夫婦の在り方

「おお、さすが派手だな! お前めちゃくちゃ貢いだだろ」
「禰豆子の分もあるからさすがにめちゃくちゃじゃない」
 そういう意味じゃねえけども。
 炭治郎とカナヲの祝言は大勢の鬼殺隊関係者が参列し、相変わらず人でごった返していた。
 一番関わりの深い冨岡が隅でひっそりとしているのを目ざとく見つけた禰豆子が腕を引っ張って輪に入れ、カナエとしのぶは不死川たちを引き連れて顔を出した。どうやら着付けを手伝っていたらしい。
 冨岡とカナエは式などしなかったし、いつの間にやら纏まっていた不死川としのぶも同様だった。この話もさっさと聞いてやらねばならないのだが、一先ず今日は炭治郎とカナヲのめでたい日である。
「二人が想いを伝え合った瞬間に立ち会えて最高だったなあ」
「あの宴会凄かったよな。冨岡さんとカナエさんもだったし」
「俺は何かあると思ってたね。それより宇髄さんが冨岡さんと不死川さんを嫁にしようとしてたことのほうが衝撃だったわ」
 そういえばそんなこともしたな。ぼんやり聞こえてくる話を聞きながらふと隣に目を向けると、聞こえていたのかカナエは楽しそうにしながら宇髄を見上げていた。
「あの時は負けちゃうんだと思いました。義勇くんは宇髄さんのこと好きだし」
「何で俺があいつらなんか嫁にしなきゃなんねえんだよ、気持ち悪い」
「だって宇髄さんの顔本気だったし、凄く不安になって」
 こいつまで俺の心情を汲み取るのかよ、と宇髄は半ば面倒にもなっていた。炭治郎、善逸など注意しなければならない特異体質の奴らに、更に長年関わった故の理解度で宇髄を理解してくる奴らがいる。一筋縄ではいかない奴らばかりだった。
 前回二人は誰とも所帯を持たず一人で逝った。生き残った残りの時間を無駄ではないと教えてやりたくて、生き残った誰もに幸せになる権利があることを叩き込んでやりたくてしたことだ。別に本当に嫁にする気などない。まあカナエが諦めていたら嫌がっても引き取っていただろうとは思うが。
「カナヲちゃん本当に綺麗。名実ともに義勇さんがうちのお兄ちゃんになるんですね」
「……そういやこの辺全部親類かあ」
 感無量である。冨岡と禰豆子が近くに座って会話を耳にした宇髄は独り言を呟き、感慨深く頷いた。
 前回は天涯孤独になっていたわけだが、こうして縁を結んだ者が多くいる。まあ冨岡も不死川も前回にも気にかける者たちはいたが、それは師だったり弟弟子だったり友だったりと、家族とはまた違った関係だった。それでも孤独ではなかったのだから良かったのだろう。
「いやあ、不死川がしのぶとくっつくとは思わなかったけどな!」
「うるっせェ」
 不死川はカナエに気持ちを伝える気はなかったようだし、どうやらしのぶもそうだったのだろうと宇髄は察していた。どこか似た者同士というか、惹かれる要素があったのだろう。傷の舐めあいのような関係ではないことは見ていてもわかる。煉獄も手伝いをしてくれていたとはしのぶからも聞いていたが、顔を合わせる頻度は段違いに不死川が多かっただろう。蝶屋敷に住んでいる不死川がしのぶと纏まるのは時間の問題だったのかもしれない。
「不死川は良い男だから」
「お前に言われてもさっぱり嬉しくねェなァ」
「そう、良い男でも凶悪面が邪魔してなあ。良かったよ、妹が見た目気にしねえ奴で」
「……どうかなァ。うぉっ」
 何かを叩く音と同時に小さな悲鳴を漏らした不死川が後ろを振り向くと、笑みを向けたしのぶが隣に座ろうとしていた。どうやら背中を叩かれたらしい。
「何だよ、もう尻に敷いてんのか」
「まさか。色々助けていただいてます、何でもしてくれますし。良く怒ってますけどね」
 定期的に診察に来る元隊士たちに色々とお節介を焼きながら怒鳴っているらしい。患者はいるものの女所帯だった蝶屋敷に柄の悪い男が一人か。なかなかに面白いが、確実に主導権を握っているのはしのぶなのだろう。
「糖分は与えてるのか」
「犬猫か子供みたいな扱いすんなァ」
「いやあ、だってお前野生の鬼狩りだったじゃん」
「んふふっ……、面白いですよね。あんまり与えると栄養も偏りますからほどほどに。長生きしてほしいですから」
 少々返す言葉に悩んだらしく、不死川は頭を掻きながら小さく頷いた。随分素直になったものだと感心する。その様子を微笑ましく見ているカナエもまた、冨岡と楽しそうに笑っていた。
「玄弥くんが亡くなって塞ぎ込んでいないか心配してたけど、しのぶが支えていたのね。良かった」
「カナヲと炭治郎も祝言を挙げる日取りを考え直そうとしたらしいな」
「あー……まァ俺も冨岡も、他にも時間のねェ奴はいるし、竈門本人もそうだからなァ」
 今回炭治郎が痣を克服するかどうかは前回を知っている宇髄にもわからないが、良い方向に進めば皆喜ぶ。落ち込んでいるよりも笑顔が見たいというのは、きっと皆同じだ。前向きに生きてくれるなら宇髄としても喜ばしい。まあ本音は言わずもがな、全員さっさと余命など克服しろとは思っているが。
「鴛鴦の契りってやつだな。まあお前らもなんだけど」
 おしどり夫婦ともいう。冨岡とカナエは見ての通り、不死川としのぶもそうだろうし、きっと炭治郎とカナヲもそうなっていく。どこもかしこもそうなれば良いと宇髄は思いながら笑みを浮かべた。
「夫婦は二世っていうじゃないですか。この世で夫婦になったら生まれ変わっても夫婦になるって。もっと先の未来でも、皆同じ人と夫婦になったら素敵ですよね」
 禰豆子の言葉に宇髄は女房たちの顔を思い浮かべた。
 宇髄の人生は二回あり、それは生まれ変わりではないと思うが、それはそれとしてあながち馬鹿にもできない。何せ宇髄はいつの時代に生まれようと、きっとあの三人以外の女房など考えられないのだ。
 宇髄が宇髄でなくなったとしても、きっと探してしまう気がした。
「来世もお相手がいなければ立候補してしまいましょうか」
 目を剥いた不死川はしのぶを凝視したが、笑みを浮かべて猪口を口に運ぶしのぶは気にもしていない。顔を歪めた後不死川は鼻を鳴らして顔を背け、それを見た禰豆子は照れていると指摘した。案外可愛いところがあるのだとしのぶが口にして、怒りなのか羞恥なのかわからないまま不死川は顔を赤くした。それを見ていた冨岡がほんの少しだけ寂しげに笑っていたが。
 不死川の幸せというものを、誰が与えてくれるのかはその時にならなければわからない。少なくとも今それを運んでくるのは間違いなくしのぶだった。