井戸端会議
柱の就任時期が違った今までは、大体早まってばかりだった。
「よろしく頼みます」
しのぶと伊黒の柱の就任は確かに前回も同様の時期だったように思う。半年に一度の柱合会議が開催されるまでに二人は柱に任命され、就任後の会議に顔を合わせていた。その時すでに時透は柱になっていた。
最年少、刀を握って二ヶ月で柱になるような、本人の才能も相まって初めてできるような芸当。生半な鍛錬ではなかっただろう。今回も時透はそうだった。ただ鬼殺隊への入隊時期が一年遅かっただけだ。それでも今十三歳、最年少での柱の就任であることは揺らがない。冨岡の最年少記録は塗り替えられたのだ。たった十三の子供が柱合会議へと現れた時、悲鳴嶼も伊黒も、煉獄すら固まっていた。冨岡は相変わらず、不死川としのぶは訳知り顔でいたが。
「不死川さんこんにちは」
「おォ。兄貴はどうだよ」
「うん、ちょっとずつ片腕の生活も慣れてきてる。蝶屋敷の生活楽しいけど、いつまでもお世話になってられないし、柱になったからそろそろ出ていくつもりなんだ」
不死川の任務先で見つけたのが時透とその兄の有一郎だったと聞いている。
有一郎は片腕を切り落とされ、失血死の一歩手前の状態だった。蝶屋敷に運んで何とか一命を取り留めたのだ。思うところはあるだろうが、不死川が救ったのは有一郎の命と時透の心だ。記憶を無くさない時透は、兄を拠り所として慕っていたからそうなっていたのだろう。今は年相応に笑っては話しかけている。
「大変だったよ、入隊するまでに兄さんを説得するって息巻いたけど、言い負かされることが多かったから」
「そりゃそうそう納得はできねェからなァ。でも説得したんだろ」
「うん。頑張ったよ、泣かれたけど僕も頑張るんだ」
手放しに頑張れと言えないのが鬼殺隊。子供が命を懸けて闘うことを本当は良しとしたい訳ではない。だが最後の闘いに必要不可欠な人材は揃っていないとならない。宇髄は心中の感情を押し込みつつも時透たちへ声をかけた。
「期待してるぜ、新米柱ども。しかしあれだな、今回は三人とも小柄だな」
む、と不機嫌そうに眉根を寄せたのは三人ともだった。軽口を叩くつもりがしっかり気にしていたらしい。まあ身体能力がものをいう鬼殺隊においては気になる部分ではあるだろう。時透はまだ子供、伊黒は一般人からすれば目立って小さいという訳でもない。しのぶもそこらの町娘であれば大して気にはならないが。
「悪かったよ。蝶屋敷、人が増えたんだって? カナヲはまだ行ってんのか」
「前のようにはいきませんが、来てくださいますよ。増員のつもりではなく、ただ身寄りがなかったから引き取ったんですが……まだ幼いですが三人とも良い子です」
蝶屋敷での治療はしのぶの姉であるカナエを筆頭に、鬼殺隊士としての戦闘はしのぶが担うように柱となった。常日頃忙しい蝶屋敷での治療は住人全員が駆り出されるが、ある程度の役割分担はできるようになったのではないだろうか。前回しのぶの仕事量は膨大だったと聞くし、確かに思い返せば他の柱よりも考えることもやらなければならないことも多かっただろう。姉も生きているのだから、負担は前回よりも少なくなっていることを願う。普段にこやかではあるが、気分が変わると表情も変わるしのぶは無理をしていないようにも見えていた。
「柱合会議で再会することになるとは思わなかったな!」
「ああ、その節は大変世話になった。今度槙寿郎さんにも挨拶を」
「……知り合いだったか」
悲鳴嶼の言葉に煉獄が頷く。
聞けば煉獄の父である先代炎柱が伊黒を救ってくれたのだという。天涯孤独となった伊黒を屋敷へ住まわせ衰弱していた伊黒に体力がつくまで面倒を見た。
そうか、家族は駄目だったか。仲間が死ぬのを避けられても、鬼殺隊に入る前のことまでは手が及ばない。どこでどう亡くしたかも聞いていない状態では、偶然任務として駆けつけでもしなければわからない。
