村田とカナヲ、任務にて
小さな集落を根城とし、夜な夜な人を誘き寄せ喰い殺す鬼。複数体の確認報告があり、連携しているようではなさそうだという。
また大仕事だ。鬼殺隊において楽な任務などあるはずもないが、毎度死を隣に感じながらの闘いは本当に精神が摩耗する。一般隊士の何倍もある任務量を捌く柱の精神が少しでも村田にあったなら。そう思わないでもないが、まあ無理な話だ。
集落の外れに小屋があり、そこから血と肉の腐ったような臭いが漂ってきていた。村田が止める間もなく一人の隊士が侵入し、しばらく立つが音沙汰がなくなったのだ。やはり止めてやれば良かった。村田が一緒に向かっても結果は同じだったかもしれないが、救援が来るまで持ちこたえれば陽の光を拝めたかもしれないのに。
それでも村田は逃げることだけはしたくなかった。いざ小屋へと向かおうと腰を上げた時、突然がさりと耳のそばで音がした。
「うおっ!」
言葉もなく真横に飛び降りてきた人影に驚き、村田は思わず声を漏らしてすぐ口を覆った。
女の子だ。若い、というより子供だ。村田より五つも六つも若そうな可愛らしい女の子が隊服を着て隣にいる。少女の肩に乗っていた鴉が救援要請を受け取ってここに来たことを教えてくれた。
見覚えのある髪飾りをつけた女の子。隊士が世話になる蝶屋敷の医療従事者たちが揃いでつけているものと酷似している。そういえば顔も見たことがある。蝶屋敷で治療を施していた少女に似ている。というか。
「きみ、蝶屋敷の子だよな」
「いいえ。水柱様の屋敷に住まわせてもらっています」
「えっ。……て、ことは、継子?」
「いいえ」
予想外の人物を口にした少女。いや待て、予想外か? 村田は蝶屋敷で噂を聞いたことがある。大人しく可愛い女の子が柱と仲良くしている。特に水柱と仲良くしていると。
驚いたものだ。未だ任務で共闘することはないのだが、噂は村田の耳に良く入ってきていた。口数は少なく、目を疑うほど素早く静かに鬼を斬る。最年少で柱になったあの男。最終選別で一緒だったあの少年は、村田からは手を伸ばしても届かない距離に行ってしまった。
しかし、冨岡の屋敷に住んでいて隊服を着ているのなら、冨岡が呼吸を教えたのだろうとは思うが。一匹狼だと揶揄されていたはずの男が少女を屋敷に住まわせているという。隊士になってから顔を合わせる暇もないまま気づいたら柱になっていて、村田はどこか遠慮してしまっていたのだが、もしかして話しかけたら割と仲良くしてくれるのだろうか。まあ村田のことなどもう忘れているかもしれないが。
「状況は?」
「ああ、ええと……隊士が一人、あの小屋に入ってしばらく経つけど音沙汰がない。今から向かおうとしてた。反対側にあった荒屋にも何人か向かったけど、」
「わかりました。まずこちらを見てきます」
「ええーっ! いやいや待って!」
判断が早い。一足飛びで茂みから抜け出た少女は小屋の手前で着地し、村田は慌てて後を追った。
さすが柱の直弟子。いや弟子でもないのかもしれないけども。躊躇なく扉へ手をかけ、案外乱暴に開け放つ。奥は暗く静まり返っていて、血と肉の腐った臭いが濃くなった。
「あー……」
呻き声のようなものが聞こえた瞬間、少女に突き飛ばされ村田は吹っ飛んだ。直後に扉の奥から飛び出してきた何かが、先ほどまで村田たちのいた茂みへと潜り込む。
「食い物大量で助かるぜ。ここにいりゃみーんな寄ってきてくれるからな」
正義と人情をひけらかした鬼狩り様が何人も。
隊士たちの性質でも言っているのか。村田の知る隊士の中には出世欲も虚栄心も立派な隊士が少数ながらいる。そんなことを鬼に教えるつもりなど毛頭ないけれど。
玉のようなものが茂みに投げ出されたと思ったが、立ち上がった鬼は村田とそう変わらない大きさをしている。地面を蹴った少女が鬼へと刀を振り下ろす。速い。
「あー」
「!」
「うわっ!」
呻き声を上げた鬼は背中を丸め出し、球体になって少女の攻撃を迎え撃つように勢いをつけて向かってきた。
既のところで避けたらしい少女が体勢を崩したが、たたらを踏みながら地面を踏ん張り、鬼は対角線上にある茂みへとまた身を隠した。
「大丈夫か!?」
体を丸めて玉状になり、恐らく地面や木を蹴って射出するように向かってくるのか。速度はかなりある。避けきれなかったのか少女の頬に薄っすらと血が滲んでいた。
