温泉
「あ、いたいた! 何でそんな隅っこにいるんだよ!」
「………っ!?」
驚愕に目を剥いたのは不死川だけではなく、しのぶも驚いて手拭いで体を慌てて隠していた。カナエも体を隠しはしたが、少々困ったように笑みを見せていた。
すでに勘づいていただろう冨岡は静かに女性陣から顔を背けたが、怒りなのか照れなのかわからない真っ赤になった顔の不死川が思いきり冨岡へ拳を向けた。
「ちょ、ちょっと実弥さん!」
「てめェ知ってたなァ! 言えよ、絶対ェ来なかったわ!」
「見ないようにしてるから勘弁してくれ」
嫌な予感がすると言っていたし、前回どおり宇髄は混浴の温泉に連れてきたのだ。今回は不死川も蝶屋敷にいたから誘ってやった。しのぶも乗り気だったからついてきたわけで。
「お前は経験あってもこっちはなァ!」
「え? 経験って、義勇さんは来たことあるんですか?」
岩に隠れながら顔を出したしのぶが問いかけた言葉に不死川も口篭り、カナエが控えめに笑みを見せた。それを見た不死川はすぐに目を背けて少しばかり罰の悪そうな顔をしたが。
「……前に、」
「前っていつです?」
「後で聞いとくわよ、しのぶ」
何と説明するのか気にはなる。宇髄が誘ったのは間違いないが、今回女房たちは今初めて混浴に入っている。一応助けておいてやるかと口を挟んだ。
「私たち以外に混浴したんですか!」
「まあ、以前な。嫌な予感がするって言ってたのに、嫁が行きたがるから何も言えなかったんだろ」
「前回連れて行かれた話をしたら、今回もそうとは限らないと言って」
「ああ、そう……?」
何だその話は。しのぶは岩の奥から不思議そうにしており、須磨はまきをや雛鶴とすでに楽しそうに話をしている。カナエの姿は見えず、小さな冨岡の声が聞こえているかはわからなかった。
つい妙な反応をしてしまったが、隊士の頃にでも連れて行かれたとカナエに説明したのだろう。そう考えていると、冨岡は小さく笑みを見せ、近くにいる宇髄や不死川にしか聞こえないような声で呟いた。
「……カナエは信じた。お前たちのことは言っていないが」
「——俺も言うわ」
考えるよりも先に口から零れ落ちた宇髄の言葉に、冨岡は笑みを向けたまま、不死川は目を丸くして固まった。
冨岡が信じたと言うのだから、カナエはしかと二回目の人生であることを理解したのだろう。きっと馬鹿にすることなく、すんなりと。
それがどれほど救いになるか、宇髄はまだ経験がない。女房たちに話すつもりも、話そうと考えたこともなかった。理解してもらえるならばどれほど良いか。
二度目も宇髄の女房として生きているあの三人に、全てを知ってもらえたらどれほど有難いか、想像もつかない。
「お前はどうすんの」
「……んなの、すぐ決められっかよ」
見た目によらず慎重になっているらしい不死川は、早々話すと決断できないようだった。それはそうだ。作り話だと、冗談だとあしらわれたら宇髄としても気分は良くない。信じてもらえるなら何でも話してやれるが、伴侶に馬鹿にされたら割と生きていけない気がする。気持ちはわかる。
宇髄は三人が馬鹿にすることはないと信じているが、不死川は踏ん切りがつかないらしい。
「わあ、素敵! 気持ち良さそう、カナヲちゃん、早く!」
「待って、禰豆子ちゃん」
「あれ? 義勇さんたちもここに来てたんですね!」
「祭りの神! ここで会ったが百年目!」
「馬鹿、伊之助!」
温泉に飛び込んできた猪頭をさらりと避けつつも聞こえてきた声に目を剥いたのは、今度は不死川と冨岡もだった。予想外の面々に宇髄も驚きはしたが。
「えっ、もしかして混浴!?」
「えっ!?」
「おい、カナヲたちが来るとは聞いてないぞ!」
慌てた冨岡が宇髄に詰め寄ってくるが、こちらとしても知らなかったことなのだから説明を請われても言うことはない。というか。
