カナヲ十四歳、入隊・余

 血の匂いがする。
 帰ってきて湯浴みを済ませたカナヲの顔を見て、冨岡は自身の鼻を訝しんだ。
 本日カナヲは怪我をすることなく戻ってきている。育手や数年後弟弟子となる者のように鼻が利くわけでもない冨岡は、返り血でも残っていたかと首を傾げた。少しばかり顔色が悪いようにも見えるカナヲを眺め、ひっそり混乱しているような表情を見せたことに気がついた。
「怪我をしていたのか? 見せてみろ」
 そう告げると更に目を彷徨わせたカナヲは冷や汗をかき始め、着替えたばかりの着物の上前を握り締めた。
 はて、カナヲは見せろと言えば素直に見せるが今は妙に躊躇している。疑問符を抱えて反対側へと首を傾げた冨岡は、上前を握り締めたことでふくらはぎまで見えているカナヲの足を伝う赤い雫を目にした。
「足……太腿か?」
 ぎくりと肩を震わせたカナヲが蒼白になりながら口を開閉させたが、何かを伝えたくても言葉にはしようとしなかった。無理やり上前を肌蹴させて確認するべきかと考え手を伸ばすと、後退りしたカナヲは混乱と驚愕と様々な感情を乗せて冨岡へ目を向けた。ここまで嫌がることは今までなかったのに。
「………っ、ま、股、から」
 目はずっと困惑に揺れていて、本人が一番恐怖でも感じていたのかもしれない。対する冨岡はその言葉に一瞬固まり考え込んだ後、驚愕に目を見開いた。これは、そうか。
「………、すまない。蝶屋敷に行くぞ」
 片身替りの羽織をカナヲの肩に掛け、冨岡は彼女を担いで空高く昇っていく太陽の下駆け出した。

*

「胡蝶はいるか。神崎でも良い」
 カナヲを背に担いで現れた冨岡に、カナエとしのぶは揃って顔を見合わせた。
 任務終わりに現れるとは、もしやカナヲが怪我をしているのか。できれば別室で、人のいないところでと口にする冨岡が焦っているようで、担がれているカナヲもまた不安げにしていた。大変、と呟くカナエが診察室へと二人を促した。
「俺はいい。処置方法を教えてやってくれ」
 診察室の外、窓際へと少し離れて待機しようとする冨岡に、保護者である彼が聞かないとはどういうことかとしのぶは眉根を寄せたが、しばらくして困ったような笑みのカナエが顔を出した。客間で待っていてもらうようしのぶへ言付けて。
「カナヲさんが怪我してるなら冨岡さんも、」
「……月のものが来ちゃったのよ。聞かれるのは嫌だろうと思ってるんだわ」
 腑に落ちてしのぶは瞬いた。案外気を遣うことのできるらしい冨岡は、カナヲが恐らく初めて目の当たりにした女の体の不便さを、男が聞くものではないと考えてカナエたちに託そうとした。アオイでも良いとはそういうことか。
「こちらでお待ちください」
 そういうことは言ってくれればとも思ったが、内容が内容だけに口にするのも憚られる。冨岡の内心は狼狽えまくっているのだろうな、とぼんやりついてくる冨岡について考えていた。

*

「冨岡くんは家族に姉妹でもいた?」
 不安げにしていたカナヲに安心できるような言葉をかけ、本日の処置を施しこれから自分でする月の障りの処置方法を伝授した。病気ではないが毎月あるもので、それは男である冨岡は無縁のもの。気遣うことはしてくれても、実際どう対処するかは本人が知っていなければ駄目だと告げた。わからないことがあれば蝶屋敷に来るように伝え、今日のように冨岡に言えば飛んできてくれるだろうとカナエは微笑ましく思いながらそう口にした。
 痛くはないというし、呼吸を駆使していれば緩和することもできるから、任務中は出血の気持ち悪ささえ我慢すれば問題ない。カナヲの肩にかけられた片身替りの羽織を腕を通して着させると、カナヲは安堵したように息を吐きカナエに礼を口にした。
 そして客間に待機していた冨岡の元へと戻ってきて、せっかくなので茶を淹れて卓を囲んでいる。
「慌ててたけど誰に聞けば良いかわかってたみたいだし、そうかなって」
 狼狽する冨岡は珍しいが、驚いただろうことは想像がつく。風呂から上がった後どうすれば良いのかわからず、カナヲは普段通りの格好で冨岡の前へと戻り、血に気づかれてこうして蝶屋敷へと赴いた。
「……姉がいた」
「そうなのね。だからここに来たり気遣ったり」
 過去形なのだからそういうことだ。鬼殺隊に入る前に姉を亡くしたのだろう。確かに母や姉ならば月のものに対して少しは知っていてもおかしくない。
「カナヲちゃんには酷い時は冨岡くんに言うよう言ってあるけど」
「俺じゃなくて蝶屋敷に向かうよう言ってくれ」
「それもそうなんだけど、冨岡くんに言えば連れてきてくれるでしょ? 確実かなって」
 きっと周りには見えないのだろうが、カナエの目には冨岡が非常に焦って蝶屋敷へと訪れたことが見えていた。カナヲに向ける心配と不安は凪いだ冨岡の心も乱すものであることがわかり、微笑ましい気分にもなっていた。