茂みから現れない鬼に向かって少女は刀を構えたまま木の上へと飛び上がり、水の呼吸の技を繰り出した。
村田も良く知る水の呼吸の技。捌ノ型、滝壺。色濃い水が真下にいるはずの鬼へ攻撃する。凄い。だが彼女の刀身は青じゃない。適正な呼吸は水の呼吸ではないのだ。あんなに凄いのに。
「くそーっ! お前ら来い!」
攻撃を喰らわせることができたようだ。連携はないはずと報告があったが、仲間でも呼ぶつもりなのか。
鬼相手に多体など勝ち目が更に薄くなる。焦った村田は何かを呼び寄せようとする鬼に向かって攻撃をしかけた。
その時周りに気配が集まるのを感じ、村田はつい固まった。
「何だ、まだかかってるのか」
「早くしろ、見物しててやるから」
「うるせえ! こいつらを早く殺せ!」
何度見ることがあっても決して慣れることのない光景。鬼が呼び寄せたのはやはり仲間で、複数体が背中を丸めて木の上や茂みのそばへ座り込んでいた。村田と少女を観察するように距離を取りながら、隊士の腕や脚、顔すらを果物のように咀嚼していた。
もはや誰なのかもわからない、恐らく先程別れて別の方角を見に行った隊士たちなのだろう。胃の腑がせり上がってくるような嘔吐感を覚えながらも、連携していないのではなかったのか、と村田は必死に鬼を睨みつけた。
「よーし、誰が一番先に殺すか試そう」
「合図で一斉にだからな。まずはこっちのガキからだ」
準備体操のように背中を丸め、鬼たちは玉状になり射出の段取りを組み始めた。立ち止まっては絶好の的になってしまうと腕を引こうとしたが、少女はそれを手で制し構えを取った。
雫波紋突きだ。落とし切れるのか。
いや、一人で足りないなら村田もやるしかない。彼女の判断は早く信用に足る気がする。年下の少女を頼るなど恥晒しも良いところだが。
「………っ!」
勢いをつけた鬼が一斉に飛び出し、村田はせめて一撃でも入るよう目を見開いた。水が見えなくとも呼吸は使えるし、日輪刀さえ使えれば鬼に効く。一度で殺せなくても弱らせるだけで良い。とにかく当てることだけを考えて村田は突きを繰り出した。その隣の少女とともに。
「………っ、落とし切れない! 避けろ!」
鬼は避けるなよ。どこまでも忌々しい存在の鬼は、村田と少女の放った雫波紋突きを掻い潜り勢いを殺さぬまま向かってきた。当たってくれた奴もいるのに何てことだ。
いや、まあ薄っすら気づいてはいた。ただの願望だったのだ。当たれ、弱れと祈りのように内心で叫んでいたのだし。
少女が村田を庇うように立とうとした時、村田は慌てて逃げることを選択しようとした。その時少女の横顔が、目で何かを仕出かそうとしていると何故か勘づいた。何か妙なことをしようとしているのが。
「ぎゃああっ!」
風が吹いたと思った瞬間障壁のように包む水が見え、鬼を挟んで村田と少女の前に立ちはだかった人影があった。同時に鬼たちの悲鳴が上がり、目を向けると痛がりながら転がる姿が目に映る。助けてくれたのかと顔を向けると、救援に応えてくれたのは水柱であることを理解した。
「それは使うな」
「………、……はい」
村田と少女を一瞥し、少女に向かって静かに言い放つ。少女の顔色が変わり、悲しんでいるかのように俯いた。
冨岡。冨岡だ。少女を屋敷に住まわせているという水柱。村田の同期である冨岡義勇が救援に来てくれた。
「くそが!」
痛がりながらも鬼は怒りに我を忘れたかのように射出してきた。一体が矛先を冨岡に変えると、冨岡は村田たちから距離を取るように移動し肆ノ型の構えを取った。刀を振ったと同時に三体の鬼の頸が飛ぶ。正確には丸まった背中や他の部分も斬り落としていたが、胴と頸は間違いなく斬り離された。少女よりも鮮やかで濃い水が鬼を襲った。
村田は呆然とそれを眺めていた。あの最終選別で怪我をして身動きが取れなかった冨岡は、複数体の鬼を同時に屠るほどの実力をつけていた。
いや。元々こいつは強かったのだろう。最終選別では運悪くそれを発揮できなかったのだ。だって癸の頃から凄い奴がいると噂になっていた。
「喰い物のくせに粘るんじゃねえよ!」
「ぐっ……!」