「知らねえよ俺も。お前自分の嫁はしれっと混浴に入れてたくせに何だよ。妹は駄目で嫁は見られて良いのか」
「良いわけないだろう! 相手がお前たちなのと、行きたいと言うから何も言わなかっただけだ」
「おうおう、随分信用してくれてんな」
「一言くらい苦言呈しとけやァ」
温泉内で騒ぐ冨岡たちを眺めながら、岩場に隠れる女性陣を気にしつつも炭治郎たちは湯へ入ってきた。善逸は嬉しそうにしているが、炭治郎はいたたまれないのか縮こまっている。
「カナエさん顔真っ赤ですよ! 初々しいですね!」
「しっかり想われてますね」
「そ、そう、かしら……」
騒いだ冨岡の声が聞こえたのだろう、カナエは岩場の奥で照れているらしい。
冨岡からの恋い慕う感情など微塵も見えなかったのに、見る度しっかりと夫婦になっていやがると感じる。夫婦にしては初々しいのは間違いないが、微笑ましさで宇髄の頬も緩むというものだ。
「岩場で見えねえから勘弁しろよ。お前ら覗いたら鉄拳制裁来るぞ。俺もやるからな」
「いやいや、こっちだって禰豆子ちゃんの裸見られたくないんですけど」
「岩場があるならまあ……伊之助、それ以上そっちに行くと鉄拳制裁だぞ」
笑顔を向けるものの炭治郎も拳を作り、げんこつをお見舞いする気があるらしい。広々と温泉を泳ぎたかったらしい伊之助は舌打ちをしながらもこちら側へと戻ってくる。
「義勇さんたちの行く先が同じだと思いませんでした! 効能も色々あるらしいですね」
「刀鍛冶の里と似た効能だそうだ」
落ち着いたらしい冨岡は、炭治郎との会話に花を咲かせることにしたようだった。
*
「見せたくなかった?」
首を傾げた義勇が黙り込んでカナエを眺め、思い当たったのかああ、と小さく声を漏らした。
「わかりきったことを聞くんだな」
「だって、嫌そうだったのも奥さんたちと一緒に入るのが嫌なんだと思ってたから。私のことも考えてると思わなくて」
カナエの裸を見せたくないのはわかりきっているのか。それも何だか恥ずかしいような気がしてカナエは頬を染めた。
カナヲたちは同室のようだが、カナエたちは人数も多く夫婦水入らずもしたいだろうと宇髄が気を利かせ、三組別々の部屋を取っている。静かな部屋で月を眺めながら晩酌していたのだが。
「他は知らんが、少なくとも俺は宇髄と不死川以外は嫌だ」
炭治郎はまだ良いが。義勇の中でカナエと混浴に入る人間は厳選しているらしい。宇髄と不死川、炭治郎までは許せても、善逸や伊之助は少々厳しい。岩を隔てていたし出て行かせるわけにもいかず我慢していたのだそうだ。
「……ふふふ。嬉しい」
「そうか……?」
かつてカナエに声をかけた男性といい、懐が狭いのではと少し悩んでもいたらしいが、宇髄や不死川を許せるのだから寛容ではないだろうか。カナエとて自分以外の女性の裸を義勇が見るのは本当は面白くない。混浴ではない可能性がある、大丈夫だから行きたいと言ってしまった手前申し訳なさも感じている。
「あんなに慌てると思わなくて。照れちゃった」
湯にあてられた火照りではない頬の紅潮が、周りにばれるくらいには真っ赤になっていたし狼狽えてしまっていた。舞い上がりそうなほど嬉しいけれど恥ずかしい。そんな気分だった。視線をカナエに向け少し呆れたような顔で義勇は呟いた。
「好いた相手の肌をどこぞの男に見せる趣味はない」
好かれている実感と感動が湧いてくるようで、カナエは噛み締めるように義勇の声を聞いていた。嬉しい。何度も思うその言葉をもっと聞いていたいが、あんまり言われると耐え切れずに悶えてしまうだろう。ふいに義勇の手がカナエの肩へ触れ、そのまま引き寄せられた。
「お前、まだ片想いだと思ってるのか」
