蝶屋敷・余
四人の背中を見送り玄関を締め、カナエはようやくひと息吐き出した。
「ああ、びっくりした。もう見惚れるなんて初めてよ」
「ちょっと、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫って何が? アオイも歳の近い子がいたら安心するだろうし、カナヲちゃんは可愛いじゃない」
間近で見た同い年の柱の目が随分綺麗な青を映していて、思わずカナエは見入ってしまったのだ。口にした通り人に見惚れるなど初めてだったカナエは、火照り始める頬を誤魔化せずに晒してしまった。
あれが噂に聞く水柱と音柱。どちらも療養している隊士たちの話題に上ることが多く、会ったことがなくても大体のことが耳に入ってくる。
曰く、派手好きの音柱は任務でも派手に鬼を狩り、対して水柱は静かで無駄話をしない。どちらにも共通するのは颯爽と鬼の頸を斬り落とし隊士たちを助けること。
二人は入隊した頃からすでに強く、一般隊士とは一線を画していたという。早い段階で常中を身に着け剣技も鋭く無駄がない。音柱は良く山を爆発させたりと派手なことをするが、彼が使う呼吸の技が爆発を伴うのだそうだ。古株である他の柱にも引けを取らない。
悲鳴嶼に相談して医療機関として蝶屋敷を開いてから、確かに滅多に来ない隊士もいた。傷だらけになっても来ようとしない不死川は何度か腕を引っ張られて来ていたが、あの二人は一度も会うことがなかった。
強かったから大怪我をすることがない。それは喜ばしいことだが、少しばかり劣等感も抱いていた。
カナエは特別腕力が強いわけでもなく、呼吸に関しては至って一般の隊士と変わらない。男女差を考えると更に顕著だ。柱に女性がいないのは単純に力も体格も男性に劣るからであり、鬼の討伐もすんなりとはいかない。
それでもカナエは鬼の頸を斬れるし、階級も甲に上がっている。だが柱になることがあるなら医療従事者としての貢献度も踏まえているからだろうと悲鳴嶼から言われている。現実を突きつけられていた。
それでも良いとカナエは思っている。しのぶやアオイ、療養に来る隊士を守れるのならばと柱を目指して鬼を斬っていた。仲良くなれることを夢見ていても、結局それは一度も叶ったことはないが。
「突然来て面倒見てくれなんて、どんな厄介なこと押し付けられるのかと思ったわよ。あの子がどうとかじゃなくて、責任取れないなら拾うべきじゃないでしょ」
「きっと放っとけなかったのね。私も目の前に子供がいたらここに連れてくるもの。アオイだってそう」
「それは面倒見るって決めたからでしょう。あの人全然覚悟もなかったじゃない」
「そう? うちが断ったらきっと引き下がったんじゃないかなあ」
ぷんすかと怒るしのぶを宥めつつカナエは印象を語る。人の良いところを見るようにしているカナエとは反対に、しのぶは人の短所のようなところばかりを目にする。考え方の違いだ。それも大事ではあるとは思っているが。
「大丈夫よ、何かあったら来てって言ったし、隠もいるんだから。それにカナヲちゃんを守るなら柱のそばが何より安全だと思うわ」
あの三人はきっと友達なのだろうし、冨岡が困ったらきっと頼るのだろう。それを無下にするような人でないことは短い時間でわかっている。
「そりゃそうでしょうけど……」
「楽しみねえ、カナヲちゃんたちが遊びに来るの」
「……ねえ、本当に単に見惚れただけなのよね」
「やだ、何? 別に私が水柱様をどう思ってても良いじゃないの」
悪い印象はなかった。冷たい人でも人形でもなかった。家族が増えることをひっそりと喜ぶような普通の素朴な少年だった。宇髄の派手さに隠れて気づくのが遅れたが、端正な顔をしたただの地味な少年だ。
ただ鬼狩りという場では驚くほど強いだけの、本当はどこにでもいるような子なのだろう。それがわかっただけでも安心した。きっと仲良くなれると思う。
「しのぶも怒ってばかりいないで仲良くしてもらいなさいね。もしかしたら稽古とかつけてもらえるかも」
「……稽古……」
未だ頸を斬れないしのぶには魅力的な言葉だったのだろう。本当は鬼殺隊になんて所属してほしくなかったが、本人の意志を切り捨てることもカナエにはできなかった。悲鳴嶼は泣いていたが、しのぶの気持ちはカナエには良くわかる。
だったら柱と仲良くして稽古をつけてもらって、強くなってもらいたい。それが必要ない世になるならどんなことも無駄にはしたくなかった。
「こちらからも会いに行けばカナヲちゃんと遊べるわよね。今度お休みの日を聞きましょう!」