そして駆けつけたとしても、間に合うかどうかはわからないのだ。
「宇髄のおかげで父も前向きになってきているし、今なら話もしてくれるだろう」
「……すまない、槙寿郎さんは何かあったのか」
聞きにくそうに声をかける伊黒は、言いたくなければ構わないと付け足した。煉獄は気にした様子もなく、皆知っていることだと前置きして話し始めた。
「母が亡くなったことと鬼狩りとしての自信を無くしたのが同時期でな。しばらく父は荒れていた。宇髄が随分心を砕いてくれたものだから、今は落ち着いているんだ」
何かを言いたげに顔を上げたり、目を泳がせて逸らしたりとした後、伊黒はそうかと一言呟き、故人への弔いの言葉を煉獄へと送った。随分前の話だったと煉獄は明るいが、こいつの母を知っているらしい伊黒の気持ちは嬉しかったのだろう。
「ところで、お前今日一度も喋ってねえよな。もしかして最年少記録塗り替えられたの根に持ってる?」
「持ってない」
「だよなあ。興味なさそうだし」
宇髄は知っていたが、時代の移り変わりにはそうして記録など塗り替えられていくものだ。冨岡自身がそうなのだから、それより若い者が柱になるのも想定できることだろう。体が成長しきっていないにも関わらず時透は柱になれるまでに鬼を狩った。きちんと生きることができれば、鬼殺隊の歴史の中でも最強に近い力をつけただろう。
「最年少記録?」
「伊黒と時透は知らねえか。時透が来るまでこいつが最年少で柱になった奴だったんだよ」
「宇髄は入隊して一年で柱になったし、野生の鬼狩りだった奴もいる」
「忘れろォ」
「獣のようだな」
「うるせェ!」
煽るような物言いをして不死川を怒らせる冨岡を見て疑問符を浮かばせる伊黒と時透にしのぶは少し笑みを見せ、知っている限りの柱の内情を掻い摘んで口にした。
悲鳴嶼は一番の古株で長く柱を務めるほどの実力を持ち、冨岡は当時十五歳という若さで柱となった。宇髄は入隊して僅か一年後に柱に、不死川は入隊前から鬼を狩って生きていた。由緒ある家柄の煉獄は独学で呼吸を極め柱にまで上り詰めたと聞いている。半年に一度の柱合会議で同じ顔ぶれが揃うのは稀な中、彼らは長く柱として顔を合わせている。姉から聞いていたことも踏まえているのだろうが、しのぶが知っていることはなかなか多かった。
「成程。疑ってはいなかったが、腕は確かであると」
「皆さん入隊時からお強かったと噂に聞いていましたが」
「まあ俺は元忍だからな、忍術活かした戦法も使えたし」
「忍か。小さい体格を活かした体術などもありそうだ……まあ、人によってはだが」
元忍という言葉に興味を示した伊黒だが、宇髄を見やりながら複雑そうに呟いた。
悲鳴嶼の次に大柄であると自他共に認める宇髄には、大きな体格を活かす戦法を身に着けている。忍の中には小柄な者も勿論いたし、女房たちくノ一の戦法はどちらかといえば小柄さを活かすものも多い。
しのぶは定期的に宇髄宅へ立ち寄り、体術についても色々と試行錯誤していたのを知っている。今でもそれは続けていて習慣化していた。
「お前らも大概だ、柱になるんだからな。一部の隊士の中にも骨のある奴はいるが、それでも隊士連中の質の悪さは気にはなる。死ににいくために鬼殺隊があるんじゃねえんだ」
「……それはそうですが」
耳が痛いのか、しのぶは少し目を伏せながら同意した。
頸が斬れないしのぶは身体能力だけを見るなら宇髄が言った質の悪い隊士の中に含まれるだろう。隊士を辞めたくないと試行錯誤を繰り返し、鬼を殺せる毒を作り出し実際に証明してみせた。こうして柱になったのはその功績が認められたからだ。
カナエがそれとなく手柄を奪い、横流ししなければ、しのぶはもっと早く柱になっていた可能性は高い。そのくらいこいつが示したものは無二のものだったのだ。
「見極めることが大事なのは間違いねえし、経験を積まねえと得られないものもあるだろうが、そのぎりぎりの一線をどう越えるかが隊士の必要な能力だ」