「そんなことはないんだけど。ふふ、やきもち妬いてくれるの嬉しくて」
義勇はずっとカナエを特別には見ていないのだと思っていたし、カナエは義勇の屋敷に押し掛けて来たのだ。幸せだと言うのだから義勇も同じ気持ちでいることはわかっているが、まあ、片想いが長かったせいかそういうふうに捉えられても仕方ない気もする。
引き寄せられたまま預けた頭を撫でられ、胸の前に落ちた髪を背中へ流すように指で静かに払われる。顔を上げると義勇と目が合う。瞼を閉じると触れるだけの口づけが落とされ、目と鼻の先の義勇の目を覗くためにカナエは瞼を上げた。
「綺麗」
背にした夜の月に視線を向けた義勇に、カナエは少し笑い声を漏らした。
月もだけど、あなたが綺麗。そう呟くと眉を顰めて大層な不満を表情に乗せた。どうやら義勇にはカナエの褒め言葉はお気に召さなかったようだ。わかってはいたが。
「ずっと恋をしてるの」
時折夢ではないかと思ってしまうような幸せがカナエを包んでいて、醒めたら自分は一体どんな地獄を歩むのだろうかと感じてしまう。鬼のいない世を妹とともに生きていて、穏やかな時間を好きな人と一緒に過ごす。それは限りのある時間でも、あまりに幸せで永遠を願ってしまいそうなほどだ。
「最初に会った時から……ずっと。義勇くんの目があんまり綺麗で見惚れたのよ」
だから許してね。本当は目だけではなかったような気もするが、覗き込まれた時の目が深い青を映していて、思わずカナエは見入ってしまったのだ。
「今までの深海みたいな目も好きだけど、今のくるくる感情が波打つ目も綺麗。ずっと見ていたくて見入っちゃうの」
「……温泉では見ていなかったと思うが」
「ふふ、私あなたの全部が好きなの。焦った声も珍しくて好きよ。目だけじゃないから安心して」
綺麗と言われたことも嬉しくなさそうだったが、更に不満げなのは目だけを好きだと思われたのではないかと察して口にすると、義勇は罰が悪そうに目を逸らして困ったように眉尻を下げた。
間違いではなかったようだ。不満を感じて拗ねる仕草があまりに可愛くてカナエは笑った。
冬の湖のような人なのかと思えば、カナヲのために蝶屋敷まで出向いて彼女を気遣い、普通の男の子のような反応を示していた。闘う義勇は格好良くて、強くて頼りになる。表情が乏しいといわれていた頃も、読み辛くても滲み出ていた。色んな表情を見せる義勇が好きだ。
「あなたを形成する全てが好きよ」
「褒め殺しの日か?」
ほんの少しだけ頬が赤く染まっている気がして、どうやら照れているらしいことに気づいた。照れているのを隠そうとするところも好きだとカナエが口にして頬をつつくと、手を掴まれて攻撃をやめさせられてしまった。
「俺の番だな」
反撃が来る。カナエはぎくりと肩を震わせたが、掴まれた手は離されることがない。
義勇から贈られる言葉にカナエは耐え切れず身悶えしそうになることが未だにある。それをされては勝ち目がないのだ。惚れた欲目というものは、カナエに褒め殺しをさせる程度では収まらないが、義勇から貰うものは加減をしてほしいのだ。何せ口数の少ない義勇は、カナエに伝える言葉を端的に、的確に心臓を貫いてくる。
「あ、ええと……悪戯っぽい顔も好きよ」
「お前の番は終わりだ」
せめて言える言葉を全部言ってしまおうと口にしても、義勇は聞く耳を持たなかった。カナエの肩を押され畳に手をついた指の先に敷布の感触が当たる。それに近寄るように後退ると、敷かれた布団に行き着いた。月の見える縁側の障子を後ろ手に閉める義勇を見上げて心臓が跳ねた。
「閉めるの?」
「見られたいのか」
首を横に振ると小さく口角を上げた義勇の色気にあてられた気分になり、カナエは思わず両手で顔を覆って縮こまった。堪えるような笑い声が聞こえ、どうやら義勇はカナエの様子を楽しんでいるらしいことがわかった。
