡蝶姉妹についてだったようだ。二人は鬼に襲われたところを悲鳴嶼が助け、鬼狩りのことを知ったと聞いたことがある。
「あの子は人より力が弱い。冨岡には鬼狩りで役に立てることがあると見えたのか」
 頸を斬れない隊士など隊士ではない。カナエの思想もそうだが、鬼狩りとしてあるまじき二人の姿として周知されているようだった。
 確かにしのぶの力は恐らく駆け出しの隊士よりも弱いだろう。日輪刀を振るうだけの殺し方ならば間違いなく鬼殺隊にはいられない。
「宇髄も体術や暗器をしのぶに教えているそうだが、お前たちはしのぶを除隊させるべきとは思わないのか」
「本人が鬼を狩りたいというのなら」
「気持ちだけでどうにかなる世界ではないことは、お前たちも良く知っているはずだ……」
 どれだけ力が弱くても、しのぶがいなければ鬼舞辻無惨は殺せない。冨岡はそれを知っているからこそ生き残ってもらうために助言をした。実際に扱いているのは宇髄だが。
「……頸を斬る以外に何かを思案しているようでした。それが形になれば、胡蝶の妹は結果を出す」
「頸を斬る以外?」
「鬼を確実に殺せる方法を探しています。胡蝶の妹は、あの二人は聡明です。俺が言わずとも策を練っていた。……悲鳴嶼さんが案じていても、恐らく二人は」
「……そうか。私には見えないものが冨岡は見えているのだな」
「………」
 的を射た指摘に二の句が告げなくなった冨岡は、少しばかり動揺してしまった。その空気を感じ取られたらしく、図星かと悲鳴嶼は小さく呟いた。
「それなら、冨岡と宇髄を信じることにしよう」
「……すみません」
「鬼殺隊に籍を置くならば、鬼を殺すための模索は必要だろう。確かに私はしのぶもカナエも隊士となるのを反対したが……止められなかったのが現実だ」
 止められなかった二人が死なないようにするには、本人の実力を引き上げることが重要になってくる。本来なら冨岡を責めに来たのだろうに、思うところがあったらしい悲鳴嶼はそれ以上言うことはなかった。
 冨岡と宇髄を信じると、そう口にして頷いてくれた。
 この時名を出した宇髄について冨岡が何か聞き返していれば、今後の未来に何か変化があったのかもしれない。
 それを考えたのは全てが終わってからだったが。