村田とカナヲ、任務にて・余

 任務先での闘いぶり、予想に違わずカナヲはしっかりと鬼を倒していた。
 鬼の攻撃を目で見て次を予測し、致命傷を避け生き延びる。普段と違うものを感じて冨岡は目を使うなと禁止したが、それについてカナヲはどうやら落ち込んでいるらしい。
「動きを見て攻撃を避けているのは構わない。そうしなければ生き残ることも至難の業だ。そうではなく、目を凝らそうとした時の」
 冨岡が救援に向かい鬼と対峙するカナヲと村田を見つけた時、カナヲの目は薄っすらと赤く染まりかけていた。何かをさせる前に冨岡は立ち塞がり、凪を駆使して事なきを得たが。
「白目も赤く染まり始め、尋常ではない様子を垣間見た。間違いなくただでは済まない」
 片目を失明していた前回、深く原因を聞くことはなかった。だが何かをしようとして目を酷使したということも一端であるのだろう。できることならば失明せずに済むようにしてほしいが、こんなところで消費させるのも駄目だ。使うのはあの最後の闘いしかない。
「……いずれ使わなければならない時が来る。その見極めもできるようになる。今は使うな」
「……はい」
 納得したのかどこか安堵したように肩の力を抜いたカナヲは、小さく返事をして頷いた。
「こんにちは! 冨岡くんとカナヲちゃんはいらっしゃるかしら」
「胡蝶様。いらっしゃいます、どうぞ」
 時間を取ってほしいという冨岡の要望に応え、カナエは冨岡の屋敷へと現れた。隠の声と複数の足音が道場へと近づいてくる。冨岡が立ち上がるとカナヲも倣うように腰を上げた。
「こんにちは、冨岡くん、カナヲちゃん。連れてきたわよ」
「花の呼吸の隊士、階級は己です」
 緊張でもしているのか連れられてきた女性隊士は肩肘を張って動きがぎこちなく、カナエに宥められながら深呼吸を繰り返した。
「水柱様に技を見せるようにと聞いていて、すみません、緊張して」
「見せるのは俺じゃない」
 カナエの知り合いの中で一番基本に忠実な、癖のない型を使うという隊士だ。カナエが呼吸を使えたのなら蝶屋敷で稽古をつけてもらうのが一番良かったが、肺をやられて呼吸を使うことを禁じられているカナエには酷だろう。カナエの育手は高齢で現在は腰を悪くしているらしい。
 カナヲの日輪刀が桃色に染まったことを伝えると、自分が元気だったら教えることができたかもしれない、と嘆いた。適正があれば教えるつもりがあったことを知り、冨岡はひっそり安堵していたのだ。
 水の呼吸の型を使えないわけではない。薄くもなく色の濃い水が宙を舞う。ただ使えるというだけで、適正な呼吸は別のものである。
 合わない呼吸は疲労が溜まることもあるという。威力が出せても体は無理をしている。派生して呼吸法が増えるのはそのためだろう。色変わりの刀は隊士の適正を探すものでもある。水の呼吸を習っても、刀は赤や黒に変色することも。
 まあ冨岡は水の呼吸を習って合わなかった者は一人しか知らなかったのだが、今回はカナヲもそうなってしまった。いずれ会う伊黒は元々どの呼吸を教わっていたのかも知らないし。とにかくその対処としてカナヲに見取り稽古をさせることにしたのだ。
「壱ノ型から順に」
「は、はい」
 赤くなったり青くなったりはたまた土気色になったりと忙しない女性隊士の顔色を眺めていたのだが、意を決して顔を上げたので冨岡も木刀を構えた。カナヲは座って眺めており、その隣にカナエが座っている。
 順繰りに技をカナヲに見せ、その後はカナヲに技を受けさせる。何度も見ていたら覚えたのだと言っていたが、盗むつもりで見れば恐らくカナヲの目ならばすぐ身に着けるだろう。隊士には悪いがしばらくは冨岡の屋敷へと通ってもらう。柱の屋敷に通う、などと呟き相当な葛藤があったようだが、無事頷いてもらうことに成功した。
 そうして冨岡が受けに徹した見取り稽古で、カナヲは食い入るように女性隊士の動きを見ていた。
 その後は花の呼吸の技を受けるためにカナヲが木刀を持ち、反撃せず見るに留めるよう言い含めた。休憩を挟みカナエが水の呼吸を見たいと言い、女性隊士との打ち合い稽古をさせることになった。
 女性隊士の階級は己、鬼相手に幾度も生き残る実力があることはわかっている。対してカナヲは癸、まだ駆け出しだが本人の能力ならば良い勝負もするのではないか。
 などと思いながら二人の打ち合いを見ていたが、カナエは相当驚いていた。
「……あれで水の呼吸は適正じゃないの?」
「そうだ。刀を見ただろう」
 複雑そうな笑みを溢しながらカナエはじっと稽古を眺めていた。
「そうね。あの色は花の呼吸で間違いないと思う。私と似た色。しのぶは紫に変化したし」
 カナヲは女性隊士に臆することもなく、淡々と型を駆使して打ち込んでいく。稽古とはいえ己の隊士相手に引けも取らず木刀を振るう。自分で決めることができないことが多く、カナエが気を利かせて硬貨を使って意見を決めるようにと考えてくれた。いずれ栗花落のようになると楽観して冨岡が配慮できなかったことだ。知らなかったが前回もそうだったのだろう。
 稽古を終わらせた二人に隠が茶を勧め、ひと息ついたところで次に来る予定を取り付け、カナエは女性隊士を引き連れてまた来ると去っていった。
「……もうわかっているだろうが、お前の適正がある呼吸法は水じゃない」
 衝撃でも受けたのかと思えるような顔色をして、口元だけは笑みを浮かべつつも揺れる目が冨岡を見つめた。
 まさかわかっていなかったか、そんなに狼狽えるほどだったか。カナヲの心情を図りきれていない冨岡にはわからないが、まあとにかくそういうことなのである。
「強くなりたいなら花の呼吸を覚えろ。どちらも使えるならば単純に攻撃の幅も広がる」
 前回竈門炭治郎は水の呼吸とヒノカミ神楽、そして両方を織り交ぜた技を駆使して闘っていた。宇髄やしのぶなどもそうして型を作り出したのではないだろうか。
「……お前が、最終選別に向かった理由は深くは聞かないが。鬼殺隊でしかできないことをやりたいんだろう」
 生き残ることすら一筋縄ではない鬼狩りの任務で、やりたいことをやるにはまず実力がなければ話にならない。鬼の前では熟練の猛者すら犠牲になる。悪鬼滅殺がどれほど命を懸けても難しいことを冨岡は思い知っている。
「止めはしない。死なないために強くなれ」
「……はい」
 それでも鬼の殲滅にカナヲの力は必要なのだ。