「可愛いな」
「……私が義勇くんに弱いのをわかってるわよね」
「知らない。俺もお前に弱いからお互い様だ」
知らん振りをする割に、お互い様などとカナエが義勇に弱いことを理解しているような言葉を口にする。やっぱりわかっているのだろう。こんなふうに義勇から好意を示されると何も言えなくなってしまうことを。夫婦だというのに、まるで十代の娘が恋焦がれているようだと思う。
まあ、一喜一憂することもカナエは楽しんでいるのだが。
*
年甲斐もなく、馬鹿みたいに、涙腺というものは栓が外れるものなのだと思い知った。
信じないわけがないなどと思っていても、話をする直前はやはり緊張するものだ。らしくもなくそわそわはらはら、胃が痛いなどと感じながら三人の女房に向き直った。冗談のように誤魔化して話せるようにしておけば良かったかもしれないが、どうしても宇髄はそれができなかった。
俺の人生は人の倍。
それが良いことか悪いことかなどわからないが、前回と今回を含めた全てが紛れもなく宇髄の人生なのである。それを茶化して話すなど有り得なかった。
女房は不思議そうに宇髄を眺め、やがて三人顔を見合わせて笑った。
「天元さまと二度も夫婦でいられたんですか? それ私たちも覚えていたかったわね」
「ですよねー。でもさすが天元さま! そんな稀有な経験してるなんて」
「須磨に二度目があればもう少し落ち着きあったかもね」
「まきをさん酷い!」
冨岡がいつカナエに惹かれたのかは知らないが、あの朴念仁がカナエを大事にする理由が良くわかる。無条件に信じられてしまっては、誤魔化しようもなく弁明もできない。しなくても良いということがどれほど心を軽くするのか、宇髄は思い知ったのだ。
視界が歪み手で目元を隠して俯くと、女房は各々宇髄を支えるように抱き着いてきた。忍であった頃が嘘のような涙腺の緩み具合である。誰のせいなんだろうな、と目の前の女房や元同僚を思い浮かべた。
「あー……本当にさあ……お前ら三回目も大事にするからな……」
あるわけないとわかっていても、覚えていられるはずのない言葉を投げかけた。女房たちは嬉しそうな笑い声を上げて喜んだ。
三回目、三回目か。もしそんなことがあったら、今度はさっさと自分と同じ誰かを探そう。そうして協力していけば今よりももっと良い未来が待っているはずだ。笑われても良い、頭を心配されるのは癪だが、それも信じてくれる者がいるならそれだけで生きていける。救いがあるなら何だってしてみせる。そう宇髄は誓うことにした。
*
「二回目の人生を生きてる」
「何の話ですか?」
不思議そうに首を傾げたしのぶに、不死川は言うべきではなかったのではないかと考えた。
冨岡にあてられたわけではないし、宇髄に引っ張られたわけでもない、はずだ。ただ、信じてくれたと言う冨岡の顔が晴れやかにも見えたので、胸の奥底で良いな、と思ってしまったのは自覚している。
「珍妙な体験談だァ」
「へえ。二回目って?」
興味が湧いたらしいしのぶは畳の上をにじり寄ってきて不死川のそばへと近づいた。楽しげに笑ってはいるものの、信じるというより作り話を楽しみにしているように見える。だよなァ、と不死川は少しばかり安堵のような落胆のような気分を味わいつつも話を続けた。
「二十五までに死んで、気づいたらまた子供に戻ってたァ。十二だかの頃か」
「何で十二歳なんです?」
「知らねェ。気づいたら鬼になったお袋殺して、玄弥から逃げてたわ」
長くなるとでも思ったのか、しのぶは茶を淹れた湯呑みを不死川へと手渡した。もう一つを手に取り口へと運ぶ様子を眺めた。
「続きは? 前回も野生化してたんですか?」
「野生化て……」