それができるようになるまで、何度も繰り返して覚えていく。覚えるまでに命を落とすから一般隊士は強くなれない。判断がものをいうのは間違いないのだ。
「せめて俺らが着くまでは持ち堪えてくれねえと」
難しいことは理解している。それでも柱として膨大な任務をこなしているのは、命を無闇に散らせたくないからだ。
「煉獄のところの継子はどうだ……筋が良いと言っていただろう」
「はい、身体能力も非常に高く階級も上がっています。ただ、日輪刀は炎の呼吸とは別の色をしていました。冨岡の妹と似た色をしていた!」
炎の呼吸自体は威力も強く問題なく使えるが、煉獄の継子はどうやら派生の呼吸に適正があるらしい。特異体質と呼ぶべき身体能力をしているというが、正にカナヲと似たような状況のようだ。
まあ、前回を知る宇髄としては、カナヲがなぞるように辿ったともいえるわけだが。
煉獄の継子、前回通りならばそれは甘露寺蜜璃だ。一代限りの呼吸の使い手、恋の呼吸を駆使する隊士。
「ただ、花の呼吸に適正があるわけではない。胡蝶のように習った呼吸から、炎から派生しているのだろうと考えています」
「俺や胡蝶のように派生の型を編み出せれば、ってところか」
「強くなるだろうな。感性が良いというか、頭で考えるより体が動くままに動いたほうが結果良くなることがある。天才肌なのだろう。すぐにでも派生技は作ってしまいそうな子だ」
あの擬音ばかりの説明をする甘露寺蜜璃を思い出し、宇髄はへらりと口角を上げた。ガーッとやってグアーッといけば恋の呼吸に繋がるのか。まあそうなるのなら文句はないのだが。
「冨岡……には妹がいるのか」
敬語はなくて良いと宇髄が口にした時、ついでに冨岡と不死川へも取っ払うよう伊黒たちへと進言していた。しのぶは無理だと従わず伊黒も難色を示したが、冨岡と不死川が同い年であることを知ると納得し、歳が近いからと宇髄も無理矢理敬語を外すよう指示をした。さすがに悲鳴嶼にはできないと慌てる伊黒に、悲鳴嶼には誰も敬語を外すことがないと一応教えてやった。安堵した伊黒は納得したのだが、呼び捨てるにはまた少し気が引けるようだ。
あれだけ仲が悪かった前回も、最初伊黒は冨岡に歩み寄ろうとしていた。冨岡に取り付く島がある今回ならば、まあ仲が拗れるようなことにはならないだろう。
「ああ、拾った」
「成程……? 鬼殺隊士なのか」
「将来性あるぞ。冨岡の型を見てただけで会得するような奴だ。今はもう花の呼吸使ってんだっけ?」
孤児を拾って面倒を冨岡と隠で見ていて、最近は妹と名乗らせていることをしのぶは捕捉した。蝶屋敷での治療の手伝いも頻度は少なくなったものの手が空いていれば来てくれるので、任務先での傷の手当も覚えていると口にした。なかなか上手くはならないようだが。
「両方使ってる。……使えればとは言ったが、水の呼吸の型の練習を続けなくても良いんだが」
「そりゃ育ての兄が使ってるし、覚えておきたいってのもあるんじゃねえの?」
「………、成程」
現在の水の呼吸の使い手の頂点は間違いなく冨岡だ。優れた技は見取るだけでも勉強になる。それを毎日見続ければ強くもなるだろう。たとえ適正ではないとしても。
合わない呼吸でもカナヲのようなそもそも身体能力の高い者であれば使えるし威力もある。だが適正な呼吸でなければ全力を込めた威力にはならない。戦況によって使い分けることができるようになるのも良いだろう。そう冨岡も思って伝えたのだろうし。
「そうか、一部の骨のある隊士というのは冨岡の妹や煉獄の継子のことか」
「だなァ。他にも何度か顔を見る奴もいた」
「ふうん。煉獄さんの継子に会ってみたいな」
「構わないぞ! 弟にも会っていくと良い、時透は歳が近いから千寿郎も喜ぶ」
和やかに過ごす会議後の雑談は、各々仲を深める良い時間だった。