冨岡が来て油断でもしてしまったか、村田は注意していたにも関わらず姿を見失った一体の鬼に攻撃を受けた。激しい摩擦で肩口の隊服が破れ、熱を持って血が流れる。傷を無視して刀を構えると、また少女は村田を庇うように鬼の前に立った。
三体は冨岡が斬った、残りは。呼び寄せられて出てきたのは五体。残りの二体は今少女を標的に体を丸めた。
「でえっ!」
玉状の鬼の攻撃で土煙が上がる前、村田は首根っこを掴まれ体勢を崩し、また思いきり突き飛ばされた。猛攻する鬼から少女は既のところで攻撃を躱している。隊服が小さな破れを増やしているところから、避けきれてはいないらしい。だが致命傷にならない小さな傷なのだろう。参ノ型、流流舞いを繰り出して鬼から回避しながら攻撃をしかける。頸を斬ることはできなかったが、動きを止めることは成功した。呻きながら地面でのたうち回る鬼を見下ろした少女は、黙って頸へと刀を振り下ろした。
「ちくしょう、ちくしょう! こんな美味そうなガキを」
「てめえ、よくも!」
「わーっ!」
蹲っていた鬼が立ち上がり、頸を斬り落とした少女の背中に向かって走り出した。噛みつこうとでもしたのか大口を開けて襲いかかる。止めなければと無我夢中で村田は必死に刀を振ると、運良く鬼の頸が胴から離れ宙を舞った。
「くそ、くそ、くそ……! まだ喰い足りねえってのに……!」
恨み辛みを滲ませながら鬼は灰のように崩れていった。
終わったのか。現れた鬼は全部で五体。まだ潜んでいるなどということがなければ全て殺したことになる。ふらりと体から力が抜け、村田は尻餅をついた。
「あ、……ありがとう、ございます」
同期だけど上官。村田は辛に上がったばかりで冨岡は柱。どう話しかけるべきかを悩み、村田はとりあえず敬語を使った。駆け寄ってくる少女が懐を探り、どうやら肩の傷の手当をしてくれるのだと気づいた。歪で拙い手当ではあったが有難く、それについても礼を口にした。一緒に闘ってくれたことについても。
冨岡は村田を振り向きもせず木の奥へ目を向けている。そしてまだ鞘に収めていなかった刀を振り上げ、一本の木を切り倒した。
「え、」
「うわああ! ごめんなさいごめんなさい。もう喰いませんから許して」
木の中から現れた鬼は先程倒した五体の鬼と同じ姿をしていた。怯えて震える様子は正反対だが、冨岡はそれをじっと見下ろしている。
「命乞いしてんだろ、早く見逃せよ!」
せっかちなのか何なのか、鬼は数秒前までしおらしく震えていたというのにすぐに本性を表した。鬼を見逃すなど有り得ない柱に命乞いなど無駄なことだ。村田がされても無視して斬る。現に冨岡は黙って鬼を喚かせたまま頸を斬り落とした。何か、そう、二人とも似た感じだった。
「あの、ありがとう。手当」
手当を終えた時にも礼を告げると、少女はぺこりと頭を下げて村田に返事をした。無言であろうとようやく応えてくれたことに安堵して、村田は冨岡にももう一度頭を下げて礼を口にした。
「指令ジャ……」
どこか頼りない声と羽音が聞こえ、冨岡の頭に鴉が留まる。頭上の鴉に手を伸ばし、指令書なのだろう脚に括られた紙を取り外す。中を改めてから冨岡は村田と少女へ目を向けた。
「……死ぬなよ」
はっきりと村田とも目を合わせた冨岡の言葉は、間違いなく二人に向かって発したものだ。
柱が隊士全員に向けて送るようなものかもしれないが、忘れられているのではないかと思っていた村田には泣きそうになるほど嬉しかった。
村田の返事を待つことなく、冨岡は颯爽と夜の集落を駆けていった。見送る少女の目が少しばかり心配そうにも見えて、少し微笑ましい気分になった。
「ところでさ、名前は? 俺は村田」
「……冨岡カナヲです」
「冨岡……じゃあカナヲだな。もしかして兄妹かなんか?」
さほど珍しい名字でもないからたまたま同じなのかもしれないが、寡黙で静かな、似た空気を二人から感じる。一緒に住むと似てくるのか元々似ていたのか、とにかく共通点は多かった。
「……兄妹……」
何だか困惑しているようにも見えたが、村田が詮索するようなことではないかもしれない。適当に話を切り上げて一つの任務が終了したことを喜ぼうとした。犠牲者が出ているのだから、あまり喜んでもいられないが。
とにかく闘ってくれた少女の名前を知り、村田はきっと強くなるのだろうなと羨ましくなった。