二度も野生化したのかと問いかけてくる。揶揄っているのか本気で聞いているのか、いまいち表情からは読み取れなかった。だが否定できるわけもなく、素直に頷いて鬼を殺してまわっていたことを告げる。
「なぞらねェと匡近と会えねェと思ったからなァ」
「成程。それで?」
「……食いつき良いなァ」
「ええまあ。興味深いです」
物語として楽しんでいそうなしのぶの様子は変わらない。まあ冗談だと一蹴されなかっただけましかと不死川は考えることにした。前回と違う部分があったのか、どんな違いがあったのかを問いかけてくるしのぶに、まずはわかりやすかった違いから話すことにした。
「宇髄も割と前回より丸くなってたが、前回の冨岡はお高く止まってなァ、見下してそうな態度が気に食わなかった。ムカつく物言いばかりで協調性の欠片もねェ。まァそれも単に不器用で誤解だったわけだが……俺も伊黒もあいつが嫌いだった」
「へえ。ちょっと信じられませんね。確かに口数の少なさから誤解はありましたけど、実弥さんたちが嫌うとは」
「鬼舞辻無惨との闘いが終わるまでなァ。鬼を殲滅した後から、今の昼行灯みたいになりやがった。今回あいつらがとっつきやすくてビビったなァ」
「不思議ですね。何故でしょう」
「……さァな」
さすがに本人がしのぶに言っていないのだから、不死川が言うのも妙な話である。適当に濁すとしのぶはまた質問を変え、何とも答え辛いことを聞いてきた。
「前回は皆生き残れました?」
黙り込むと少し笑みを漏らし、良いから教えろとつついてくる。誰に言うでもなく、ただ続きが知りたいと口にして。むすりとしながらも不死川は答えることにした。
「……宇髄は上弦の陸との闘いで引退してた。最後の闘いで生き残ったのは俺と冨岡、柱はそれだけだった」
「変化のあった三人が生き残っていたと。そうですか、納得です」
妙に物分りの良いことを口にしたしのぶを訝しんでしまい、不死川は眉根を寄せてしのぶの表情を窺った。にこりと音でも聞こえてきそうな笑みを見せたしのぶは、茶を一口啜ってからまた呟くように言葉を紡ぐ。
「死んでいたと思うことは何度もありました。特に上弦の弐との戦闘。何故生きているのか不思議だった。カナヲさんが来なければ私は喰われるはずだったのに、宇髄さんも伊之助くんも来て、私は片手だけを落として生き延びた。……ふふ、何て顔してるんです」
「いや、信じんのかよォ」
「だって納得しましたから。あなたがそんな冗談言うとは思えませんし」
頭を抱えて項垂れた不死川に、どうかしたかとしのぶは声をかけてくる。笑っていたしのぶが動かない不死川に段々本気で心配している声音になっていくのを耳にしていた。
冨岡の晴れやかに見えた顔は、やはり嬉しかったのだろうと今実感した。
「あなたが助けてくれたんでしょう」
「……俺じゃなくて宇髄だろォ」
「ええ、彼には本当に頭が上がりません。では宇髄さんも実弥さんと同じ二回目かもしれませんね」
「どうだかなァ」
また適当に誤魔化して、不死川はしのぶの小さな体を抱き寄せた。足掻いて救えた命と取り零した命がある。生き長らえることができても、前回殉死した者は殆どが不自由な体を持つようになり、結局痣の影響など関係なく短い余生を過ごすのだ。
「俺が変えられたのは煉獄と時透、玄弥の死期だけだァ。あの二人だって結局痣で死ぬ」
「誰かあなたを恨んでます? 少なくとも私は宇髄さんもカナヲさんも、伊之助くんも恨んでません。感謝しきれないくらい感謝してますよ」
「……そうかよ」
誰かに肯定してほしかったのだろうと思う。冨岡と宇髄が同じだと知って不死川の心は軽くなりはしたが、あの二人はどちらも自分が正しいことをできたとは思っていない。不死川とてそうだ。
何も知らないしのぶがこうして宥めてくれることが、これほど楽になるものだと知らなかった。